30話 最終試験⑤
2019-06-09 誤字修正
今までウジウジと悩んでいたのは何だったんだろうか?
確かに自分とよく似た人型の生物の肉を割き骨を断ち命を奪う感触は不快ではある。
ただ…………。
これでいざとなったら元の世界に戻るという僅かな未練も絶てた気がする。
心のどこかで平和な…………だが窮屈すぎる日本帝国での日々に戻りたいと思っていた事もあった。
だからこれで良かったん————
そこで僕の意識はブラックアウトした。
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目を覚ますと和花に膝枕をされていた。
「おはよう。お目覚めはどう?」
ずっと僕を見下ろしていたのか和花と目が合う。上から見下ろされるがなんか結構距離が近い。
「まさかとは思うけど、また死んだ?」
まずそいつを疑った。
「ううん。危なかったけど助かったよ。お礼はマリアちゃんに言ってね」
僕に質問に首を振り否定し、恩人の方を指さす。
「そー言えばここは?」
「赤肌鬼の巣穴の傍だよ。狩人さんが周辺を警戒してくれているから大丈夫だよ」
和花の回答に取りあえず安堵し、思考を次の案件へと切り替える。
「戦闘はどうなったの?」
なんで僕は倒れてたんだ?
「あ、気が付いてなかったんだ? 樹くんは闇森霊族と相打ちだったんだよ。相手の三日月刀が僅かだけど腿に刺さってたの。傷で死にそうになったわけじゃなくて御子柴と一緒で猛毒で生死を彷徨ってたんだよ」
刺されたことに気が付かなかったのか…………。
あ、そうだ。
「そーいや御子柴は?」
かなり出血もしていたし、動かなかったんで死んだかと思ったけど和花の言いようだと助かったっぽいね。
「御子柴なら皇と一緒に巣穴の前で見張ってるよ。樹くんが起きたらどうするか指示を仰ごうって」
そうか…………。
ならいつまでも膝枕に甘んじてたらいけないね。
起き上がり土を払って周囲を見回す。
「あれ? マリアベルデさんは?」
お礼を言おうかと思ったのに何処にもいない。
「マリアちゃんなら狩人さんと周辺を見回りしてるよ」
まだ子供なのにしっかりしてるなーとか暢気な事を考えつつ赤肌鬼どもの巣穴へと歩いていく。
「よっ。起きたか」
「遅いぞ」
僕が近づいてきたことに気が付いた健司と御子柴が先に声をかけてきた。
「悪い。悪い。んで状況は?」
二人に詫びつつ状況の確認を促す。
「敵さんはあれで打ち止めっぽい。ずっと見張っているけど反応はなし。ただ中から漂うあいつらの生活臭が結構きついわ」
そういう健司の横で御子柴も頷いている。
「中を確認して報告しないと仕事完了にはならないだろうし僕が行くよ」
そう言って、まだ【光源】の灯ったままの魔術師の棒杖を左手に持ち、右手には閉所用にと購入した大振りの短剣を握りしめる。
洞窟へと入ろうとした僕の右腕を御子柴が掴んで止める。
「おいおい。斥候抜きで洞窟探索は危険だって教わっただろう。付き合うよ」
「悪いね」
「良いって事よ」
そう言って健司から蝋燭角灯を借りて洞窟へと入っていく。
「俺もついていこうか?」
健司がそう言って立ち上がるのを制止する。
「その身体じゃこの洞窟は狭すぎるよ。それに和花を一人で置いておくわけにはいかないからね」
洞窟の高さは0.5サート弱で身長が45.75サーグの健司では武器を扱うのも大変だ。横幅もあまり広くない。
この森に詳しい狩人さんと付き添いのマリアベルデさんが周囲を見回っているから平気だとは思うけど、世の中何があるかわからないからね。
「ま、確かに俺には窮屈だな。わかった。気をつけてな」
「了解」
そう答えて洞窟へと入る。
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洞窟へと入り腐敗臭と汚物臭に辟易しながら部屋と呼ぶには微妙な空間を3つほど調べた結果はどちらも赤肌鬼たちの寝床だったようだ。ただまだ奥に何かありそうではある。
「なー。樹」
「「え?」」
お互いの声がハモった。
今まで苗字呼びだったのに何事? 御子柴も自分の発言自体に驚いていたようだ。
「いきなりどうした?」
「元の世界の時は代々二等市民の俺と名家の坊ちゃんって事で遠慮してたけど、こっちの世界で過ごすならそんなしがらみもないし…………それに…………なんか俺だけ疎外感感じててさ…………」
御子柴…………いや、隼人の声は尻すぼみに小さくなっていく。
「なんだ。そんな事か。まー確かに共通の趣味以外ではあまり接点なかったし、そのあたり健司とは線引きしてたかもね」
これからは生死を共にする仲間なわけだし呼び名一つで結束が固まるなら安いもんだね。
「なら、改めてよろしく」
そういって僕は右手を差し出した。
「こちらこそ」
握手を交わし思わず二人してニヤリとしてしまう。
「目ぼしいものも何もないし奥へ進もう」
「そうだな」
そして僕らは隼人を先頭に再び洞窟の奥へと踏み込んでいく。程なくして大きな空間の場所にでた。
「「うっ」」
明かりが照らしたソレは恐らく依頼を受けてここに来たであろう冒険者たちの末路だった。
二人して嘔吐いたものの少しして落ち着きを取り戻し改めて観察する。
「ここまで酷く扱う理由が分からないな」
そう呟きつつ8体の遺体を検分していく。それらの遺体はまるで子供の玩具にでもされたかのようにひどい損傷だった。
冥福を祈りつつ遺体から認識票を回収する。一応組合の規則として発見した遺体が冒険者組合所属であれば認識票を回収するという義務が…………あるらしい。
「それにしても聞いていた数と遺体の数が合わないな」
そう隼人に言われて気が付いた。大きな空間とはいってもテニスコート位のスペースである。空間内にあるのはゴミのように打ち捨てられた冒険者の遺体が8体と壊れた装備品や食いカスや排泄物などが積まれた箇所と寝床としていたであろう藁敷きの箇所が【光源】の明かりに…………ん? 何か違和感が…………。
「見つからないのは女性の冒険者二人だけか?」
隼人の確認に対して「そうだね」と返事を返すものの別のことを思案している。
「おい。樹! まだ奥があるぞ」
隼人のその一言で違和感の正体に気が付いた。
そうか…………闇森霊族が赤肌鬼と同じ空間で寝泊まりしていたとは考えられなかったが、奥があるなら話は別だ。
「いこう」
その入り口は巧妙に隠されていたとかではなかった。
単に元々見えにくい場所にあり、廃棄物が近くに鎮座し、光源の向きの関係で陰になっていて見えてなかったのだ。
師匠からも注意を受けていたのにうっかりしていた。やはり知識だけ詰め込んでも使いこなせないと意味はないな。
斥候の隼人が先陣を切り洞窟の奥へ入っていく。
入り口自体もかなり狭くて健司だと入れないかもしれない。
まだ…………まだ、終わらんよ…………。
いえ、そろそろ締めに入ります。
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