311話 未知なる孤島③
PCがクラッシュしており全文書き直ししていたら更新が遅れてしまいました。
2021-03-13 ルビを変更。一部文章を修正。
碌な装備もない状態でこれはマズいんじゃ……。
なんて昔なら焦るところだけど、僕には【所持品召喚】がある。この魔術は【魔術師の署名】が施された所持品で術者の手に乗るサイズのモノを一つ召喚するものだ。
あまり陽が差さない森の中はひんやりしており瑞穂がブルリと身を震わせるを見てすぐさま詠唱に入る。
「綴る、拡大、第六階梯、転の位、所持、印証、召喚、瞬転、発動。【所持品召喚】」
詠唱が終わり魔術が完成すると僕の掌に腰袋が出現する。中から頭巾付き外套を取り出し瑞穂にかけてやりついでに僕の光剣を渡しておく。
ぼくも武器として刀身の真っ赤な打刀を取り出す。肌寒いけど取りあえず我慢だ。
この精霊魔法の【迷いの森】の効果は森の上空には及ばないので【飛行】の魔術で飛んで帰れば良いわけだ。ただね、この魔術って術者本人にしか効果を及ぼさないので瑞穂には【空中浮遊】で浮いてもらって牽引して帰る事になる。
これにて安心、安心。
なんだけど以前に和花が美優を抱えて【飛行】で飛行というか滑空してるんだよねぇ……。恐らく裏技があるんだろうけど、サボっているようで人の見ていないところで勉強する派だからなぁ……。こんな事なら聞いておくんだったなぁ。
などと過ぎたことをぐちぐちと後悔していても仕方ないので前向きにいこう。
「まずは上の様子を見てみようかね」
そう呟き見上げる。この森は背の高い木が無秩序に生い茂り意外と薄暗い。まずは現在の位置を確認しようと思う。ホントはこういう時こそ【幻影地図】の魔術なんだけど、触媒である[魔化された白布]を用意してないんだよね。ほら、陸上艦に乗ってる限り指揮所裏の航法室にある[神の視点]と呼ばれる魔法の工芸品が便利すぎてね……うっかりというやつである。
僕の独り言を指示と判断したのか瑞穂が羽織っていた頭巾付き外套を脱ぎきちんと畳むと僕に手渡す。そしてそのまま無言で手近な木をスルスルと危なげなく登り始める。しかし水着姿で木登り……シュールだな。
危なげなく昇っていく瑞穂だが生い茂る枝葉と逆光で一瞬だが姿を見失う。大丈夫だよねと思っていると程なくしてバサバサッという音と共に瑞穂が背中から落下してきた。
まずい!
「発動。【軟着陸】」
このような不測の事態にいちいち詠唱をしていたら間に合わないので事前に略式魔術として脳の未使用領域に術式などを書き込んでおいたのが功を奏した。
身軽で運動能力がチートな瑞穂はこの手の作業で大きな失敗はしないものだと思い込んでいた。差し詰め「猿も木から落ちる」、「河童の川流れ」、「弘法にも筆の誤り」ってところだろうか? はたまた賽子の神が大失敗でもしたのだろうか?
略式魔術によって発動した【軟着陸】の効果が瑞穂に付与され急激に落下速度が低下するとクルリと猫科の動物のように身体を捻り態勢を変え音もなく足から着地した。
「大丈夫? 何があった?」
最初は失敗を疑ったが、それにしては落ち方が不自然であった。何かあったと思うのが正しい判断だろう。問われた瑞穂は無言で肯首し上で見たことをモノを口にした。
「……巨大大雀蜂……来た」
そう言うと上を指さす。釣られて見上げれば体長12.5サルトほどに大きくした大雀蜂が滞空しており、大顎をカチカチと鳴らし警告音を発している。なるほど、あれに突然襲われびっくりしてしまい落下したらしい。珍しい事もあるもんだ。
こちらが無反応でいると巨大大雀蜂が襲い掛かってきた。巨大化した事で攻撃力は上がったのだろうが……。
向かい来る巨大大雀蜂を打刀で一閃。大きすぎる事が仇となり巨大大雀蜂は真っ二つとなりに落ちた。
巨大化した代償としてこちらの攻撃が当てやすくなり脅威度は下がった気がする。寧ろ普通のサイズの大雀蜂の方が遥かに怖いな。
そしてこいつにも万能素子結晶が存在した。
「巨大大雀蜂の数は多かった?」
状況を確認し数が少ないようなら突破も視野に入れていたのだが……。
「いっぱい」
それが瑞穂の回答であった。基本的は数は分かりやすく可能な限り正確に報告するのが基本であるがこういった表現を用いる時は恐らく二桁は確実にいるのだろう。身体が大きくなった分だけ一回に襲ってくる巨大大雀蜂の数は激減するのだがどちらが安全だろうか?
巨大化したことで毒の毒性も上がり人族程度なら数分で死ねるレベルだが僕も瑞穂も確実ではないが解毒は出来る。大顎の一撃は危険だが当たらなければどうという事はないのだけど……。
とはいえ太くて長い毒針に刺されると痛いどころの話ではないので大人しく徒歩で帰る方が無難かな。
「海岸の方向はわかる?」
「あっち」
瑞穂が指し示した方向は進行方向の右手側であった。まっすぐ奥へと向かっていたはずなのでてっきり後ろかと思ったけど完全に迷っているなぁ……。
普通であればここで待機して救助を待つという手もあるんだけど、心配して森に分け入ってきた捜索隊が【迷いの森】の効果で二重遭難とか普通にあり得るんでセオリーには反するけど進むしかない。絶対に出れないとかではないのだ。自分の勘は当てにならないけど瑞穂の勘を信じるとしよう。
そう思って歩き出し早二刻が経過した。一限ごとに襲撃を受け、どこのロールプレイングゲームだよと文句を言いつつ瑞穂と協力して撃退をし万能素子結晶を回収するという作業を繰り返していた。
何も口にしないが瑞穂が不安がっているのが分かる。陽も結構傾きあと一刻もすればここは真っ暗となるだろう。
ここで夜営するか?
頭にその考えがよぎった。前を行く瑞穂を呼び止める。振り返った彼女の表情には心身の疲労が見て取れる。
「ご――」
「大丈夫? 一旦休もうよ。正直言って僕は疲れたよ」
先に何かを口にしかけた瑞穂を遮るように休憩を申し出る。恐らくはきちんと誘導できなくてごめんなさいと謝ろうとしたのだろうが瑞穂で無理なら僕でも誘導は出来なかっただろう。
魔法の鞄から天幕を取り出し二人して設営を始める。設営後に【防虫】、【星の加護】、【温度緩和】、【雷鎖網】と夜営のお供的な魔術をかけておく。
これまで出てくる程度の怪物であるならこの魔術で撃退可能である。
一安心したところで瑞穂が急にキョロキョロと周囲を見始めた。
「何かあった?」
一瞬救助かなと思ったけどそういう表情ではない。敵性対象かな。
ガサガサと木々をかき分け姿を現したのは一匹の赤肌鬼であった。見た感じ放浪種には見えない。だが感情の籠っていないような目は迷宮産の赤肌鬼で間違いない。
だが様子がおかしい。こちらを発見したはずなのに無反応なのだ。迷宮産なら問答無用で殴り掛かってくる。放浪種なら逃げだす。集団の中の一体であれば仲間を呼ぶはずだ。
残った可能性は、【傀儡化】の魔術で遠隔操作されている?
ただその場合は高位の魔術師が近くにいるという事だ。
それはそれでマズくないか。
ブックマーク登録ありがとうございます。
巨大大雀蜂=ジャイアント・ジャイアントホーネットな訳なんですが、流石に微妙過ぎるので大雀蜂=ホーネットとしてます。
また他の雀蜂類はヴェスパないしワスプとしております。




