297話 指名依頼
「噂には聞いていたが随分と若いな……」
恰幅のいいこの人物は法の神のウンドゥ最高司教の遣いと名乗るキリム高司祭である。沈黙しているが護衛担当と思える聖戦士が三人控えている。
このキリム高司祭は僕らの団体に直接依頼を持って来たのである。このようなケースは冒険者組合の仕事の実績には含まれない。依頼者は記録に残したくないという事だ。
依頼内容は審議官の警護なはずだから恐らくだけど報酬を最小限にケチって神殿の経理には過大な報酬を要求するのだろうか?
そして差額はポッケナイナイだ。
さて、仕事の内容はもちろん審議官の娘をダナーン要塞王国の法の神の神殿まで無事に運べという内容である。護衛対象の当人から聞いていた通りである。
正直言うと人をモノ扱いかよとか思わなくもなかったけど、表情には出さないでおくとしよう。
「これで移動するとどの位の日時がかかるんだね?」
ザイドリック級を見上げてキリム高司祭はそう尋ねてきた。
「そうですね……」
僕は脳内で大陸地図を展開する。直線距離で950サーグ
ほどだけど、交易路沿いに移動すると1162.5サーグほどかな。そうなると原速で移動すると……。急げば七日、途中で休憩を挟んでも一週間もあれば到着するかな。
「凡そ一週間ほどですね」
「ふむ……魔導列車に比べると時間がかかりますね」
キリム高司祭はそんな事を言うが、列車でも最寄り駅舎まで七日かかり、そこからは乗合馬車で二日ほど移動する。
恐らく乗合馬車での移動が頭に入っていないのだろう。それに乗車券などの経費も馬鹿にならない。
この肥え太った高司祭様にとってはお金は勝手に湧いてくるもの程度にしか思っていないのだろうか?
通常の護衛業務は冒険者組合で最低報酬ラインの規定がある。僕らの等級だと一日の拘束で合金貨三枚、1500ガルドだ。それに魔導列車の往復の乗車券の代金が乗る。更に冒険者組合の取り分が入るのだが今回は直接依頼なのでそこは除外だ。
僕は経費の話を切り出し最低報酬の話をすると露骨に顔を顰める。あくまで最低限の報酬でこの態度か。なら歩いて目的地に行けよと言いたい。半年以上かかるし旅費だって馬鹿にならないぞと言いたい。
そもそも貴重な魔眼持ちの護衛費をケチるのか? 裏事情が判らない以上はあまり憶測であれこれ考えても駄目だなぁ。こちらの目的はアルマリア審議官を保護する事だから最安値で受けてやるか…………。
なので魔導騎士輸送機を使い、こちらの仕事のついでという体であれば安くできますよと唆す。
こちらとしては第三者の介入が入らないザイドリック級での移動が理想なのだ。
「その場合にかかる日数は如何ほどかね?」
「そうですね……海路を使うので二週間ほどでしょうか。ですが報酬額は地上を陸上艦で移動したという扱いで構いませんよ」
建前としては四人と乗員の人件費で一週間拘束で金貨80枚ですむ。
「ほうほう……」
ニヤニヤと頬を緩め横領できる額を計算しているのだろう。
「君らは魔導列車で対象を護送する、という形でいいかね?」
ここで言う『いいかね』は差額を懐に入れるから形だけでも魔導列車で移動すると申請しろって事だろうね。
「ところで、何人で護衛をして貰えるのかね?」
皮算用でホクホクなところに更に欲張るつもりらしい。人数が増えれば乗りもしない架空の往復の乗車券代が彼の懐に転がり込む。
「では、六人という事で」
「うむ」
キリム高司祭は分かっているなと言わんばかりに鷹揚に頷く。
この横領の手順だが、金貨80枚を僕らに先渡し、僕らは偽の請求書に六人分の九日分の拘束費と六人分の往復乗車券代で30万6千ガルドに護衛対象の乗車券代と雑費が乗るので約32万ガルドほどだろう。差額である約24万ガルドはキリム高司祭とその上司でいい感じに分けることになるのだろう。
いや、もしかしたらキリム高司祭が全部懐に納めてしまうのかな?
約24万ガルドと言えば庶民の金銭感覚なら、安い単身借家住の独身で食費など込みで一か月に二等市民税込みで金貨一枚ほどだ。もっとも医療保険とかないから大怪我とかしたら赤字だけど。
物価が違うので想像しにくいが手取り15万円くらいが近いだろうか? 庶民なら20年近く働かなくていい金額だね。
まぁ……横領の片棒を担ぐのは気に喰わないけどあの娘を解放するためだし良いだろう。
さっさと偽の契約書にサインをし握手をし別れた。先渡しの報酬は護衛対象者に持たせるとの事で話は付いている。
さて、この横領がバレるとキリム高司祭は破門だろうし僕らも冒険者組合から罰則を貰う。
一応こちらの言い分は本来の仕事のついでの小遣い稼ぎという形だと言い訳もできるし、依頼人の意を汲んだんですと言い張る予定である。
「不快な人物であったけど、これも人助けだと思えば……ね」
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「よろしくお願いします」
そう言って虹彩宝珠症の少女、もといアルマリア審議官が頭を下げる。
その表情は暗い。繁殖牝馬扱いされてうれしいと思う女性はいないだろう。
まぁ……男で種牡馬扱いなら歓迎する人も一定数はいるかも?
ここでは助けるとかそういう事は言えないので事務的に扱う。【使命】が阻害されると感じると呪いによって苦しむのだから仕方ない。今はね。
先ずは彼女を居住区の居間へと案内する。女中のアンナがお茶を出すと喉が渇いていたのかすぐに口を付ける。
程なくして彼女はソファーに凭れるようにして寝息をたて始める。お茶に熟睡の水薬を混入させていたのだ。
「さて、始めちゃいますか…………」
そっと近づいてきた和花は[呪文貯蓄の指輪]に命令語を告げる。
「三番、開放」
[呪文貯蓄の指輪]の第三スロットに封入されていた魔術、【命令解除】が発動する。
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