308話 次なる目的地へ④
「……水鏡先輩」
相変わらず街中で平然と打刀を抜こうとするよ、この人……。しかしこっちの世界で傭兵団に所属しているうちに人斬り大好き、弱者相手に俺ツエー最高とか言ってた人がなんでここにいるんだろう? てっきり東方で戦争に参加しているかと思った。
以前は闇森霊族のアドリアン一行に雇われていたけど前回の砂漠では不在だったので契約はもう切れたのだろう。
「これから東方は燃え上がるな。……そう言えば聞いたか?」
「何をです?」
「我らが母国が強制召喚の報復に軍隊を差し向けたそうだぞ」
水鏡先輩はそう言って新聞を差し出した。その新聞は見たんだがと思ったのだが、よく見ると号外であり一面にはデカデカと戦車が映っていた。旧式の35式主力戦車に間違いない。更には軍旗だ。
「これって……」
「四次大戦の終戦を境に使わなくなった陸軍旗なんぞ持ち出してきている。もっとも俺が驚いたのは我が母国にも異世界に渡る技術があった事だがな」
そう言って笑いだす。確かに公的には魔術なんてものは存在しないって事にはなっているが武家の上位の当主クラスだけが知る秘密に現在の日本帝国は先祖の魔術によって守られている事が知られている。
師匠から聞いた話だけどね。
陸軍の戦力に関しては恐らく帰還した学生などから聞き出した情報からこちらの世界の戦力を把握した結果と居なくなっても誤魔化しきれる部隊って事で決まったのがあの骨董品の部隊なのだろう。
「先輩は合流するのですか?」
「まさか。敗北が確定している軍に付き従う意味はないよ」
そう言って何故負けるのかを聞いてもいないのに語り始めた。その話は予想通りでありこっちの世界で会敵する軍隊との物量差で圧し負けると言うものであった。
序盤は近代兵器で無双出来るだろうが、継戦能力で格段に劣る。ましてや相手は白の帝国の狂信者どもだ。2500万の死兵を一個機甲師団程度で駆逐できるとは思えない。
「何が言いたいかと言えば、小鳥遊を東方へは連れていくと困った事になるぞという警告だよ」
そう言って微妙に謎な発言を残して水鏡先輩は去っていった。僕はそれを見送り水鏡先輩の言う和花を東方に連れていくと困る事になるという内容について考え込んでいた。
「あれ? 樹くん。こんな道端でどうしたの?」
どれくらい道端で思案していたのだろうか、和花に呼び止められた。和花とアルマ、警護役のダグの他にそれなりに身なりが整った男女が付き従っている。どうやら契約が終わったようだ。
そして僕の後方に目をやると、
「瑞穂ちゃん。ご苦労様」と声をかけた。
「えっ?」
振り返ると確かに完全武装の瑞穂が立っていた。
「いつから居たの?」
「魔導騎士輸送機からずっと……」
そう答えると答え合わせのように周囲に溶け込んで消えてしまった。そうか、妖精の外套と妖精の長靴の組み合わせか。
気配を殺されると全く察知できないなぁ……まだまだ修行が足りないという事か。
「なんでここにいるかって言うと……」
「契約を結んだあとに何処で待ち合わせするか決めてなかったから魔導騎士輸送機に案内してからって思ってたのよ」
和花の後を引き継いでアルマが事情を説明してくれた。
それに対して僕は謝罪をしてついでだから事務所に案内しようという事になった。
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「十分な大きさだと思うけど、二階の空き部屋はどうするの?」
ひと通り中を確認し満足したのか和花が空き部屋の用途を聞いて来た。
「特に考えてなかったんだよね。何かある?」
「それなら――」
そこで契約した従業員たちの紹介が終わっていない事を思い出し先ずは自己紹介という事になった。
業務管理者として紹介されたのはとても職能奴隷になるように見えない初老の紳士であった。名をギャリソンというそうで二年ほど前までそこそこの規模の伯爵家の執事をしていたそうだ。病弱な妻の薬代の為に10年分の給与先払いで契約を行ったという。
次に紹介されたのは経理師のピピンという恰幅の良い中年の男性である。元々は小さな商会で経理師をしていたとの事で商会が潰れて路頭に迷っていたそうだ。
通信魔術師のアルドレッドは中年に差し掛かろうという年齢の痩せ細った神経質そうな男性である。二級通信魔術師の資格を有しているそうで、その通信魔術の有効範囲は一五〇〇サーグに及ぶという。大陸の中央に位置するこの都市なら大陸の何処に居ても連絡可能という事だ。超使える人だ!
事務員として雇った者は肉付きの良い中年の女性だ。名をオリビアといい旦那と死別し遺産を食い潰し生活に困っていたそうだ。年齢的に成人した子供が居そうであるが不仲なのだろうか? こっちの世界であれば普通は子が親の面倒を見るのは当たり前なのだが……。
ここまでは職能奴隷である。一〇年契約で給料を先渡して契約に至った者たちだ。
ここからは労働奴隷と呼ばれる普通の奴隷である。給与を貯めて自分を買い戻すまでは人権なども最低限しか与えられない存在である。
雑役女中として雇った少女たちは二名おり、エイミーとエマという一五歳の少女である。農村で気に入らない男との結婚を嫌がって出てきたは良いけど農夫の娘に熟せる仕事もなく奴隷堕ちしたそうだ。
空き部屋に関しては自宅から通える業務管理者のギャリソンと通信魔術師のアルドレッドと事務員のオリビア以外に空き部屋を割り当てる事とした。一部屋余るって?
斥候のレルンはこっちで情報の裏どりなどを担当してもらうので彼の部屋にする。
取りあえず業務管理者のギャリソンに一時金として硬貨袋に金貨二〇〇枚ほど入れて預けておく。事務所を機能させるための機材などを購入させるためだ。他にも住み込みをする者たちの最低限の家具などもいるだろう。
業務は明日からとし、住む場所のないものには宿を手配をお願いしておく。当面は僕らが南洋に出向くので開店休業に近い事を伝えておく。
ただし別途業務としてリストを渡しその人物を探す様にお願いしておく。なんのリストかというと、この世界に飛ばされて生死不明の九五名である。生存が確認されこっちに残る者もリスト化してあるが人数は少ない。五〇人ほどだ。
見つけてどうするかと言えば援助くらいしようかなと思っている。余裕も出来たしね。
さて、これでここでの雑多な用事は片付いたかな?
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「――美優を呼び戻す事には賛成よ」
ザイドリック級に戻って美優の件についてひと通り話した後の和花の回答がこれである。
「美優?」
アルマがその女は誰みたいな表情をしている。
「元の世界での樹くんの婚約者よ」
「ふむ……。二番目って事?」
「順番付はしたくないかな」
瑞穂は二人のやり取りを無言で眺めており僕としてはあまり想像はしたくない。
「でも、南洋行きの方が先なのよね?」
「うん。依頼者が出来るだけ早くこいつの運用データが欲しいって言ってきたからね。その分だけ報酬は上乗せされたけど」
実は人が余っているこのアルカンスフィア大陸から未開の地の南大陸の調査と植民地化が計画されており10万人の冒険者の他に5万人の農奴や様々な職種の人材を送り込むらしい。その際に艤装中の陸上艦を数隻使用するらしい。
師匠の団体が航路設定と橋頭保の確保を行うとの事で、それが終了する頃、遅くても春の前月くらいまでには運用結果を報告書として提出して欲しいとの事だ。
今が冬の中月の前週なので猶予は少ない。
あ、冬の中月と言えば来月は瑞穂の14歳の誕生日なんだよねぇ……、プレゼントどうしよう。
まだ一か月以上あるし素材自体は用意してある。だ、大丈夫……。
依頼に関しては南洋の孤島まで航海で一週間半あれば間に合うはず。帰りは速度を出せばもっと早く帰れるし十分間に合う。
なんか気が付けば今月は残業時間が100時間超えてました。
在宅なのでこれでも少なく見積もっているんですけどねぇ……。




