307話 次なる目的地へ③
あ、そう言えば徒党事務所の件をどうしようか?
そう考えているとアルマが職能奴隷を勧めてきた。金額にもよるが一定水準の能力を有していており彼らであれば契約で業務上の守秘義務を魔術的に守らせることもできる。
ならばと奴隷商の店舗へと向かおうかと思ったが不動産の方を見ておきたいので和花に行ってもらうことにした。同伴はアルマにお願いした。そして警護としてダグをつけている。正直な話として警護につく人間はそれなりに見た目も重要だからね。厳つい方が良い。
「人員はどれくらい必要なの?」
「そうだねぇ……事務員、業務管理者、経理師、雑役女中、通信魔術師くらいかな?」
「ん。わかったわ」
「行ってくるね」と手を振り居間を出ていく。
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「こちらの物件はどうでしょうか?」
和花と別れてから一刻、僕は富裕層の住まう区画の傍に大通りの一角にある小さな建屋の前に居る。
その建屋はまるで僕らの世界の雑居ビルかって感じの混凝土製の庭なしの三階建てなのである。珍しい事にはめ込みの硝子製の大きな窓が印象的である。防犯的な意味でもすぐ傍に衛兵の詰所があり安心感はある。
扉を開けてる風除室がある二重扉構造でありさらに奥へと進むとかつては店舗として利用していたという10スクーナ、京間換算で9畳ほどの部屋がある。事務所としては十分な広さだろう。奥には応接室、簡易台所と便所、納戸もある。この十字路都市テントスは古代の魔導機器帝国時代の跡地を利用されており上下水道が完備されている。便所が水洗なのはありがたい。
奥の階段を上り二階には5スクーナの部屋が四室、三階は7スクーナの部屋と屋根露台がある。三階の部屋に[転移門の絨毯]の片割れを敷いておく。これでいつでもここに戻ってこれるという訳だ。ただし防犯のために扉に【強固の錠前】を施しておけば問題ない。扉は強固になり更に合言葉を知らなければ解錠出来ないからだ。
「確か家賃はひと月で金貨二枚ですよね?」
「はい。お近づきの印という事で勉強させてもらいました」
実感が湧かないけど、銀等級と言えばこの大陸最大規模で東西南北の物流が集まる十字路都市テントスでも六組ほどしか居らずいずれの面子も三十路近い年齢であり若くてコネもある僕らは特に期待されているとの事だ。
通常であればひと月で金貨二枚で借りられるような物件ではないしここはご厚意に甘えて契約してしまおう。
商人組合に戻って契約する事を伝えると初回の家賃の他に保証金として二か月分を請求された。ま、金貨六枚程度ならすぐに出せるのでさっさと支払って契約書などにサインを行う。まだ団体印章、分かりやすく言えば法人印鑑に相当するものを作っていないのでいちいちサインしていく事になる。
魔法の契約書と保証金の預かり証を受け取り鍵を受け取る。
用事も片付いたので帰ろうかと思った時、組合の待合室に置いてあった新聞が目に留まった。
その記事は東方の戦乱が一段と混沌としてきたという内容である。眠れる東方東部域の大国である赤の帝国が軍を派遣し始め周辺の小競り合いで疲弊しきっていた都市国家を平定し始めているというのだ。それ自体は戦乱が落ち着くから良いのだろうが問題は潰された都市国家はかつては赤の帝国の一部だという主張で謀反者たちには鉄槌という名目で略奪暴行が横行しているというのだ。
やっていることが白の帝国と大差ないのだ。あっちは居もしない神を讃え信者以外は皆殺しが基本だ。何れにしても北のキチガイと東のキチガイがぶつかり更なる被害が予想されるので注意喚起が記されている。
「そういえば美優を送り込んだ学術都市サンサーラも下手すると戦場になるのか……」
手紙を書いてこっちに呼ぶか?
でも、君には向かない的な事を言って追い出しておきながら呼び寄せるのもなぁ……。とはいってもゲームと違って実力に差がある者同士で一党を組んでも安全マージンを取っているときは兎も角としてギリギリの時には弱い者から綻びになるからなぁ……。
これが物語の主役ならその時覚醒したりしてパワーアップするか僕ら以上の実力があってお呼びじゃないとか言われちゃうんだよねぇ。
ま、今は僕らも急ぎの仕事もあるし乗車券だけ送って注意喚起位で良いか。
そうと決まれば乗車券を購入し郵便業務の冒険者を雇うか……。
さっさと済まそうって事で受付に戻って乗車券を購入し、脇目も振らずに冒険者組合へと向かう。到着した頃には七の刻を過ぎており非常に空いていた。おかげで四半刻もしないうちに指名依頼の手続きは終わった。後は手紙を書いて依頼を受けてくれる冒険者を待つのみだ。
今回の指名依頼は冒険者個人を指定したのではなく、特定業務の専門家、この場合は郵便業務に特化した冒険者を指定した。
手紙を書き封蝋が終わったところですぐ傍に誰かが立っている事に気が付いた。
「よっ、ご指名ありがとうございます」
気やすく声をかけてきたその男は以前に美優の誕生日プレゼントの配送を頼んだレオールという銅銹等級の郵便業務専門の冒険者であった。
「まさかこんなに早く受けてくれる人が見つかるとはね……」
「俺もびっくりだよ。さっき郵便業務から戻って報告を終えたら受付さんに指名依頼が来ているって言われてさ~。しかも危険度の高い東方行きって事で報酬額も高いし――」
なんでもそろそろ銅等級に昇格できそうとの事なので是が非でも受けさせてくれとの事であった。僕としても一度頼んでいる事もあって特に疑いもせず手続きを行い手紙を託したのであった。
冒険者組合を出てザイドリック級に戻ろうと歩き始めた時――。
背後で鯉口を切る音がし慌てて振り返る。
「街中とは言え油断大敵だぞ。高屋」
そこに立っていたのは羽織袴に打刀を佩いた黒髪の男、水鏡先輩であった。
ブックマーク登録ありがとうございました。
ま、その後に減ってしまったので恐らくお気に召さなかったのでしょう。致し方ない事です。
年明けから仕事が立て込んでおり更新に割く時間が確保できなくなっております。それでも何とか週一回更新は維持していきたい……。




