293話 岩柱の遺跡-その後
意識が戻った。
後頭部に程よい柔らかさを感じる。これは膝枕されてるっぽい? 少なくても健司ではないな。
「あ、やっと起きた」
目を開けるとそこには覗き込むように顔を近づけていた和花が居た。美人は三日で飽きるなんて言うけど、いつ見ても綺麗な顔立ちでドキドキするなぁ。
「もうぉ…………。毎回、毎回、無理ばっかりして……」
ちょっと怒った口調で説教を始めてくる。怒った表情も美しいなぁ……。
「――聞いてる?」
「うん。聞いてる」
勿論聞いていない。
和花は溜息をつくとこれまでの事を説明してくれた。
【落下制御】をかけてみんなが下りた後、程なくして金属鎧を纏った男が奇声をあげながら紐なしバンジーを敢行して砂地に激突した。いくら下が砂地とはいえ75サートの高さから落ちて無事の筈もなく……。
打つ手のなかった和花たちはそれを黙ってみていたという。
平台型魔導騎士輸送機の居住区に待機していたメフィリアさんも落下後に気が付いたようで直ぐに【死者蘇生】の奇跡を願い運が良いのか蘇生に成功したという。
心配になって上を眺めているものの僕らが下りてくる気配がない。そうこうしているうちに上の方で黒い光線が放たれたのが見え、更に一限過ぎても僕らは降りてこない。居てもたっても居られなくなっていたところに光り輝く僕とアドリアンが飛び降りてきたのだという。
そして減速もせず砂地に突っ込んだ。
死んだなと思ったのだけど、光り輝く何かの正体はアドリアンの【戦乙女の祝福】であった。この魔法は如何なる致死ダメージといえども最低一回は完全に無効化してしまうという強力な精霊魔法なのだ。
男の高位の精霊使いでなければ使えないという。僕が男の精霊使いを欲しいと思っている理由が、勇気を司る戦乙女を扱えるのは男だからだ。反対に女性は生命の精霊を取り扱える。逆はないんだよねぇ。
まぁ~そんな訳で生きて地上に降りられた訳だけど、二人とも限界まで精神を酷使して気絶しており、しかもその前に【死の光線】を喰らって致命傷を負っており、即座にメフィリアさんの【致命傷治療】によって一命をとりとめた。
運が良かったのは【死の光線】による呪いの効果を二人とも抵抗していたからこそ助かったのだそうだ。
この呪いはあらゆる回復を阻害する効果があるそうで、僕らの傷の具合から【解呪】してから治療を施しては間に合わなかった……らしい。
そういえばアドリアン達はどうしたのだろうか? その事を尋ねると別の天幕で休んでいるという。彼らも消耗しているし帰還用の結晶柱を失ってしまったために徒歩で帰らねばならないのだそうだ。
「あ、忘れてた。そういえば例の娘さんはどうなったの?」
「もうその話? 他の女の事はこの際いいでしょ」
そう言うとあからさまに不機嫌な表情をする。あ~失敗したなぁ。
「ごめん、ごめん。でも彼女は法の神の審議官かも知れないから、引き渡さないと聖戦士らともめるんだよ」
そう言い訳しつつ、金属鎧の男は法の神の聖戦士らしい事、どうやら誘拐されたッぽい彼女を取り返しに来たことを説明する。
「憶測交じりなんだけどね」
ただ彼は僕とアドリアンが共闘した事を大変憎悪しており無駄な事で揉めたくはないのだ。彼らの価値観で言えば、闇森霊族は存在そのものが罪なのだ。極端な事を言えば利害の一致や貸し借りでの共闘すら許しがたい大罪らしい。
僕の説明を聞き納得いったのか表情が戻る。
「そうだ。ちょっと見て欲しいものがあるの」
そう言って僕に起きるように促す。太腿の感触をもうちょっと感じていたかったのだけど諦めて立ち上がり寝かされていた天幕を二人して出る。
「ぉぉぅ……」
まず岩柱が無くなっている。どこかへ跳ぶとは思っていたのでそれ自体はいい。だが岩柱があった傍には拉げた飛行魔導輸送機が横たわっていた。
「あれは?」
「法の神神殿が借り受けたやつね。どうも光学迷彩で近くに潜伏していたみたいで、樹くんらが飛び降りた後に岩柱の上から狼煙が立ち上って程なくして上空に姿を現したの」
狼煙をあげたという事は残っていた聖戦士二名は脱出できたのだろうか?
だが、墜落しているという事は……。
「岩柱が消える瞬間に空間跳躍に巻き込まれたのか先端から3割ほどがスパッと消えちゃってね……。浮力を確保できなくて真っ逆さまよ」
で、肝心の乗員や聖戦士達はというと、乗員が7名が死亡し6名がメフィリアさんの【死者蘇生】で生き返ったのだけど、助けて貰った礼もそこそこに収納していた魔導客車で……」
和花はそこで言葉をきると北東を指さす。
「行っちゃった」
その際に落ちてきた聖戦士も預けたそうだ。
「あと、あの娘はまだ起こしてないわ。樹くんが戻って来てからにしようって話してたの」
なるほど……。
まぁ~同じ事を何度も聞くのもあれだしね。
「なんにしても心配かけてごめんね」
心配かけたことは詫びておかなければならない。もっとも次は絶対大丈夫と言えないところが困るんだけどねぇ。この世界はハードモードすぎるしなぁ。
一行の頭目としては被害が少なく済んだことを誇りたいかな。
「樹くん。行こっ」
ようやく機嫌が直ったのか和花は僕の手を取ると平台型魔導騎士輸送機へと引っ張っていく。
先ずはメフィリアさんにお礼を言って、瑞穂や健司らに謝っておかないとなぁ。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
「――なるほど……」
助けた娘の名をアルマリア・ミル・レグリアムという。彼女から聞いた話を要約すると、審議官としての仕事が終わり部屋に戻って一息ついたら誰も居ない筈の部屋に頭巾付き外套の男がおり魔術をかけられ気が付けば拘束されて何処とも知れぬ部屋のソファーに転がされていたのだという。
そこでいくつか質問を受け素直に答えると大変失望した表情で非礼を詫びたのだけど、「直ぐには返せない」と言われ再び意識を失い次にが覚めたらこの場であったという。しかも服も着替えさせられていたという。
彼女の話で気になったのは聖痕はあるかという質問だ。「ない」と回答したという。着替えさせたのは剥いて裸体を確かめたのかね?
でも、それなら元の服を着せれば良いのではないだろうか?
悪いかなと思いつつその事を聞いて見ると、何やら納得した表情で、「審議官の衣装はちょっと脱ぎにくいのですよ……」というのであった。
恐らく脱がせにくくて切り裂いたのだろうなぁ。
取りあえず彼女はこのまま十字路都市テントスの法の神神殿まで送っていこう。一応、僕らが誘拐犯ではないと証言して貰わないと困る。
後は何だろう……。
最初に見た時に同一人物に見えなかった件だが、やはり[誤認の護符]の効果だったようだ。彼女の方は僕の事を覚えていた。そう聞いた時に一瞬だが和花の表情が変わったのを見逃さなかったけどアレはどういう意味ととらえるべきか……。
和花とは幼馴染であり色々知っている筈だと思ったけど、まだまだ知らない事が多々あるなぁ……。
夕飯も食べ終わった頃、いつの間にか師匠が戻ってきていた。もっとも師匠が跳躍に巻き込まれるなんて思ってはいなかったけどね。
ただ妙にホクホク顔である。
「なにかいい事ありました?」
「あったとも」
そう言って師匠は戦果をさらりと語りだした。
墜落して放置された飛行魔導輸送機から浮遊装置を確保できたそうだ。この部品は入手困難で基本的には船体が破壊された場合は可能な限り回収し再建するのだという。乗員が放置していったので拾った者の権利となるとか。
更に研究所では様々な掘り出し物を回収したようだ。ただしどんなものかは教えてもらえなかった。
師匠にはメフィリアさんの協力について礼を言っておく。何かと頼り切ってしまった。
それに対して、「そういう事もあると思って連れてきたんだよ」と言われたのだ。
夜も更け寝る前に済ませておかなければならない事がある。
「瑞穂。心配かけたね」
そう。瑞穂は珍しく不貞腐れているのである。和花に比べると感情をあまり吐露しない瑞穂にしては珍しいのだ。
彼女は僕を守ると誓いを立てており、守るべき僕より先に離脱した事を怒っているのである。とはいっても君は【落下制御】がまだ使えないのだから仕方ないじゃないかと宥め透かしてもいまいち効果がなく、反って自らの力不足を嘆くのであった。
難しいなぁ……。
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欲を言えばあと最低二名様……。




