289話 岩柱の遺跡-下部構造編⑥
影から出てきた戦闘員を光輝く投槍が貫くと同時に僕は反射的に横っ飛びしていた。強力な【戦乙女の投槍】は戦闘員の命を奪い、そして爆発四散する。
爆発の勢いで僕は更に飛ばされ撒き散らされた肉片やら体液やらに塗れつつ受身を取り硬い床を転がって勢いを殺す。
一瞬、師匠が下りてきたのかと思ったけども今の声は師匠じゃない。なら誰だと思いつつ即座に立ち上がる。
「この間の迷惑分の清算くらいにはなったかい?」
「――アドリアン」
昇降機から降りてきたのは虚無の砂漠で共闘をしたつもりが見事に出し抜いていき散々迷惑をかけていった若き闇森霊族の族長であった。配下の闇森霊族三人と半闇森霊族の巫女さんが同伴している。
あの一件で僕らは死にそうになったし、師匠から貰った二つとない貴重な魔法の武器を失うことになってしまったのだ。とはいっても彼らも悪いと思ったのか置き土産を置いていってくれた事もあり結果だけ見ればプラスではあったのだが……。
【転移門】でここに来た連中は彼らのようだが、人数が随分と少ない
「ところで、こいつらはどうする?」
こいつら、アドリアンが指す戦闘員たちは精霊魔法の【影縫い】によって拘束されていた。
効果時間は一限ほど続くので飛び道具で仕留めてしまうかと思案していると戦闘の被害を避けられた健司が生活魔術の【洗濯】で肉片やら体液を浴びた僕らを「災難だったな」と笑いつつ綺麗にしてくれる。
それに対して僕は「まったくだ」と笑って返す。
「時間も有限だしここは単なる動力炉のようだからさっさと上に戻ろうぜ」
そう言うとアドリアン達と入れ替わるようにダグが昇降機へと入っていく。僕ももっともだとなと思い手信号で指示をだす。
「助けて貰った礼じゃないけど、この階層は動力炉代わりの設備で大したもんはないよ。あと早めに脱出しないとこの施設はもうすぐどこかの次元に跳ぶよ」とアドリアンらに忠告して昇降機に乗り込む。正直言って時間が惜しい。
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地下五階に戻ってくるともぬけの空であった。転がっていた残骸すらなく師匠もの姿も見えない。師匠がアドリアン如きに後れを取ると思えないので気配を断ってどこかにいるか先に戻ってしまったのだろうか?
「どうするの?」
「出来る事ならまだ見ていない階層を覗いておきたい。でも無駄な時間を食ってしまって脱出を考えなければ危険でもあるんだよねぇ……」
和花の問いにそう答えたものの安全と物欲の天秤がまだ揺れている状態である。
結局僕の答えは探索続行となった。
ただしオジサンズには一階に戻ってもらい五人で行く事にした。高杉三等陸尉には反対されたのだ。当初はオジサンズの実力を見てみたいと思ったのだけど、ここまでの移動で分かった事は四人とも軍隊生活も長く総合評価は近接戦オンリーのダグより上かなというのが僕の総評である。
予定が変わってしまったのだしオジサンらの件は次回でもいいだろう。
最終的には脱出路の確保のためという名目に納得して昇降機で先に上がってもらったのだ。
オジサンらを見送った瞬間に、再び時空が揺らいだ。
「今度は少し長いね……」
和花が不安そうに呟く。
そして再び時空が揺らいだ。
これはマズいよね。何処か一階層だけ手早く覗いて脱兎のごとく逃げ出すのが吉かな。
そうなると地下一階から地下四階までの何処にするか……。
「なんだ、二手に分けたのか?」
決断が付かないまま悩んでいるとアドリアン達が下から戻ってきたのだ。
「……」
「迷ってるなら先に使わせてもらうぞ」
アドリアンはそう言って上へいく昇降機を指さす。いまこの階層には僕ら九人しかいない。アドリアンらが先に昇降機を使った挙句に昇降機が戻ってこなくなるリスクもある……。取りあえず乗ってから決めるか。
「いや、僕らも上に行くよ」
「そうか。ところでお前らは何の目的でここに来たんだ?」
「もう用事は済んだよ。ここに居るのは好奇心かな?」
アドリアンの問いにそう回答しておいた。一応は真実である。仮に【虚偽看破】の魔術を用いられても嘘とはならない筈だ。
昇降機に乗り込みながらアドリアンが話始めた。
「俺らは前の依頼人から[アルマイトの書]、ここの研究所の主でもある統合魔術師の創成魔術の技術を記した研究書を確保する事なんだよ」
「依頼内容を勝手に話しても問題ないのかい?」
「運のいい事に監視者はくたばったから問題ないさ。五階には本が残さず抜かれていた。お前らだろう?」
アドリアンの視線は僕の腰袋に注がれている。和花に視線を向けると腰袋に手を突っ込みながら黙って首を振った。
どうやら確保した本に該当するものはなかったようだ。僕も確認してみる。
残念だがなかった。
「悪いけど、上の階層のは殆ど付与魔術ばかりで創成魔術はなかったよ」
「そうか…………。もし持っているなら譲って貰おうかと考えていたんだがな」
「なんだ、あっさり信じるのかい?」
僕らは別に友好関係を築いているわけでもない。ましてや騙し騙されな裏の世界の住人の彼らが……。
「信じるさ」
おいおい……。
だが僕の予想は外れる。アドリアンは懐から護符を取り出すとニヤリと笑いこう言った。
「この【敵意知覚】の効果が付与された[悪意感知の護符]の効果を信じてるのさ」
ですよねぇ……。
要するに僕らがアドリアンに対して害意や不利益になる事を思考すると護符に感知されてしまう訳だ。
気が付けば昇降機は地下四階で止まっていた。
「俺らはここで降りるが、どうする?」
この地下四階は昇降機広場の出口は一か所しかない。そこは両開き扉が閉まっている。
誰も来ていないのかなと思っていると、右手をクイクイと引かれる。
「なに?」
「あれ」
瑞穂はそう言うと床を指さす。目を凝らすと何を言いたいのか理解した。
「先客がいるの?」
「なるほど、金属鎧を纏った大量のお客さんが入っていったのか……。だが、出た形跡はないな」
僅かに見える床の傷の具合から判断だろう。
「僕らもここで降りるよ」
先客に警告位はしておきたいからね。そうなると……。
「ダグ。悪いんだけど、昇降機を確保しておいてほしい」
「俺だけ留守番かよ」
ダグが不平を漏らすが何かあった際にすぐにでも昇降機が使えないと困るからね。
「仕方ねーな。ちゃんと戻って来いよ」
「勿論だよ」
ダグは昇降機の中で扉を開けたまま待機する事になった。貴重な重戦士だったのだけど仕方ない。彼が僕らを裏切る可能性は限りなく小さいだろうという僕自身の判断を信じたい。
広場を出口である両開き扉を瑞穂に調べてもらう。
程なくして「開いてる」と答えが返ってきた。
なら行くか。
扉を開けるとそこは戦闘の真っ最中であった。
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