310話 未知なる孤島②
ザイドリック級は鬱蒼と生い茂った森を切り裂くように微速で中央付近に鎮座する山へと向かっている。速度が出ていないのは高さ4サートを超える木々をへし折りながら最短距離で突き進んでいるからだ。
こうなったのには事情がある。
島の北部分に大きな入り江が存在し、そこは元の世界の南国の観光地を思わせる白く遠浅な砂浜であった。水上航行出来ると言っても本来は陸上を僅かに浮遊して航行する陸上艦であり、勾配が苦手な船体特性を鑑みれば理想的な上陸地点であった。
青く綺麗な海にこころ踊らせる船員達やそれを煽る健司やアリスに圧される形でその日は休息となった。ここの面子は水遊びも殆ど経験もなく妙な憧れもあった所にアリスが前世知識であれこれと語った事が拍車をかけたっぽい。
しかも事前に水着まで用意してある用意周到ぶりであった。陽は高く気温は303クロンもあり湿度は高くないものの暑い事には変わりがない。息抜きに水浴びも悪くはないだろう。なんといっても狭い艦内に一週間近く居たのだから少しくらいは良いかなと思わなくもない。
目的地を知ったアリスが十字路都市テントスで事前に用意していた水着はこの世界では一部の限られた富裕層向けの最新素材である錬金繊維と呼ばれる速乾性、縦横への伸縮性、耐久性、耐熱性、耐寒性にとても優れている。僕らの世界で言うところのポリウレタンやナイロン繊維ってところだろうか? ちゃんと裏地もある。恐らくだが僕らレベルの異世界人がデザインしたのではないだろうか?
デザインに関しては男性用はトランクス型で女性用はビキニタイプ、タンクトップ・ビキニ、ワンピース型の三種類のようだ。
こっちの世界の富裕層の女性の感覚では肌色成分多めの衣装は敬遠されがちなのだが、『バカンスで開放的な気分に』って宣伝文句で売りに出されており人気が高いらしい。
配色も男性は紺色か黒色の二択だが、女性用は結構カラフルだ。単色ではあるが紺色、黒色、赤色、青色、黄色、緑色、桃色、橙色、白色、紫色と豊富だ。
健司の視線がビキニ型の水着を選んだアリスやアンナの何処とは言わない箇所に視線が固定されているが、それ、バレていないようで相手にバレているぞ……。それにしても胸部装甲が分厚いアンナは居心地悪そうにしている。恐らくアリスに無理やり着せさせられたに違いない。
和花と瑞穂は元の世界でも着慣れたワンピース型を選択したようだ。
他の娘らはタンクトップ・ビキニを選んだようだ。仮拠点設置を任せている間に周囲の危険度調査も兼ねてそばの森でも覗いてみるかと思い瑞穂を伴いふらりと森へと入る。森の中に水着でと思えるが僕も瑞穂も防護膜の指輪を身に着けており魔力による薄い防御膜によって小型生物の攻撃などはほぼ通らないので問題ないのである。
森に入り一限ほどするとかなり大きな羽音が聞こえてきた。どこかと視線を彷徨わせていると、真っ先に瑞穂が見つけ指さす。
それは体長12.5サルトほどの大きさの雌のカブトムシによく似た姿の油甲虫であった。大陸では魔境と呼ばれる西方か迷宮でしか遭遇しないような存在だ。距離にして5サート《約20m》ほどの位置だ。よく視認で来たものである。
近寄られる前に倒すに限る。僕は即座に詠唱を開始した。
「綴る、八大、第一階梯、攻の位、火矢、誘導、燃焼、発動。【炎の矢】」
魔術の完成と共に炎の矢が出現し、標的目掛けて飛来し命中し派手に燃え上がる。
油甲虫は炎を纏いこちらに迫ってくる。てっきり燃え尽きると思ったのだけどこれはマズい。黒蟲と同じで表面が油分に覆われており悪臭を放ちつつもすぐには燃え尽きてくれない事を失念していたのだ。
甘く見るつもりはなかったのだが武具の大半は置いてきてしまって手持ちは護身用の光剣だけである。
距離にして1サートをきった。次の詠唱は間に合わない。仕方ない斬り捨てるかと思い腰に下げていた光剣を握ると踏込み一閃。
「……臭い」
足元には真っ二つとなり燃え尽きた油甲虫が悪臭を放って転がっている。隣にいる瑞穂が鼻をつまんで苦情を言っているが聞かない事にした。
この油甲虫はゲームにあるような素材の剥ぎ取りが出来る。こいつの体内に油袋と呼ばれる器官を持ち、そこに溜まっている油分は錬金術で利用されるのだ。
そんな訳で解体を始めると……。
「なんでこいつが……」
光剣で大雑把に解体して油袋を確保した時に見つけたのだ。迷宮都市ザルツの迷宮で散々見慣れたモノ、小指の爪ほどの大きさの蛋白石っぽい宝石に似たモノ、万能素子結晶である。
生物の体内には存在しない。迷宮産の怪物にのみ存在するものである。一体だけという事はあるまい。
考えられる事はこの島に管理が放棄されている迷宮が存在し迷宮から溢れ出してきている怪物たちが野生化しているという事だ。
どのくらいのあいだ放置されていたかで危険度はかなり変わる。
もう少し様子を見てからでも良いかと判断しさらに先に進むことにした。
「瑞穂、戻ろう」
最初の襲撃から八半刻ほど森を進んで行く間に四回襲撃を受けた。この時間間隔で攻撃を受けるという事は周囲にはかなりの数の怪物が潜んでいる。僕らが倒している以外にも死骸があり、恐らくだが怪物同士が共食いが起こっているのだろう。
万能素子結晶は役に立つので拾いつつ戻ろうと踵を返してから気が付いた。
「ここ、どこだ?」
まっすぐ歩いて来たつもりであった。木々の隙間から海が見えていたはずだが今は見えない。それほど早く歩いていたわけでもない。
「【迷いの森】かも?」
瑞穂が不吉な事を呟く。だがその可能性が極めて高いことは否定できない。
碌な装備もない状態でこれはマズいんじゃ……。
ありがとうございます。
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気が付けばブックマークの数が増えていました。
碌に宣伝活動してないのに何処で見つけてくるんだろう?
何にしても有り難い事です。




