303話 運び屋をする―顛末①
難民ひとりひとりに対して過酷な事を行う。陽が沈み温度計も275クロンを指す中で僅かな衣装などを脱ぐように強要し始める。抵抗すれば警杖で殴りつけるありさまである。
流石にこれは目に余る行為だ。苦情を入れると操作に非協力的な為の懲罰だと豪語したのだ。一体脱がせるのにどんな理由があるのだと問えば、逃走防止だと答える。
すでに食料も乏しく国に受入れてもらえなかった難民が何処へ逃げるんだよ……。
ニヤニヤとしたおっさんの顔に一発と言わずにぶん殴りたいが、暴発するのは向こうの思うつぼだ。これまでのやり取りで奴らは僕らを犯罪者として捕らえてザイドリック級を接収するつもりだ。
ザイドリック級が借物の試験運用である事など彼らは知らないからねぇ……。
取り上げたら国が滅ぼされると思うけど言っても信じられないだろうなぁ……。
流石に僕より気の短い連中を押さえるのは限界を感じた。だがここで暴発は出来ない。やる以上は確実に潰したいし、こちらの被害は最小限にしておきたい。
東方の権力層に居るものは長い戦乱で既にいろんな感覚が麻痺しているのではないのか? そんな気がするのだ。
憲兵隊の数は一個小隊だが僕らの実力であれば十分制圧可能である。ただ、審議官が同伴している以上はこちらから手を挙げるわけにはいかない。事情はどうあれ先に手を出すと……。
いや、待てよ……。
言い方は悪いが難民は組合から依頼された輸送商品である。それが傷つけられたのだ。これは報復しても正当な権利ではないだろうか?
まぁ~最悪の場合でもダナーン要塞王国周辺への出禁になるがここでこいつらを仕留めて逃げ出した後で借りというか保留してある報酬をこの件のもみ消しで使うか?
僕は後ろ手で手信号を出す。
『”殺れ”』と。
まず最初に動いたのは瑞穂であった。腰袋状の魔法の鞄に隠し持っていた光剣を取り出すと身を低くして素早く憲兵の懐に飛び込むと警杖を持っていた右腕を斬りつける。
それを皮切りに船員らが三人一組で憲兵に組み付き取り押さえ始める。健司とダグは持ち前の筋肉と上背から繰り出す手撃で憲兵を打倒す。
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一限にも満たない時間で部隊長と司教も含めて三三名を取り押さえることに成功した。
「初めからこうしておけば不快な思いをしなくて済んだのに……」
部隊長を見下ろしつつ和花がそうボヤくのだが色々迷ったんだよ。
「機関始動! 急げ!」
船員達に指示を飛ばし、難民らを上甲板へと誘導を始める。周囲は暗く市壁から魔導騎士輸送機までは距離もある。更に夜で周囲は篝火程度なので市壁の警備の衛兵には分かりにくいだろうけど何れ勘づかれる。
更に手の空いている者に憲兵ら身包みを剥いで縄で縛るように指示しておく。
奴らはこのまま寒空の下に置き去りだ。
取り上げられた装備やポッケナイナイされたブツも回収して残りは難民が上甲板に登り切るのを待つばかりになった。
女子供や老人に手持ちの防寒具や毛布などを渡しておくらいしか支援できない。
最悪の場合は未使用の大部屋に身体の弱い人らだけでも移動させるべきか?
しかしアルマ審議官は何処にいるんだろう? あの結晶柱には【魔法封入】にて【緊急脱出】の魔術を仕込んでおいた。発動すれば瞬時に周囲一サーグ圏内の最も安全な場所に転移するはずなのである。この惨状を予想してどこかに潜伏しているのだろうか?
「最悪の場合は置いていくしかないか…………」
「……それはちょっと困ります」
「は?」
背後からアルマ審議官の声が聞こえた。しかし振り返ると見当たらない。
いや、待てよ。
そもそも索敵に長けた瑞穂が無反応って辺りが怪しい。さては僕に内緒で和花あたりと組んで何やら手を打っていたな。
念のために周囲を確認する。司教や審議官などとは距離が離れている。
「瑞穂、後はお願いね」
瑞穂の頭を撫でまわした後その場を立ち去る。賢いアルマ審議官の事だから意図には気づくだろう。
途中で居間に立ち寄り、独り言を放つ「暫く待っていて」と。そして指揮所のある艦橋へと向かう。
指揮所には全員揃っており既に出港準備の真っ最中であった。艦長に準備が整ったら急いで出発して欲しいと告げると僕は居間へと戻る。
居間に戻りソファーに腰掛け一息つく。そして、「もう解いてもいいですよ」と声をかける。
すると何もないはずの空間が揺らぎ頭巾付き外套を纏った小柄な人影が現れる。
アルマ審議官が腰掛けたのを確認してから問いかける。
「いつから見ていたんです?」
まずはそう質問を投げかける。彼女が身に着けている妖精の外套と呼ばれる魔法の工芸品には精霊魔法の【姿隠し】の効果が、彼女が履いている妖精の長靴は同じく精霊魔法の【無音】の効果が付与された一品であり、僕らの一党の共有財産のひとつだ。
「最初から見てたよ。でも私が姿を現すと余計に混乱するから黙って視ていたけど……。必要であれば審議官の名に懸けて必要な証言はするつもり」
「……と、和花あたりと相談していたわけだ……」
「うん」
可愛く頷かれても困る。
それならそうと一言言ってくれれば他にやりようもあった思うんだけどなぁ……。無駄に難民に迷惑かけたし。これはあれだ。敵を欺くにはまず味方からとか言う言い訳をするパターンだろうから追及はしない。
「そもそも何処に所属する審議官を誘拐したわけです?」
アルマ審議官にそう問われて思い至った。
そうか、アルマ審議官の移動は直接依頼による非公式のモノであり依頼内容に虚偽があり公式的には彼女はここには居ない事になっているのか……。何処の審議官を誘拐したと問い詰めればボロが出るし先方も口を噤まざるをえないという事?
細かく調査をしていけば一部の罰当たりな聖職者を破門させられるしそいつらに忖度していた連中も釣れるかもしれない。
もしかして最初から掌の上で踊らされていた? いやさ……こんな美少女に掌の上でコロコロされるのはある意味ご褒美だが……。
そう問うと意味ありげに微笑むだけで何も口にしなかった。恐らく正解という事だろう。
もしかして政争に負けたふりをして不届き者のあぶり出しを計画してたのだろうか? であれば、これは大きな貸しだなぁ。
「当然ですが、冒険者をタダ働きさせるなんて事はないですよね?」
利用したのであれば報酬寄越せと嫌味の一言も言いたい。
だがアルマ審議官の返答は予想外のものであった。
「もう報酬は払ってるよ」
「は?」
どういう事だ?
混乱しているとアルマ審議官は立ち上がり両手で法衣の裾を軽く持ち上げ、左足を斜め後ろの内側に引き、もう一方の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま軽く頭を垂れる。
「私、アルマリア・ミル・レグリアム高位審議官は、その全てを以て銀等級冒険者たる高屋樹殿にこの命尽きるまで誠心誠意尽くす所存です」
そう宣るとニコリと微笑むのであった。
そろそろ90万文字である。
あと一話くらいいけそうかな?




