312話 未知なる孤島④
仮定として【傀儡化】の魔術の支配下だとすると意思疎通が可能か?
「敵意はない。まずは此方の話を聞いて欲しい」
魔術師相手なら基礎言語として覚える筈の下位古代語で会話が成立するはずだし、もしも高位の魔獣だとしても魔術が扱えるなら下位古代語は理解できるはずだ。
敵意がないことを示すために武器を足元に置き、両手を上げ目線だけで周囲を窺う。うちの探知機たる瑞穂の反応からすると囲まれたりしているわけではなさそうだ。
「此方にも敵意はない。ただ、二万年ぶりの客人を迎えに来ただけだ」
二万年ぶり?
二万年前と言えば確か歴史書だと魔術と魔導機器が最も発展し栄華を極め人の英知は神に届くとまで言われた時代……最も驕った時代だった記憶が……。
大丈夫だろうか。
「付いてくるがいい」
僕が記憶の引き出しを漁っているとその赤肌鬼はそう言い捨てて踵を返して森の奥へと歩いていく。こちらの意思はお構いなくのようだ。
どうする?
無言でそう瑞穂に問うが、彼女は黙って首を振るのみであった。あくまでも決定権は僕にって事か……。
「いこう」
半瞬迷った結果、付いていく事に決めた。
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「ようこそ、お客人」
赤肌鬼に案内され通された先に居た人物は僕らを見ると立ち上がり両手を広げて歓迎の言葉を口にした。
その人物の格好は長衣から覗く青白い肌、目元を隠す仮面を除いたとしても感情が感じられない顔、仮面から覗く爛々と輝く深紅の瞳、どうみても吸血鬼である。死霊魔術の奥義である【不死なる王転生】にて転生した存在であり最低でも真祖吸血鬼だが、奴らは権威欲が肥大化しているのか選民思想と貴族趣味に走りがちだが、この部屋からはそれは感じられない。そうなると最上位たる死を超越せし者という事になる。これ死亡フラグだろうか…………本当にありがとうございました。
と言っても彼らは無限の時間を研究欲を満たす為に不死者へと転じた存在であり、真理の探究の為なら他者への配慮などは考慮しない存在だ。
定命者に恨みつらみがあるとか片っ端から餌とみなしているとかではないので話が通じる可能性も十分にある、が……。
でも、警戒してしまうんだよねぇ。価値観が違うんだし。
「お招きに預かり――」
「待った」
招待の礼を述べようとすると途中で止められる。
「綴る。拡大。第四階梯。感の位。脳核。機能。拡張。理解。会話。共感。発動。【通訳】」
「お客人、これで問題ないはずだ」
死を超越せし者の口の動きと耳から入ってくる情報に差異がある。詠唱も聞き覚えがあるものだ。間違いなく【通訳】による効果である。
「正直なところ、日常使わない言語で手間取っていたので助かりました」
そう言って改めて礼を述べ自己紹介をする。続いて瑞穂の紹介をする。予想では当時の魔導王かそれに近い存在だったのではないかと思っている。
「紹介痛み入る。我が名はアルケイン・マクドガル・デ・ラ・エスパニアである」
げっ……。
恐らく歴史上最高位の統合魔術師にして魔導機器技師であり魔導王であると歴史書で見たぞ……。
「しかし二万年も過ぎれば言語もかなり変わっているだろうに、客人に気を遣わせてしまったな。許せ……」
無表情かつ無機質な声でそう述べるのだが僕の個人的な感想としては、やや好意的な印象を持っている感じだろうか?
高次の存在へと昇格すると人間らしい感情が欠落していくというが……。
それが表情に出たのだろうか、「不思議そうな表情をしているね。私はただ単に人間だった頃を懐かしんで、それっぽい生活をしている。要するに演技みたいなものだよ」と答えてくれた。
昔を思い出し事例ごとに合わせているだけだという。
必要ないが料理も作るし食事もするし性行為もするという。相手がいるのかと思ったが人造人間を作ってしまえば話し相手にもなるし可能ではあるのか。
そんな事より何か用事があったからこそ招待したのだろう。あまり戻るのが遅くなると和花たちが森に入ってしまうので用件を切り出そう。
「お呼びした理由はどういった事でしょう? 生身の人間が懐かしいとかではないですよね?」
「しかし定命者は性急でいかんね」
「それは貴方に寿命という足枷がないからかと……」
「……それもそうだな」
そういって乾いた笑う声をあげる。明らかに他者との会話を楽しんでる感がある。
「用件は魔術師であり、多くの従僕を率いる君に手を貸してもらいたい事がある」
従僕って表現が気に入らないが、彼らの価値観では神の叡智たる魔術が使えない者は人間ではなくモノ扱いなのでこれに関しては頑なにこちらの価値観を「あなたの考えは間違っている」と押し付けても仕方ないだろう。
実際のところ価値観は簡単にアップグレードはしないし、した気になっていても根底では根を張ったままだ。どこかでボロが出る。
先方が価値観を強要してこない限りは無駄に争う意味がない。そもそもがデジタルというか二進数的思考では争いが耐えないではないか。
なので、まずは互いを知ることが重要だろうという事で彼の質問に答える形でこれまでの事やこの世界の歴史についてを長々と語った。彼はやはり会話、というか人とのやり取りに飢えていたのだろうか? そのまま食事の時間となり食卓に移動し気が付けば二刻も経過していた。正直これはマズいかも。
今ごろは和花たちが心配して捜索隊とか組んでいるかもしれない。暇を告げたいがタイミングが難しい。
「時間が気になっているようだね。問題ない。遣いを送っておいた」
そんな僕の思考を読んだのか先回りされてしまった。これはまだ拘束されるな……。
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「――――なるほど……」
目の前に座る死を超越せし者は岬の隠し船渠にあるものを一人で組み立てていた。それの実証試験を行える存在が来るのを長い事待っていたのである。
その人材は魔導機器文明の船を操作できる人員らである。人数は最低でも二〇人以上との事だ。
ただ気になるの強大な力を持ちそれを自己の都合で振るう事に何の良心の呵責もないはずの彼がお願いというか依頼という形で切り出してきたことだ。
「頼むのではなく脅すなり洗脳すれば済む話では?」
それだけの力があるのでしょ? と付け加える。
「脅迫は兎も角、洗脳は君が思うほど便利ではないのだよ。それに精神魔術には抜け穴もあるので、それを逆手に取られる危険もある。互いに利益があると交渉するのが一番ではないかね?」
そう言うのだが、世の中には不浄の存在ってだけで問答無用で襲い掛かる存在もいる。そのあたりは考えなかったのだろうか?
恐らく自らを滅ぼせるものが居ないという自負というか自信かな?
だけど、以前師匠が語ったが定命者が倒せない存在があるとすれば、真龍とそれに並ぶ超人くらいだと聞いた。後は然るべき装備さえ整えれば討伐は可能だと……。
もっとも何を持ってくれば倒せるか見当もつかないので不埒な考えは引っ込めておこう。
聖職者であるアルマやセシリーをどうやって説得するかだなぁ……。
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ちょっとPCが逝っておりまして復旧まで代替PCで作業しております。




