29話 最終試験④
2023-09-11 文面を一部修正
結果として健司の援護は叶わなかった。
まずは意固地になった大振りの健司の攻撃範囲に近寄れなかった事と洞窟から棍棒を持った大柄な赤肌鬼、いわゆる田舎者赤肌鬼とそれに率いられた赤肌鬼が二匹出てきたのである。
流石に三対一は勘弁して欲しかった。
だが相手は連帯もなく個々に振り回しているだけで場所的にも閉所や障害物が多いでもなく数的有利をあまり生かせていない。気勢を制されなければ、やはり赤肌鬼は雑魚と呼ぶにふさわしい。
気持ちに余裕が出来たこともあり冷静に対処しつつ健司の戦いぶりを窺うと…………。
完全に相性が悪い。
闇森霊族は間違いなく対人戦を心得ており巧みな牽制で健司を翻弄している。幸い得物が三日月刀であり、板金軽鎧でがっちり守られている健司にはあまり効果がない。ただ刀身に何かどろりとした粘着質の液体、毒のようなものが塗られており、健司の装備上の唯一の弱点である顔を負傷すると危ない。健司もそれが分かっているのか、顔への攻撃に過剰に反応していい様に遊ばれている。
装備を決める際に視界が遮られるのを極端に嫌って兜は開放型兜を選択したのが裏目に出た感じだ。
闇森霊族は健司を嬲るように攻撃を加える。特に顔を狙うと見せかけて健司が慌てて防御する様を見てニタニタと笑っている。たぶん格下をいびるのが楽しいのだろう。
片手半剣を片手持ちにし、左手は後ろにいる和花に向けて手信号で加勢を頼む。僕自身はまだ問題ないけど、守勢に回った健司がそろそろ危ない。
田舎者赤肌鬼は大柄と言っても35サーグくらいだ。そうは言っても明らかに赤肌鬼よりも筋肉が発達している。棍棒の一撃は強烈そうだが力任せに振り回している感じなのか、三対一でも負けない戦いは出来ている。
倒れている御子柴は起きる気配がない。すでに出血は止まっているようだが早く応急手当したい。そもそも生きているかすらわからない。
「樹!代わってくれ!」
防戦一方どころか遊ばれている事にイラついた健司が対戦相手の変更を要求してきた。
代わってやりたいのは山々だが、こっちは田舎者赤肌鬼と赤肌鬼二匹を相手していて、流石に隙を見せると組み付かれそうだ。入れ替わる瞬間だけは無防備になる。
そう思っているとタイミングよく和花の長杖による大振りが牽制としてはいる。
これに驚いたのが赤肌鬼だ。
一匹はかなり大げさに飛びのいて難を逃れたが、もう一匹は転倒した。すかさず転倒した赤肌鬼に片手半剣を振り下ろし————。
血飛沫が舞う。
右手に肉を断つ嫌な感触があるが今はそれどころではない。
立て直した田舎者赤肌鬼の一撃を鍔元で受止めて体格差を生かして押し返す。田舎者赤肌鬼が踏ん張って耐えようとするところに下段の蹴撃を入れる。
この蹴撃は牽制だ。
慌てて回避しようとし、自分で自分の足を引っかけて転倒してしまう。
転倒したことで距離が開いたので、これ幸いと健司の救援に走る。
距離自体は1.5サートほどだが、先ずは牽制の意味も込めて走りながら投擲短剣を左手で投擲する。
闇森霊族が小馬鹿にしたような笑みを浮かべてワザとギリギリで回避した。
そもそも当たらないのは分かっていたさ…………。
だけどこれでいい。こちらを標的として認識させるのが目的だ。
思い切りのいい健司は、この僅かな時間で回れ右して田舎者赤肌鬼へと走る。
闇森霊族はそんな健司の背に毒刃を振り下ろそうとするも、割り込んだ僕の刃留めがそれを阻む。
予想以上に斬撃が軽い。
力押しでは勝てないと踏んだか、こちらが三日月刀を押し返そうという動きに合わせてバックステップで距離を空ける。
こちらもそれに合わせて踏み込んで片手半剣を左袈裟で斬り下ろすが躱される。大丈夫だ。これも計算のうちだ。この一撃は単に距離を詰める為のモノで最初から当たるとは思っていない。
左袈裟を完全に振り下ろさないで腕の力だけで逆袈裟気味にで斬り上げる。
予想してなかったのか回避が遅れて闇森霊族の服が裂ける。腹部に薄っすらと切り傷が見えた。
闇森霊族が何やら呟く。
今度は分かった!
精霊魔法だ!
精神に何か干渉するような感覚を覚えたが跳ね退けた。今のはたぶん【雑念】か【混乱】の魔法だ。
魔法が効果を及ぼさなかった事に驚いたようで、慌てて次の魔法を唱えだす。
しかしそうは問屋が卸さないとばかりに左手を腰に伸ばし投擲短剣を抜き去り手首のスナップだけで投擲する。その距離0.25サート。
運が味方したのか左手で放った投擲短剣は吸い込まれるように闇森霊族の喉に突き刺さる。だが死へと誘うには浅すぎた。
『ここだ!』
ほとんど反射的に片手半剣を両手で握り渾身の力をもって身体ごとぶつかる様に突き出す。
嫌な感触が両手に伝わり、片手半剣は闇森霊族を貫いた。
崩れ落ちる闇森霊族から片手半剣を引き抜き一振りし血を払う。
「なんだ殺れるじゃん…………」
後とちょっとで一章終われる~~~~。
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