290話 岩柱の遺跡-下部構造編⑦
大きな部屋の最奥に巨大な培養槽があり内部には気味の悪いモノが浮いているのが見えるが精神がガリガリと削れるほど悍ましいそれを視界から外す。
他にはすでに割れているが無数の培養槽がありその周囲に数々の魔獣がおり金属鎧を纏った集団と戦闘に突入している。
魔獣は恐らく培養槽に居たであろう獅子頭山羊、人面獅子、裸婦半蛇、裸婦多頭蛇、牛頭鬼、鶏蜥蜴、鶏冠蜥蜴と多数いる。それを指揮するのは灰色の長衣を纏い魔術師の長杖を持つ人物である。恐らくアレがここの主か?
金属鎧の集団は全体としては劣勢でありここは救援しておくべきかなと思っていると……。
「目当てのモノを見つけた。ここでお別れだ」
アドリアン一行はそう言うと【姿隠し】の魔法を唱え周囲に溶け込むように消える。
それを見送ること暫し――。
「僕らも介入しよう」
「そりゃいいけど、どこまで介入する?」
「僕らにとって目ぼしい物はないし、ひと当てしたら撤収しようと思う」
こちらに気を引いて脱出しやすくする事と先ほど突入したアドリアンらへの援護も兼ねている。
精霊魔法の【姿隠し】は匂いや音を消すことは出来ないので勘づかれる可能性もあるからね。
「退路確保と言うなら標的はあの鶏モドキでいいか?」
僕は無言で頷く。健司が言っているのは体高0.75サートほどの鶏のような外見と称したが蜥蜴のような足と尻尾を持つ鶏蜥蜴のことだ。周囲には鎧を纏った石像が数体転がっている。
「たしか嘴に触れると石化するから注意な」
「おう」
言ってて気が付いたが鶏蜥蜴の石化能力は無機物にも効果があるようだ。という事は嘴を盾や鎧の表面で防いでも危険か。気張れば抵抗可能と書いてあった気がするけど可能な限り躱そう。
先ずは健司が三日月斧を大きく振りかぶり裂帛の気合と共に振り下ろす。その一撃は鶏蜥蜴の胸筋から入り腹部まで大きく切り裂く。なまじデカいだけに打たれ強さはある。
鳴き声を上げ嘴で突こうと頭を下げる。そこへ僕が一歩踏み込み下から突き上げるような刺突は会心の一撃となり喉を貫き後頭部へと抜ける。ビクンと震えると鶏蜥蜴は倒れ込んでくる。
慌ててそれを避け次の標的を探す。金属鎧の人に気がいってるのかこちらの存在には気がついていないようだけど、もっとも近いのは体長2.5サートにもなる頭部に鶏の冠をもつ八本脚の鬣蜥蜴のような魔獣である鶏冠蜥蜴だ。
奴の石化の視線は睨まれるとかなりの確率で即座に石化する。ここの魔獣の中で一番に厄介な相手だ。体液は猛毒であり困った事に武器で傷つけると武器を汚染し使い手に猛毒のダメージを与える……って書いてあった、はず。
そうなれば安全に処理するために手信号で和花に攻撃を指示する。こういう事態も考えて呪的資源を温存してきたのだ。
手信号はきちんと伝わり和花は呪句を紡ぎ出す。
「綴る、八大、第六階梯、攻の位、閃光、電光、電撃、紫電、稲妻、迅雷、放電、拡大、射程、威力、発動。【雷撃砲】」
和花は欲を出したのか威力と射程を拡張し、難易度が上がったものの無事に魔術を完成させる。
世界樹の長杖から電光が迸り鶏冠蜥蜴を貫き最奥にある巨大な培養槽の中の不快な生物にも命中する。
「やったか!」
健司がお約束のフラグを建ててしまう。
うちの一党で最大火力の【雷撃砲】であったが、銀等級の冒険者らでも倒すのが危険な鶏冠蜥蜴が相手だと倒しきるには火力が僅かに足りなかったようだ。
倒れなかったのを確認した和花は再び別の呪句を唱え始める。だが今からでは間に合わない。鶏冠蜥蜴の石化の魔眼の焦点が和花に合わされそうになった瞬間。
「戦乙女よ。投槍を投じろ! 【戦乙女の投槍】」
何処からともなくアドリアンの声が響き光輝く投槍が飛来し鶏冠蜥蜴の胴体に突き刺さるものの倒しきるには至らなかった。
それでも和花を標的としていた視線は姿の見えぬ存在を探す。
不本意だが、ここで最後の呪的資源を使うか……。
「綴る、八大――」
呪句を唱え始めたタイミングで健司が裂帛の気合と共に三日月斧を鶏冠蜥蜴の首に叩き込む。
その一撃をもってしても鶏冠蜥蜴は倒しきれない。
「健司、武器を放せ!」
詠唱を打ち切りそう叫ぶ。叩き込んだ直後なら武器を伝って猛毒に侵されない筈だ。
疑うことなく健司は即座に三日月斧を手放し後ろに跳び退る。
不意に思い至った。
そうだ! アレがあった!
僕は魔法の鞄に手を突っ込み金属製の筒を取り出す。
だが鶏冠蜥蜴も悠長に待ってるわけじゃない。やつの視線は僕へと向き焦点が定まる。
気張れ!
自分にそう言い聞かせて体内保有万能素子を活性化させる。
パシン
何かが弾けるような音がした。抵抗したんだと気が付いた瞬間には反射的に金属の筒にある釦を押していた。筒の先端から光が伸び刀身を形成する。あまり使っていなかったので忘れがちだが光剣である。
【疾脚】で間合いをつめ眼球を狙って突き下ろす。だがその刺突は僅かに逸れて下顎を抉るように肉を削ぐ。
猛毒に侵される前に釦を押し光の刀身を消すことで危険な猛毒を回避する。そして再び健司が踏む込んでくる。手には予備武器として仕舞ってある大鎚矛が握られている。それを振り下ろす。
その一撃は鶏冠蜥蜴の頭部に会心の一撃としてきまる。
その強烈な一撃でも死ぬことはなかったが、ただでは済まなかった。
衝撃で朦朧としている鶏冠蜥蜴の目へと僕の光剣が突き刺さる。その一撃がとどめとなった。
慌ててスイッチを切り健司を見るときっちり大鎚矛を手放していた。
「やったな」
こちらの視線に気が付いたのか右手を振り上げる。僕も振り上げるとハイタッチを決める。
そして手信号で姿の見えぬアドリアンに礼を伝えるのであった。
「神の使徒たる我らを助けんか!」
強敵との一戦で神経をすり減らしたので一息つくと魔獣どもと戦っていた金属鎧の集団からクレームの声が上がったのだ。
どこかで聞いた声だな?
ブックマーク登録ありがとうございます。
もっとも解除した方が居たようですが……。残念。




