302話 運び屋をする③
隊長らしき中年の男は羊皮紙を突き出しこう述べた。
「卿らに審議官誘拐の嫌疑が掛けられている。陸上艦を検めても?」
突き出された羊皮紙にはサラッと読むと疑わしいから捜索させろという感じのないようだ。
正直なところやはり来たか……と言った感じだ。こいつらがここへ来たという事はアルマ審議官は渡しておいた結晶柱を使って神殿から脱出したという事だ。
世の中には一目惚れとかもあるし、可能性は少ないけどそうなった場合は渡した結晶柱は売却してくれと言っておいたのだ。
まぁ……誘拐はしていないのだから堂々と対処すればいい。何もやましい事はしていないぞ。あ、依頼者の報酬ピンハネに協力したか……。
取りあえず友好的に対処しておこう。
「それは構いませんが、冒険者組合からそこに居る難民の移送を依頼されていますので手短にお願いしますね。流石にこの冬の中月の寒空に長時間放置は酷でしょう」
一応そう言って牽制しておく。後ろに控えている審議官の能力を検証する意味もある。
事前にアルマ審議官から聞いた話では、審議官には五段階の等級が存在し最高位審議官には嘘や隠し事はまるっきり通じないとまで言われているそうだ。
どこの国もシステムはほとんど変わらない筈だから恐らく憲兵隊の部隊長だと思うが、審議官に目配せすると審議官は首を振る。今のやり取りから推測できる事は、あの審議官の能力は【虚偽看破】の魔術程度かな?
「依頼書を見せてもらっても?」
嘘は言っていないし堂々と指名依頼書を差し出す。部隊長は受け取ると書類に目を走らせる。
程なくして書類を返すと、「正式な依頼である事は分かった。ただ、これだけの規模なので最低でも四刻は拘束させてもらう」と宣った。
開放される頃には早くても十一の刻過ぎるかな。指名依頼扱いの商人らが怒りそうだなぁ……。
「仕方ないですね」
そう答えつつもただ漫然と従うのでは時間的ロスも大きいので、難民のチェックが終わった者から上甲板に上げてもらうようにお願いし受諾された。
先ず彼らが始めた事は臨時本部という事で天幕を設営をした事である。そんなもん要るのかとも思ったけど必要だと言い張るのだ。よく見れば法の神の司教がニヤニヤと笑みを浮かべている。
これは嫌がらせだろうか?
だとして彼らに何のメリットがあるのだろうか?
考えても埒が明かないので今は大人しくしていよう。
多くの難民たちが不安そうに見守る中四半刻ほどして天幕が組み上がり憲兵隊がザイドリック級に乗り込んできた。あくまでも自国民ですらない難民は後まわしらしい。
先ず彼らの要求は動力炉である万能素子転換炉を止める事であった。理由を聞けば逃亡防止って主張だが、この冬の中月の寒さで空調機も使えなくなるし困ったものである。
一応は万能素子濃縮収容器があるので重要な魔導機器は当面は動くが、ここでの遅れを取り戻すための高速移動の際に使うので無駄使いはしたくない。
その後は僕らの武装解除である。見える範囲の武器は全て押さえられた。
憲兵隊共の取り調べは船員、女中問わずに一人一人を天幕へ連れ込んで審議官を同伴させた数人の厳つい憲兵達による圧迫面接なような質疑状態であった。しかも客である商人やその護衛業務の冒険者にまで及んだのである。
客人である彼らは大変ご立腹である。
そして幾人かの憲兵が金目の物を懐にポッケナイナイしたのも目撃した。目撃記録は後で【過去見】の魔術と審議官の証言をセットにして冒険者組合経由で訴えてやるので覚悟しておけと心の中で思った。
ありとあらゆる扉を開けて中を検められ、中の物をかき回されそのまま放置され、挙句には魔導騎士の操縦槽の中まで検めると言い出し始めて、一人の憲兵がおふざけなのか勝手に起動措置まで取り始め適性がなかったのか運が悪かったのか拒絶反応を起こし穴という穴から色々噴き出した状態で発狂死した。
操縦槽から引っ張り出し汚れた操縦槽を掃除を行い発狂した奴の交代要員の手配が終わると追加人員が到着の合間、今度は高圧的な態度で食事を要求しだした。
確かに夕飯時ではあるが、やり放題やって憎悪を溜めておいてこちらが毒や薬を用いるとは思わないのだろうか? あ、その場合は何らかの罪状を増やして指名手配でもするからいいのか?
部隊長に苦情を入れるも「腹が減っては仕事の効率にも影響が出るからな」などと言って当然のように肉を要求してきた。しかも庶民向けの豚ではなく富裕層向けの牛である。
憲兵とか法の神とはなんなんだろうね?
僕としては願わくば彼らに神罰が起こって欲しいと願うのであるが、これまで神罰が起こらないから彼らはかなり調子に乗ってるのかな?
「あいつらウゼーな……。もう、殺るか?」
「ダメに決まってるだろ」
そろそろレルンがキレそうであるが、ダグが宥めている状態である。僕らもかなり精神的負荷がかかってきて短慮になり始めているようだ。口にはしないが健司も和花もかなりイライラしている。
冒険者組合の評価の高い若造を暴発させてそれを理由にうまい汁でも吸うつもりなんだろうか?
万能素子転換炉を止めてしまったので再起動にはやや時間を要する。魔術などは詠唱などがあるのでバレる。そうなると和花が魔法の鞄に持っている熟睡の水薬を食事に混ぜるか?
犯罪行為も目にしているし捕縛したという名目もアリかと思うけど、その場合は蜥蜴の尻尾切りの如く末端の憲兵が数人捕まるだけだ。
「……でもなぁ……」
思わずそう呟いてしまう。どうせヤるなら大物を仕留めたい。
取りあえず食糧倉庫に牛肉があるので女中ちゃんたちにステーキでも出してやれと指示を出す。ただし部位は一番安い乳用種の外腿だけど。
本来は僕らが憲兵らに食事を出す必要は全くない。冒険者組合には高級な牛肉を用いた食事を強要されたと報告する予定である。
更に調子に乗って葡萄酒を所望してきたので安物のを出してやれば、「所詮は下賤な冒険者如きじゃこの程度のモノしか出てこないか」などと宣う。こいつら恐らくは立場を利用してこれまでも幾度となくあれこれと強要していたのだろう。
イライラしつつ彼らの夕飯という名の酒宴が終わるのを待つとダラダラと寒空に放置されていた難民たちの取り調べを行い始めた。
調べたところで肝心の審議官は出てこないと思うんだけどなぁ……。その場合の言い訳はどうするんだろう?
今年も残り数日ですが皆様はそろそろ冬期休暇でしょうか?
私はめでたくない事に大晦日まで労働です。
今年の更新は恐らくあと一回かと思います。
願わくば来年もお付き合いいただけると幸いです。




