286話 岩柱の遺跡-下部構造編③
気を取り直して探索を再開する。10フィート棒で壁などを叩きながら進んでいる事もあり時々だが、その音を聞きつけた緑肌鬼が襲い掛かってくるが鎧袖一触で蹴散らし八半刻ほどが経過した。
ゲームの様に経験値が入るでもなく、ドロップ品があるでもなく返り血などで汚れるし鬱陶しいなと思っていたその時、具体的には昇降機広場の傍まで戻ってきた時だ。
「あった」
その声と同時に壁がうねうねと動き出し隠し覆っていた通路が出現する。だけどまずは壁擬態型粘土状疑似生命体の処理が先だ。
最初に動き出したのは身の軽い瑞穂だった。10フィート棒を放り投げ触手のように伸びる粘土状疑似生命体の一部を[鋭い刃]で斬り捨てるとすぐさま脇へと逸れる。あまり広くない通路での戦闘のため次の攻撃の邪魔になるからだ。
そして健司は雄たけびを上げ、対してダグは静かに踏み込むとそれぞれの武器を力一杯叩きこむ。
残念な事に僕らの出番はなく健司とダグの二撃目で溶けるように崩れていった。
「まさかこんな近くに下へ行く昇降機があるなんてなぁ……。この階層はなんなんだ?」
確かに迷路だけで何もない。ここは研究所だったはずだし……。
いや、まてよ……。
ここの主は未来日記で侵入者の存在を知っており事前に対策を施していたのでは? 師匠のような存在以外の動きは大まかに把握されているだろうし、師匠の介入が最小限なら確定された未来像は微修正こそされるものの概ね主に把握されていると考えるのが正解か。
どこかで出し抜かないと……。
そうだ。僕も未来日記を読めば……。そう思い魔法の鞄から取り出す。だがそれに待ったがかかる。
「そいつの効果に頼るようになると上には行けなくなるぞ」
師匠であった。一瞬、何を言ってるんだろうと思ったのだけどすぐにわかった。
未来日記の効果はゲームの攻略サイトを見ながらプレイする行為やずるツールの使用とほぼ同義だ。攻略サイトを見て分かった気になり同じミスを犯したり、ずるツールで無双していたプレイヤーは当人の技術的な蓄積も増えずにある日突然ツールが塞がれると大抵ぼろが出ていた。
ここで引退するならそれでも良いだろう。でも僕は師匠に頼られるくらいの存在になりたいのだ。限界を感じていない以上は楽をするより苦労してでも経験を取りたい。それが即効性のあるモノとは限らないけど人生何処でその経験が役に立つか分からないからね。無駄な経験かどうかは死ぬときに考えればいいさ。
似たような効果の魔法の工芸品は他にも存在する。味をしめてそれらを買い求める様になったら調査費や諸々の出費で手持ちの資産なんてすぐに溶けるだろう。
僕は思い直すと未来日記を魔法の鞄に戻す。
師匠の表情は変わらなかったが唐突に豪奢な装飾の大剣を何処かから取り出す。
「では、正解を発表しよう」
そう言うと何もない空間に突きを放つ。その瞬間パリンと何かが割れるような音と共に周囲の情景が一瞬で別のモノに変化する。
「「「っ!!」」」
一変した階層は無数の石柱の他には降りてきた昇降機の他に更に下層へと行く昇降機がある。散々歩き回った迷路は存在せず野球のスタジアム並みの空間の至る所にガラクタが転がっている。
ガラクタと括っては見たけど……魔導騎士やら多脚戦車やらいろいろあるなぁ……。使える部品を探すにしてもハーンの知識が必要だ。
そうは言ってもハーンを呼びに行く時間はないなぁ。
昔の技術の方が今の技術より優れていると習ったからガラクタに見えてもお宝かもしれないんだよねぇ。
「ところで先生。これってどういう仕掛けだったんですか?」
「【幻影世界】と言う幻覚魔術だ。高度な幻術は本物と変わらん。お前たちは幻覚の迷宮を彷徨い幻覚の緑肌鬼と戦闘していたのさ」
「それじゃ、これまでの時間は無駄だって事ですか?」
「そういう事だな」
和花の問いに師匠が答える。口調から明らかに師匠だけは幻覚に捕らわれていなかったように思える。
「幻覚魔術は分かりやすく抵抗出来ないのが嫌らしいのよねぇ」
和花がそんな事をぼやく。かといって疑ってかかれば幻覚が効果を失うほど単純でもない。
「でも、なんで緑肌鬼だったんだ?」
師匠と和花の問答に健司が割って入ってくる。
「知性が高い生物を幻覚で作り出すにはコストがかかりすぎるのさ」
「それでタイミングよく襲い掛かってきたのか……」
健司が言われて思い返すと、確かにある一定の間隔で襲われていたなと思い至る。
「でも、幻覚を用いるならもっと判りやすい手もあったんじゃ?」
健司が言うように例えば幻覚で成竜あたりでも用意して襲わせれば大抵の侵入者は全滅だろう。
ま、幻獣や魔獣などの様に生物として不明な点も多く本物そっくりの幻覚は極めて難しいのだ。それ故に雑魚でも物量で間断なく攻める手段にしたのだろう。
「でも、それにしちゃ……」
「自覚がないようだが、お前らの実力はそれなりに高いんだよ。大半の冒険者であれば普通は疲弊して磨り潰されているさ」
師匠は褒めてくれているようではあるが、まだそれなりな評価かぁ……。
「ま、ここでウダウダと語っていても仕方ない」
幻覚の迷宮での徒労感をねじ伏せて僕らは下層へと進むことにした。




