296話 選択肢
双方無言のまま歩く。かれこれ四半刻はこのような状態である。隣を歩くもこもこと重武装をした彼女は一向に喋る気配がない。
もっとも僕も話しかけていないのだけど……。
確かに、なにかあればと言った気はするが半分は社交辞令だし、彼女の立場ではそもそも気軽に出歩けない筈なのだ。
それがひとりポツンと警護の者もおらず来訪したかと思えば「少し、歩きませんか」ときたもんだ。
神殿からの距離を考えれば僕らの居るザイドリック級の場所は気楽に歩いてくる場所ではない。
そろそろ沈黙が苦痛になってきた。
和花や美優となら話が弾んだだろう、瑞穂とならこの沈黙も悪くはないと思える。
でも、隣を歩く断罪の聖女さまとはそこまで気心が知れているわけではないんだよなぁ……。
やはりアルマリアさんを擁する神殿勢力は政争に負けて彼女は左遷とかそう言う話なのだろうか?
砂漠で助けてから十字路都市テントスに戻ってくるまでの数日でそれなりにコミュニケーションは取ったけど、忙しい審議官がわざわざ遊びに来るかと言われると、ね。
流石に沈黙が苦痛になってきたのでこちらから攻め入る事にした。
「何か、ありました?」
「……」
横目で彼女を伺うと何やら迷いが見える。差し詰め勢いで神殿を抜け出し声をかけたはいいけど話そうか決心がついていないというあたりだろうか?
正直、時間は有限なので決心してから来て欲しかった。町に居る冒険者は暇人とでも思われているのであろうか?
いや、大半の冒険者は間違いなく暇だな……。
「……わたし、今度、ダナーン要塞王国の城塞都市ダリアの神殿に移動になったんです……」
彼女はぽつりとそんな事を言った。やはり彼女を抱え込む派閥が政争に負けて左遷されるという事か……。それで少しは仲良くなったであろう僕らに別れの挨拶ってところか?
いや、それだとちょっとおかしいな。仕事柄か審議官は恨みを買うから通常は屈強の護衛が付く。それが居ないという事は神殿にとって彼女の重要度が大幅に下がったという事だろうか。
瑞穂が居れば周囲の気配とか分かるんだけどなぁ……。
用件は護衛の依頼かな? だけどそれならわざわざ二人で歩く必要もない。実は神殿は護衛費もケチっているとか?
いまいち分からないなぁ……。取りあえず質問をぶつけてみるか。
「この間の件と何か関係あるのですか?」
デリケートな話かなとも思ったが答えはすぐに返ってきた。
「わたしが攫われて聖戦士長のアルスに神殿から貸与されてた[断罪の聖剣]が失われてしまい、それで……」
なるほど、政争に負けた上に二つとない貴重な聖剣を失った責任という名目かな?
聖剣は魔術師には作れない。あれは最高位の聖職者が死の間際に【神格降臨】を行い、その力で以て生み出されるモノだ。格付けとしては魔法の工芸品で言うところの超越級以上だ。
量産が出来ない原因は【神格降臨】を行うと術者は降りてくる神の器に精神が耐えきれず魂が砕けると言われているからだ。その為に死に際に行うのである。
「わたし、ウンドゥ最高司教に【使命】の奇跡をかけられたんです……」
そう言うと彼女は頭を押さえる。恐らく使命に否定的な考えを持ち罰則で頭が痛いのであろう。
「差し支えなければ、その【使命】の内容は?」
「ダナーン要塞王国である人物に会いなさいという内容です……」
即答されたのだが思わず聞き返しそうになった。それだけのために【使命】をかけて一人で送り出すか?
嫌がらせ以外の何物でもないような気がするんだが……。
「そこから先は?」
「いえ、何も聞いてません。ただ……」
そこで一度言葉をきると瑪瑙の浮彫の首飾り取り出して見せてくれた。それは浮彫のデザインが法の神の聖印となっている。
「これと同じものを持つ男性と会いなさいとしか……」
これは偶然だろうか? 昨日の夜に読んだ呪文書に精神魔術系統があり、その中に【相愛刻】と呼ばれるヤバイ魔術があった。分類は精神魔術にして刻印魔術というかなり変わった魔術なのだが、効果がエグイ。
まず、この効果は必ず二つ一組の刻印を刻んだブツが必要になる。それを確認しなければ。
「それ、見せてもらっても?」
「どうぞ」
差し出された首飾りを確認する……。予想通りなら何処かにある筈だ……。
そして、見つけた。
巧妙に隠された刻印を見つけたのだ。この印は間違いない。
この【相愛刻】の効果は、ペアの刻印同士が近づくとそれを身に着けていた者同士の精神に働きかけ一目惚れさせた結果、情熱的に結ばれてしまうのだ。そして種明かしがされるまで互いを愛してしまう。それが魔術によって植え付けられた感情とは知らずにだ。
ただ事前に分かっていれば警戒できる事もあり抵抗出来るかもしれない。
恐らくだが、首飾りを外すことを禁じられているのではないだろうか?
その事を伝えると――。
「それで、ですか…………。以前から結婚をして子を産めと口うるさく言われてましたけど納得です。要するに魔眼持ちを生むための繁殖牝馬になれって事なんですね……」
彼女の話では二年くらい前からしつこく結婚を薦められていたという。とうとう来るべき時が来たんだなという諦めにも似た感じであったのだけど、まさか魔術まで用いられるとはと驚愕している。
ただ彼女が言うには普通の夫婦の間に魔眼持ちが生まれる確率は百万分の一程度だというが、母体が魔眼持ちだと確率は半々となり、共に魔眼持ちの夫婦だとほぼ確実に子供も魔眼持ちであるという。
そりゃ、あれこれ画策してでも、ね。
ほんと……この世界は女性に優しくないなぁ……。
こういう話を聞いてしまうとなんかできないかと手を差し伸べたくなるが……。
さて、単なる凡人に何が出来るかね?
差し伸べる僕らも神ではないのだし強大な力などには無力だ。
まったく……何が法の神だよ……。
いや、分かっている。
神の名を用いて自分の都合のいいように組織を運営している腐れ坊主が悪いのだ。
彼女に手を差し伸べた場合に得られるものは奇跡と数多くのこの世界の知識だろう。僕ら一党は僕が頑張って勉強しているが知識が中途半端だ。数日彼女と話してその知識量が欲しいと思ったんだよね。
力が欲しいなぁ……。
『力が欲しいか?』
いま、そんな声が聞こえた気がした。
黙れと心の中で叫んでおく。
さて、【使命】を受けている彼女の行動を阻害することは出来ない。阻害すれば【使命】の呪いによって彼女は死んだ方がマシだと思える苦痛に苛まれる。先ずは【使命】を解除する事が先だがそれを彼女に知られるわけにはいかない。知られれば恐らく【使命】の呪いでのたうち回るかそれを避けるために僕らの前から消えるかどちらかだろう。
「ところで今日の用件は僕らへの護衛依頼ですか?」
まさか愚痴を聞いてくれとかじゃないよね? 明らかに落胆した表情で頭を押さえると無言で頷く。恐らく頭部を万力で締め付けられるような激痛に苛まれているのだろう。
「なら、冒険者組合に指名依頼を出してください」
僕はそう言うと彼女を神殿へと送った。
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「――って事があったんだけど、和花、手を貸して欲しい」
戻った僕はまず和花に事情を説明し協力を仰いだ。彼女の持つ[呪文貯蓄の指輪]に封じているとある魔術が必要なのだ。
「そういう話を聞いちゃうと無視は出来ないものねぇ……」
和花はそう言うとやれやれといった表情で頭を振る。最初は師匠たちを頼ろうかと思ったのだけど、運が悪い事に暫く帰らないと伝言を残し居ないのだ。
取りあえず指名依頼の護衛業務を受けた形で彼女を連れ出し、和花の[呪文貯蓄の指輪]に封じている【命令解除】を使おうかと考えている。対抗魔術を使う場合は相手の魔力強度を上回らないと効果を発揮しないのだけど、僕や和花の【命令解除】では失敗する確率が高い。
だけど[呪文貯蓄の指輪]に封入した【命令解除】はメフィリアさんが施したものだ。師匠曰く最強の統合魔術師だという、魔力強度だけなら師匠より上なのだそうだ。
そこらの腐れ坊主程度の【使命】なんぞ打ち消してしまうだろう。
依頼を受けた僕らはダナーン要塞王国の法の神へと連れていき成功報酬を貰い、彼女は自由を得るだろう。もっとも調べれば僕らが解除した事はバレてしまうだろうしの神殿から睨まれる事になる。
総合評価が500になったせ、ひゃっほぉぉぉぉぉとか思ったら速攻でブクマ解除されたでござる。




