309話 未知なる孤島①
「海、海、海、海、見渡す限りなんにもないわねぇ……」
早朝の合同訓練も終わり朝食後の個人訓練の為に艦橋上の見張り台へとあがると先客がおりそんな事を呟いていた。
まぁ……確かにここは大海原だし周囲に島ひとつない海域だからね。
僕らが改装を終えたザイドリック級で十字路都市テントスを出てすでに一週間経過している。ゲームの如く海に出れば怪物の襲撃がなんてこともほぼなく割と暇を持て余している面子もいる。
事件自体はニ度あった。飛翔槍魚の群れが飛びかかってきたのだが、厚い鋼板で覆われたこの魔導騎士輸送機相手では小揺るぎもせず、それどころか上甲板まで飛んできた数十匹を捕獲して捌いた後は船員たちに美味しくいただかれてしまった。
二度目の事件は昨日の事だ。唐突に船体が揺れたと思ったら突撃鯨の頭突きを受けたらしい。奴らは困った事に自分より巨体を見ると突撃しなければ済まない習性らしくその7.5サートの巨体が10ノードでぶちかましてくるのである。
最新の外洋航海船なら一発で船底に穴が開いて沈没確実である。
海で出会いたくない生物三種の一種である。因みに残り二種は海竜と呼ばれる体長7.5サートほどの竜っぽい頭部の海蛇の親分みたいな魔獣だ。もう一種類は大型軟体頭足多椀生物と呼ばれる体長10サートにもなる巨大な烏賊だ。烏賊のでかいのと言えばクラーケンじゃないの? と思ったのだがこの世界の場合は水の精霊王と呼ばれる魔獣であり高次の存在なのだ。
因みに突撃鯨はと言えば硬い鋼板にぶつかった衝撃で脳震盪を起こしたようで遥か彼方である。
ザイドリック級の損傷は軽微であったが孤島に着いたら一回船体の検査が必要だ。
「あら、樹くんも暇なの?」
和花が僕に気が付いたようで振り返ってそんなことを宣うが、生憎だが僕は暇じゃないぞ。
「いや、個人鍛錬でひとりになれる場所を探していたんだよ」
出立前に師匠から課せられた課題を熟しておこうかと思ったのだ。それは魔戦技の【練気斬】と呼ばれる体内保有万能素子を瞬時に武器に集約し打撃力を底上げする技術だ。その為には瞬時に多くの体内保有万能素子をかき集める為の鍛錬を行うのだが、傍から見ると目を瞑って座っているだけにしか見えないんだよね。
この課題が上手く熟せれば魔戦技の防御技である【魔盾】や【魔鎧】や【金剛】と言った技にも応用が利くようになる。
「眺めてても良い?」
「それが構わないけど、話しかけられても応じられないよ」
「飽きたら勝手にどっか行くから構わないわ」
「それならいいよ」って事で僕は座り込み目を瞑り精神を集中し始める。和花が隣に座り込むと寄りかかるように体重を預けてきた。
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長い集中を解き天を仰げば陽は中天に差し掛かっていた。隣の和花は長い睫毛を伏せ僕に寄り掛かったままだ。心なしか体重をかけてきている気がする。浅い呼吸音から察するに本当に寝ているようだ。たまに狸寝入りの時があるので油断ならない。もっともここ数日は夜な夜な何かやっていたと女中ちゃんらから報告を受けているのでお疲れなのだろう。
和花の美しく整った無防備そうな寝顔をいつまでも眺めていたいけどそうも言っていられない。やる事は一杯ある。
「和花、起きて」
何度かそう声をかけ肩を揺すって起こすと、和花は猫のように身体を大きく伸ばして、手の甲で目をこすり、ブルブルッと顔を横に振ると、とろんとした眠気の残った声で「おはよぉ」と口にすると再び身体を大きく伸ばす。
「もしかして、鍛錬の邪魔しちゃった?」
妙に嬉しそうな表情でそんな事を訪ねてくる。
「いや、全然。それよりお昼ごはんお時間だから食堂へ行こうかと」
そう答えたのだが、その回答が甚くご不満だったのか急にむくれてしまう。もしかしてドキドキして修練どころじゃなかったよとか言って欲しかった?
平時ならともかくそういう情動とかを抑え込むのも鍛錬のうちなんだよ……。
身体を起こしコリをほぐす様に何度か屈伸をしたり伸びをしたりする。ふと下を見ると上甲板で大の字に転がっているアルマと目が合った……ような気がした。
アルマを引き取った時に彼女に「冒険者は体力が第一なので鍛えるように」と言っておいたのだ。それ以来、毎日のように走り込みを行っている。美優並みに体力がなかったんだよね……。アルマ曰く仕事柄、体力は必要ないからつけなかったとの事だ。
「ほら、行くよ」
座り込んだままの和花に手を差し伸べて引っ張り起こし先に見張り台から降りる。艦橋に降り立つと後から降りてきた和花が左腕に自らの腕を絡めてくる。地域的に気温も高く薄着な事もあり控えめながらもそこそこ自己主張する胸のふくらみを感じるとドキドキしてしまう。いや、年頃なもんで……。
心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却……。
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「見えたって?」
朝食後にラーケン艦長から呼び出されて指揮所へと行くとフバール操舵手が「あれです」と前方を指し示す。
確かに前方には事前に確認した鬱蒼と生い茂った森と中央に聳え立つ山が見える。すでに島まで5サーグほどまで接近しており鹿一面が島と言っても過言ではない。
文献でもあの孤島の存在は見つからなかったので僕らの団体が第一発見者を名乗って自分の土地だと主張できる。
このザイドリック級は現在は水上艦として動いている。どこかの砂浜から地上に乗り上げるか、接岸可能な場所に横付けして荷物だけ降ろすか?
「艦長、どう思う?」
「どうせ試験項目の関係で上陸するのですし砂浜から乗り込みましょう」
「では、手筈を頼みます」
「了解した」と返す艦長は手早く指示を出しはじめ艦内が慌ただしくなる。
さて、僕らも降りる準備をするか。
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