298話 ようこそ
封入された【命令解除】が発動した。視覚的には変化はないけど恐らく解呪出来たはずだ。こればっかりは当人に聞かない限りは成功の可否は分からないのが困るんだけどね。
そこまで考えて思い出した事がある。
「あ、和花、どう?」
和花には呪絡と呼ばれる恩恵がある。呪いの有無を視る事が出来るのを思い出したのだ。
「……解けてるね」
「なら後は熟睡の水薬の効果が切れるのを待つだけかな」
「それにしても【使命】は厄介というか悪質よねぇ」
和花がそう言って呆れるのも仕方ない。自分から解いてくれとは言えないしちょっとでも与えられた命令を実行しないと死んだほうがマシってレベルの激痛が襲う。僕は【禁止命令】で同じような経験をしたから分かるけどアレは勘弁して欲しい。解きますよと言っても反抗されるのだ。
それなので意識がない時に解くしかなかったわけだけど、眠らせるのに熟睡の水薬を用いたのは、こいつだと後遺症が出ないからだ。普通の麻酔薬とか睡眠薬は効きが鈍く用量を間違えるとポックリ逝っちゃうからね。専門家でないと怖くて手が出せないのだ。
「僕は艦内格納庫行ってくるから後はお願いね」
「んっ」
瑞穂が頷くのを確認して居間をでる。
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「どうだい?」
艦内格納庫で報告書を作成しているハーンに経過を確認する。熱砂での[アル・ラゴーン・レセップス]の運用結果を提出しなければならないのだ。
「この騎体を設計した奴は馬鹿っすね」
そう言ってハーンが問題点を挙げ始める。
騎体そのものは名騎と呼ばれる[アル・ラゴーン]にちょいちょいと追加装備を施したものだ。
砂に沈まない様に砂上歩行器具が取り付けられており、そのせいか運動性が微妙に落ちている。
可動部の防塵処理を施していないので動くと骨格と装甲などが鑢のように擦れて削れるし、同様に心肺器の吸入部に防塵フィルターがなく咳き込むしで問題しかない。
更にコストの関係で操縦槽も通常の仕様の非密閉型の為に砂が入り込んでくるし、空調機もないので昼間は灼熱地獄だという。騎体の放熱を補助するために背部に放熱板が取り付けられているが、この放熱板があまり機能していないのだ。
結局のところ最大稼働時間が三割ほど減り実用性に疑問があると締めくくられている。
唯一良かったところを挙げるとすれば魔力収縮筋を冷却する冷却水管の血液をケチらずに高級品を用いられていた事くらいだそうだ。
「ま、ハッキリ言って欠陥騎ですね」
ハーンの口調は呆れているというかやや小馬鹿にしているとも取れる感じであった。まぁ……あまりにもひどい仕様ではある。
「なにか改善策はあるのかい?」
「俺であれば――」
そしてハーンが改善点をあれこれと語り始める。その時間、半刻であった……。
正直疲れたよ……。
「次はどの騎体を検証します?」
アルマリア審議官の護送依頼中はハーンは暇になるのだ。なら宿題を出すとしよう。
「そうだねぇ……。予備の[アル・ラゴーン改]を使って換装式の騎体が出来ないか検証してみてよ」
「換装式?」
「汎用騎を装備などの入れ替えることで特化騎と同じように運用できるといえばわかる?」
僕らの世界では過去のライブラリーのロボット物だと割と定番だったんだよね。ただアレには激しい疑問もあったんだけど。大量の選択装備がデッドウェイトになって本体をあまり搭載できないよねって言う問題。
「面白そうっすね。分かりました二週間くらいで報告書を出すっす」
なんかやる気に火が付いたようだ。
ちょっと予定があるので出来れば艦内格納庫は空けておくようにとだけ船員らに指示して僕は居間へと戻るのであった。
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翌朝、習慣で二の刻半ごろに目が覚めて身支度を整え居間へと行くと既に先客が居た。アルマリア審議官である。昨日は和花の指示のもと女中ちゃんたちが客室に運び女性用寝間着に着替えさせたとの事だったのだが……。
「先日はありがとうございました」
僕の入室に気が付いた彼女はそう言って頭を深く垂れる。【使命】の解除の件である。そこには無報酬でという意味も含まれている。
ま、遠回しとは言え助けを求められたのだから手を差し伸べても良いよね。もちろん打算ありだけど。審議官に隠し事は通じないと言われているから察しているだろうしあえて口にはしないけどね。
「お礼はまだ先でいいですよ。僕らは貴女をダナーン要塞王国まで護衛するという依頼を法の神の神殿から受けています。申し訳ないですが目的地の城塞都市ダリアにある神殿までは送ります。その後は……」
「自由に動いてよいと」
「送り届けた後は僕らの責任問題ではなくなります。例え貴女が行方をくらませてもね」
「そうだ! これは単なる善意ですが、身の安全のためにコレを渡しておきますね」
僕はそう告げると魔法の鞄から結晶柱を取り出し彼女に手渡す。事前に購入していたものだ。
「これは……」
博学な彼女であればその結晶柱の正体は理解出来るだろう。
「世の中何があるか分かりません。使い方は分かりますよね?」
「こんな高価なものを……」
「貴女の良心に委ねますが、対価を払うというのであればその身体で払っていただいても……」
もちろんエロい意味ではないよ。結晶柱ひとつ程度で彼女の知識と奇跡が手に入るなら安い物である。
「……この身で出来る事であればなんなりと……」
そう言って輝くばかりの笑みを浮かべるのであった。眩しすぎる……。そしてニコニコしながらこう付け足した。
「そうそう。私の事はアルマと呼んでくださいね。他人行儀な呼び方したら無視しますからね」
「はい」
どうやら僕の主義というか対人対応を察したようで先に釘を刺してきたようだ。これは「これからは私も貴方の身内の一員ですからね」という宣言なのだ。付き合い短いのにもうそこまで察してるとか審議官怖い……。
「樹はすぐに表情に出るからバレバレですよ」
何を言ってもやり込められそうだしここは大人しく撤退して次の話題に転じよう。
「それはそうと話は変わるのですが、今回の件、法の神的にはどうなんです?」
僕は敢えて暈して質問したがアルマには伝わっているよね?
「そもそも、神殿の横の繋がりは希薄です。少々規模の大きい神殿の政争の事を気にする信者はいません。仮に彼らが声高に破門と叫んだところで私が奇跡を使える限りはなんも問題はないかなぁ。今頃は残り少ない我が世の春を謳歌している事でしょう」
「それだとやられ損では?」
「勿論法の神は見ていますよ。何れ彼らに天罰が下るでしょうけど自業自得です」
「天罰というと……」
「過去の事例だと徐々に奇跡が発現しなくなり、いずれは神の声すら聞こえなくなるかな」
そうなれば彼らは破戒僧として神殿から放逐される。彼女にはその未来が見えるようである。




