300話 運び屋をする①
十字路都市テントスを出発して九日が経過した。予定より遅れているがこれには理由がある。当初の予定では原速で休みなく移動し七日ほどでダナーン要塞王国の首都である城塞都市ダリアに到着する予定であった。
それを急遽変更し交易路沿いの大きな都市に立ち寄り二刻停泊し、その間に商人組合で護衛の依頼を募ったのである。
大型の幌馬車などを用いた隊商は一日に頑張っても精々一〇サーグほどしか移動できず、護衛業務の冒険者を雇う金額や経費も馬鹿にはならない。
しかし僕らの陸上艦に便乗すれば一日に最低でも一五〇サーグ移動でき冒険者を拘束する費用も抑えられかつ予定より早く到着できる。
そこを売りに募集をかけ指名依頼扱いで手続きを行い、慌ただしくザイドリック級に積み一路東へと進む。それを毎日繰り返したため遅くなってしまったのだ。
小遣い稼ぎというより、行動履歴を残すためである。
載せた隊商の多くは交易路から外れた町へ赴くものが多く途中で何度も停止し降ろしていたら思ったよりも時間がたってしまったのだ。
この業務で一番ワリを食ったのは船員らであろう。移動中に待機している荷馬や驢馬や騾馬が落とす糞の処理に奔走してもらったのだ。彼らには臨時賞与出さないとなぁ……。
余談であるが疾竜は専用の厩舎を作ってあるので問題ない。
他にもついでに請け負ったのが自由騎士と呼ばれる魔導騎士ないし、魔導従士を所有する主君を持たない者。傭兵の移動の手伝いだ。
通常は長距離移動は専用の一〇頭立て大型荷馬車に寝かせて運ぶのが基本であり魔導騎士輸送機持ちなんて一握りなのだ。
そして一〇頭立て大型荷馬車の維持費も馬鹿には出来ないので貧乏自由騎士は貸与して移動するのだ。彼らには歓迎された。東方戦線への参戦というか仕官目当てなのかも?
城塞都市ダリアの手前でザイドリック級を停泊させ、隊商を降ろし、艦長に待機を命じて僕らも降りる。
和花にはこれまでの道中の指名依頼の報告と清算をまとめて行なって貰うために割札を持たせて冒険者組合へと行ってもらう。ただし、ひとりでは不安なのでダグとレルンを警護につける。
健司やハーンは留守番である。
そして僕は瑞穂を伴ってアルマ審議官を依頼通りに法の神の神殿まで届けるのだ。
和花たちが出発して四半刻ほど時間を空けて僕らも出発する。入都手続きの待ち時間の合間に作戦に必要なブツを渡しておかねばと魔法の鞄を漁る。
「何かあればコレを使って下さい」
僕はそう言って結晶柱をアルマ審議官に握らせる。
これがナニとは明言しないが博識な彼女であれば理解できるはずだ。
「……そうですね、何かあれば遠慮なく使わせてもらいます。でも……」
アルマ審議官はやや暗い表情で言い淀む。
「でも?」
「上手く演じられるかしら?」
政敵に敗れた彼女の処遇は魔眼持ち確保のための繁殖牝馬扱いだ。喜んで赴く女性は稀有だろう。それを考えれば平然とした態度で神殿に行くわけにはいかないので悲壮そうに演技を行ってもらわなければならない。
「そこは僕の口からはなんとも……」
頑張ってくれとしか言いようがない。
「そこは嘘でも大丈夫上手くいくと言うところじゃないの?」
そう言ってむくれる。
「いやいや、審議官様に嘘は通じませんので」
とお道化て答えるくらいしかできない。
止め処もない会話で半刻ほど時間を潰しようやく城塞都市ダリアの門をくぐる。戦乱から逃げ出してきた人たちも多く入都の際の手続きで随分もめている人が居たこともあり結構待たされてしまった。
城塞都市ダリアの中は中原の大国を見慣れた僕らの目にはやや不衛生な環境に見えた。建物のほとんどは木骨住宅、要するに骨格は木造だが、壁の隙間に多くは漆喰、または石や煉瓦などを詰める。骨格の木材は腐敗を防ぐために一律黒で塗装されており、漆喰の白とのコントラストが美しい。ガラス窓はなく、どの窓も木窓である。屋根は一律赤茶色の瓦を用いており恐らく条例で決められているのだろう。
街路は車道は石畳、歩道はピンコロ石を用いて見た目で判りやすく区分されている。天然石ならではの自然な色ムラが街に溶け込んでいる。
歩いていて思ったのは城塞都市という割には区画整理が進んでいて街路が直線的だ。この都市の由来は一定の範囲の区画を区切るように聳え立つ石壁と跳ね橋のようだ。壁の手前は全て水路というか水堀であり攻めにくそうではある。
幾つかの跳ね橋を渡り半刻ほどかけてようやく目的地である法の神のダリア分神殿の前に到着した。アルマ審議官をここまで護送するという非公式依頼はこれにて終了である。
あ、一応は先方に引き渡すまでか…………。
神殿前で箒を持つ若い神官を呼び紹介状を渡す。「しばらくお待ちください」というや箒を放って奥へと走り去っていった。
二限ほど待つとようやく先ほどの神官が息を切らせて戻ってきて一言、「司教様がお会いになります」と告げるとやや緊張した動きで先導する。
僕らは無言で神官さんについていく。神殿の内部は華美な装飾に彩られており、過度な贅沢を忌み嫌う地母神系の神殿とは真逆だなとかぼんやりと考える。
司教の執務室に通されると恰幅の良すぎる中年が迎えてくれた。この世界的には贅を凝らした生活に慣れた糞坊主と言ったところだろうか。
型通りの挨拶と礼を述べられると駄賃だと言わんばかりに硬貨袋を押し付けられる。暗にとっとと帰れという事らしい。
怒っても仕方ないので帰る事とする。部屋を辞する際にアルマ審議官と一瞬目が合う。僕は心の中で『健闘を祈る』と述べるとさっさと神殿を出て冒険者組合へと向かう。
「尾行とかされていない?」
「うん」
「ありがと」
何気なく隣を歩く瑞穂に確認を取れば即座に返答が返ってきた。礼を言いポンポンと頭を撫でる。
301話は予約投稿済
低下したモチベーションを回復するために最近steamでFoundationを購入してちまちまと遊んでます。




