304話 運び屋をする―顛末②
アルマ審議官は立ち上がり両手で法衣の裾を軽く持ち上げ、左足を斜め後ろの内側に引き、もう一方の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま軽く頭を垂れる。
「私、アルマリア・ミル・レグリアム高位審議官は、その全てを以て銀等級冒険者たる高屋樹殿にこの命尽きるまで誠心誠意尽くす所存です」
そう宣るとニコリと微笑むのであった。
意訳すると「迷惑料は、わ・た・し♡」である。
高位審議官と言えば最高位審議官に次ぐ存在であり、道中で彼女から聞いた話では法の神の総本山である裁定王国マルグリットを含めても大陸で一〇人しかいない貴重な存在である。
それを迷惑料という名目でとしてポンッと渡すとか有り得ないのだが……。考えられる事と言えば――。
「お察しの通りです」
僕の考えを読んだかのようにそう口にする彼女の顔はほんのりと紅い。
……そういう事ですか。
「問題はあまり変わらないと思うのだけど?」
敢えて何をと口にしなかったが恐らく話は通じてるだろう。
「問題はそこに私の意思が介在したか否かが重要なんですよ」
「返品は?」
「五年試してダメならアリかも知れませんね。無料お試し期間だと思って傍に置いて置いてくださいよ。悪いようにはしませんから」
口調はやや冗談めかしているが本気っぽいなぁ……。自棄で安売りとかにも思えないし命令されたからというか、命令された事でこれ幸いにと乗っかったという印象だ。
しかし僕の何処が気に入ったんだろうねぇ……。この世界基準だと師匠や健司のように野性味がある整った容姿のマッチョが非常に女性にもてる。それか師匠の相棒のフェリウスさんのように神秘的で中性的な容貌の細マッチョになる。僕は割と中途半端なんだよねぇ……。
「実際のところ、何処が気に入ったんです?」
「真面目な回答とお茶らけた回答とありますが……」
「真面目な方でお願いします」
「それは残念です……」
そう言ってシュンとしてしまう。
残念なのかよ!
「……一目惚れです」
「はっ?」
思わず胡乱な目で見つめてしまう。
「そんなに見つめられると、流石に恥ずかしいです……」
そう言ってアルマは頬を染め身を捩る。
一目惚れとか言われると反論しにくいなぁ……。
「冗談は――」
「審議官の名に懸けて本当ですよ。あれはまるで天啓のようでした」
ややうっとりとした表情でそう宣ったのであった。
奇跡を賜る聖職者に天啓のようなとか言われると信じるしかないかねぇ?
そうなるとこれまで保留にしていた案件も真剣に検討……。いや、覚悟を決めないとダメかねぇ……。
どのみち今すぐ決められる事でもないので先ずは……。
「早速ですが、ひと働きして貰います」
そう言ってやって欲しい事を告げる。僕は人使いが荒いのでこき使うとしよう。
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「貴様! 我らにこのような仕打ちをしてタダで済むと思っているのか!」
アルマとの話も片付き寒空に放置していたゴミの様子を確認に来たらいきなり罵倒されたのである。
「そちらこそ自分たちが何をしたのかご理解していただけないようで?」
可哀そうにと言わんばかりの憐憫の目で見つめる。
今回の件は法の神の総本山が一部の神殿で起こっている実力ではなく政略などで高い地位を得て不正や不正幇助をする聖職者の鼻つまみ者を炙り出す第一弾であった。
もっともアルマを十字路都市テントスまで送り届けなければこの計画はなかったのだが……。
今頃は総本山の精鋭が周辺の不正聖職者の捕らえて芋づる式に捕縛しているだろう。僕らに直接依頼を持ってきて依頼料をピンハネしたあの聖職者も今頃は……。
こいつらに関しては憲兵も一枚噛んでいるようなのでさらに大変だ。指名依頼で運ぶ予定の難民の依頼者はダナーン要塞王国であり、国の依頼で運ぶ難民を傷つけただけでなく、ありもしない罪状を以て強制的に捜索を行い、あわよくば超大国ウィンダリアの所有物である魔導騎士輸送機を接収しようとしたのである。こいつらの首を塩漬けにした程度では解決しないであろう。
ダナーン要塞王国が一枚噛んでいたとしても、ウィンダリア王国に喧嘩を売るような国力もない以上は知らぬ存ぜぬで通すだろうし、最低でも憲兵隊の上役、憲兵総監の更迭及び再編ってところだろうか?
そして僕の立ち位置も彼らに不利に働いた。若くしてあちこちの偉いさんが動向に目を光らせている逸材を無実の罪で投獄しようとしたのだ。
自分じゃ逸材だとは思っていないのだけど、この歳で銀等級の冒険者で、大国から大きな仕事が来たり未調査の遺跡を根こそぎ漁ってきたりとほとんど例がない功績があり、実は凄い事らしいのだけど、なにせ周りがすごーいって持ち上げまくってくれないのでいまいちピンとこないんだよね。
さてさて、彼らにどんな罰が下されるのだろうね。そう言った事を淡々と説明してやった。
助命を乞う声を無視しつつ僕は彼らを放置して魔導騎士輸送機に戻る。遅れを取り戻さなければならないし迷惑をかけた商人たちにも詫びを入れなければならない。
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「確かに引き取った」
そう言って若い騎士は割札を僕に差し出す。三日かけて難民をウィンダリア王国の飛び地であるルカタン半島、僕らが今年の春先までいた迷宮都市ザルツの傍まで輸送が終わったのである。
寒空の中に晒された難民は奇跡的に病気をしたものもおらず元気に上甲板から降りてくる。実に良い事だ。
「そうね、誰かさんに散々こき使われましたからね」
まるで僕の考えが読めるように同行者がそんな事を言って拗ねるが、本人が『全てを以て誠心誠意尽くす』と言ったので言葉通り実践して貰ったのだ。
具体的には怪我人や体力が落ちた者や病気の者が居れば奇跡で癒し、精神的に挫けそうな者を寄り添って励ました。休みなく働き続けたのである。上甲板から降りてくる難民は笑顔でアルマに頭を垂れて巨大な門を潜っていく。
「ところでお前はいったい何人娶るつもりなんだ?」
僕らのやり取りを見ていた若い騎士の隣りに居たもう一人の騎士が呆れたと言わんばかりに問うのである。
「失礼な。まだ娶ってないよ」
「まだ? なるほど、その気はあるんだな」
その若い騎士は揶揄うような口調の後にニヤリと笑みを浮かべる。
「そういう君はどうなのさ?」
やり返してやるつもりで問うのだが結果はというと。
「わたしかい? 父上を説得するのに苦労したよ」
「なら婚約を? おめでとう」
この男は同じ一党の半森霊族に懸想していたのだ。だが、その婚約者が見当たらない。同じ一党であれば同行させていると思ったのだが……まさか。
「残念だけど、父上の組んだ縁談を放置してね……彼女と添い遂げる為には更なる名声を挙げてこいと追い出された。彼女はあっち」
若い騎士はそう言って親指を後ろに聳え立つ魔導騎士を指す。
あれ? 騎種が違う? 確か別れた時には中量級の正式採用騎[ドレッド・バーン]だった筈だが……。
「武者修行中は家名を使う事が出来ない条件でね……。当然愛騎も使えないのさ。だから中古の騎体を買った」
なるほど、それでか…………。結構草臥れた感じの中量級の中古の[アル・ラゴーン]であった。二次装甲を若干変えているが流石に僕でも判別できる。
「そんな訳で、これから宜しくな」
そう言って若い騎士、改め自由騎士たるシュトルムは右手を差し出すのであった。
「はっ?」
どういう事? っていうか同伴するの?
「お前が来ると聞いてわざわざ待っていたんだよ」
そりゃ戦力としてはありがたいけど……。
「なんでまた?」
「そりゃ、お前と一緒ならトラブルが寄ってくるだろうからな」
そう言ってシュトルムは笑い出す。
「歓迎するよ」
そう返して握手を交わす。
ブックマーク、評価などありがとうございました。
頑張れば年内にもう一話……。
幕間-16を挟んでから305話になるかと。




