283話 箱庭世界②
全く想定していない形で依頼を達成してしまった……。
いや、待つんだ。これが本物であると決まったわけではない。焦ったら負けだ!
その時である。
「俺にも見せてくれよ」
あれこれと考え込んでいると後ろからダグがひょいっと本を取り上げる。
「あ、おいっ」
僕の抗議の声を無視してダグは本を開きパラパラと頁を捲っていく。一瞬見えた表紙の表題は[グラーブ村のダグの生涯]と書かれていた。
心なしかダグの顔色が悪いようにも見える。
持ち主と聞いていたが、本を開いた者の生涯を書き記すという事なのか。だけどちょっと待って!
普通に考えてあんな大切なものを無造作に置いておくか?
確かに魔術の効果的に基本的には箱庭に入れる者は本人以外は居ないだろけど僕らは侵入を果たした。油断だろうか?
でもこういう事態も本に記されている筈なのではないだろうか? 情報過多すぎて読み飛ばしたとか?
それとも罠?
頭がグルグルとする……。
「師匠。あの本って……」
そばにいる筈の師匠に確認を取ろうと声をかけたもののちょっと考えがまとまらない。
その態度で察したのか師匠が口を開く。
「おそらく樹がいま考えていることは間違っていない。ただ[未来日記]の未来記述能力には例外がある。それが俺ら超越者の介入だ」
そう言ってダグが読んでいた本を取り上げると「ほれっ」と僕に見せる。
その本は白紙だった。
「俺ら超越者という存在は未来視において唯一の不確定要素となっていて、介入の直前まで予想がつかない。だからこういう不測の事態もあり得るというわけだ」
「そういうものですか…………」
「そういうものだ」
それで納得しろという事らしい。
「中身を精査しないと確証は持てないが恐らく本物だ」
そう言って師匠は本を僕へと放る。慌てて受取り考え込む。
「これで無事に戻れれば指名依頼完了って事ですよね?」
「そうだな」
なら念のために魔法の鞄に入れておこう。本一冊位なら入る筈だ。
そういえばそれなりに騒がしいのに誰も出てこないな。誰かいる筈なんだけど……。
視線を彷徨わせると屋根裏寝室に上がっていた瑞穂と目が合い彼女はこう口にする「女の人が寝てる」と。
屋根裏寝室へと上がるとベッドの上には癖のないこげ茶色の長い髪にきめの細かい色白の肌、元の世界でも眉目秀麗な人は見慣れているがそれでも綺麗だと言いたくなるほど美しい少女が無造作に寝ていた。着ているものは女性用寝間着などではなくサイドにスリットのある簡素な純白の長衣のみだ。
ベッド脇に革靴が無造作に置かれている。
「揺すったけど起きないの」
起こそうかと思ったけど既に瑞穂が試した後であった。そうなると精霊魔法の【永久の眠り】かな?
「たぶん違う」
僕の考えを読んだのか瑞穂が否定する。
「そうなると【仮死】の魔術だろうか?」
拡大魔術の系統で第八階梯の魔術に同じような効果の魔術がある。ここの主が統合魔術師であるならば使える筈だ。
しかし、この少女……どっかで見た記憶が……。
いや、他人の空似か。
気になる事があったので師匠を呼び質問をぶつける事にした。そして返ってきた答えは、「普通に時空の狭間に消えるな」であった。
この少女をここに置いた状態でこの箱庭の主が死亡するとこの箱庭は消滅し内部に居た全てが時空の狭間に飲まれてニ度と物質界には戻ってこれないとの事であった。ここの主がいくら強力な統合魔術師とはいえ打倒されないとは限らない。
「なら、この娘はここから連れ出さないとね」
「けどよ、いきなりこの時代に一人放り出しても困るんじゃね?」
和花の意見に健司が問題点をあげたのである。身寄りのない一万年前の少女を一人放るのは確かに不味いね。
ところが和花も瑞穂もわかり易いくらいはっきりと溜息をつく。
「あのね、この部屋を見て気が付かない?」
「生活感がない」
和花の問いに瑞穂がヒントを出す。
言われてみればおかしいな。
ここには少女の物と思える私物もなく、また痕跡もない。瑞穂が言うように生活感もない。この少女はこの安全地帯に何らかの理由で秘匿されていたと思うべきだろう。
では、どういった理由で?
改めて少女を観察する。まず容姿などから古代人ではないのはわかる。それだけでもここの住人である可能性は限りなくゼロとなる。
そうなるとこの研究所がこの世界に転移してきてからの僅かな日数で攫ってきた?
転移後に周囲の状況を確認するために【幻影地図】の魔術と併用し【検索】を使い何らかの条件に適った人物を見つけて誘拐した?
そこである質問を瑞穂に投げかけた。
「その娘に聖痕はあった?」
聖痕とはいったものの普通には痣にしか見えない。だが、その痣を聖痕と呼び拐かす集団が居る。ここの主もその集団と同じような考えの人物という可能性もある。
「まだだった」
そう言うと唐突に長衣の裾を勢いよく捲る。ピンク色の何かが見えた。というかなんで捲った!
「ない」
「いやいや、痣の位置は基本的に臀部周辺じゃん!」
思わず突っ込んでしまった。
「あ、そうだった」
そう言うとすぐ様に少女をひっくり返し裾を捲って確認する。
「やっぱり、ない」
意識がないとはいえ割と酷い扱いしてるなぁ……。
取りあえず裾を元の位置に戻し考えを纏める。見た感じだと北方民族に近いのだけど、どちらかと言えばメフィリアさんに雰囲気が似ている?
「師匠。彼女ってもしかして神人族ですか?」




