2話 襲撃の果てに
2018-10-13 誤字脱字の修正。文言の修正。
2018-10-22 誤字修正。
2020-07-05 タイトル変更に伴う加筆修正
藤堂さんの指示に高学年組が即座に動き始め手近な棒きれなどを拾い始める。
「序盤のイベントだと赤肌鬼とかの雑魚オブ雑魚だろ? 余裕だな」
そんな会話が零れるくらいには余裕があるようだ。
「序盤の覚醒イベントとかだろ?」
「怪物殺しても罪に問われないし、ちょっとイライラしてたから安心してボコれるわ」
「倒すとレベルアップしてスキルとか貰えるのかね?」
「ステータスオープン!」
そんな現実と虚構の区別がつかなくなっている彼らのやりとりを遠めに眺めつつ僕らも準備を始める。彼らの脳内では序盤の負けイベントは考慮されていないらしい。
僕と竜也と和花は、ヴァルザスさんから【時空収納】機能が付いた腰袋を貰っている。おおよそ二万二千㎡の物が収まるとの事であれこれと収めてある。
僕はそこから練習用の木刀を取り出す。竜也は金属バット、和花は六尺棒を取り出した。
三人で頷きあい救援に向かおうと思った時だ。
僕らの後方で悲鳴が上がった。ここには学園の生徒しかいない。周囲は暗く焚火の炎に照らされたソレは赤銅色の肌をした醜悪な容姿のボロを纏った子供だ。
いや、あれが赤肌鬼か。手入れの行き届いていない小剣や手斧を振りかざして下卑た笑みを浮かべ襲い掛かってきた。
あっと思う間もなく一人の男子生徒が脚を切られてバランスを崩したところを別の赤肌鬼に首を掻き切られた。赤肌鬼の数は五〇匹を超えていないが戦意は旺盛で手近な生徒に複数で飛び掛かり押し倒して蹂躙していく。
雑魚だと言ったのは誰だったろうか?
不意を討たれただけでなく、予想以上に小さくてすばしっこい、そして行動が読めないくらいには無秩序だ。
僕らは最初の犠牲者が出た事で完全に呑まれてしまっている。
凄惨な光景にこちらの戦意は委縮し、逆にこちらの弱気を悟った赤肌鬼達はさらに強気に攻めてきた。
恐怖による混乱で軍事教練の内容なんてすっかり頭から飛んで喚くばかりの先輩たちや下級生たちを尻目に竜也は活き活きと赤肌鬼の頭部に金属バットで大振りをキメて撲殺していく。
僕や和花も自衛と割り切っているために手足を砕き戦闘力を奪っていく。
冷静に対処し一対一で戦う限り確かに赤肌鬼は雑魚と呼ぶにふさわしい。人間の七歳児くらいの体格で、小型の武器をただ闇雲に武器を振るだけである。きちんとした訓練を受けて攻撃範囲を把握し冷静に対処できれば問題はなかった————。
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気が付けば周りにほとんど生徒がいなかった。僕も周囲の状況を把握できないほど必死だったという事だ。
森側から襲撃してきた赤肌鬼と逃げ惑う村人が混ざり戦場は混乱を極めたのもある。戦意が落ちているところに挟撃される形となり僕らは分断され各個撃破されていった。
そして魔法を使う赤肌鬼が居た事も悪い方向に推し進めていた。
気が付けば竜也も和花も見当たらず、僕の足元には村人やら学生やら無数の赤肌鬼の死骸が転がっている。既に愛用の木刀は折れ手元にはなく赤肌鬼から奪った粗末な小剣を振り回している。
慣れない武器で数匹の赤肌鬼を切り伏せて周囲を見回せばこの時すでに生徒も村人も見当たらない。
そしていつの間にか僕は赤肌鬼達に囲まれていた。まさか僕だけ置いて行かれたのか?
その時、前方の赤肌鬼が包囲の一部を解いて道を開けた。
そこから長衣をまとい杖を持つ赤肌鬼を二匹引き連れた身長は一六〇を超える体格の良い赤肌鬼が進み出てきた。最初は田舎者赤肌鬼かと思ったが、その瞳には知性がある。
装備も上等であり周りの反応を見るにこれが赤肌鬼王種なのだろう。驚いたことにこの赤肌鬼王種は開拓民と同じ言葉を話す。
直接耳に入る言葉は理解できないが内容だけはわかる。
この村の住人を百人以上殺した。
お前が最後だ。
お前は強いから降伏するなら俺の戦闘奴隷として飼ってやる。
そんな内容だ。
「断る!」
そう日本帝国語で叫び小剣を握りなおした。
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「…………ここは…………」
藁の上に布を敷いただけの粗末な布団に寝かされていた。
左右を見回せば生徒たちが寝かされている。
白衣を着た見慣れない人たちが忙しなく動き回ている。
「あ、目が覚めましたようですね。んーお話通じるかな?」
その鈴の鳴らしたような可憐な声音で僕に話しかけてきた少女は現地語でそう話しかけてきた。
「直接は判りませんが言っている事は理解はできます」
「感応…………ううん。魔術を使った形跡はないみたいだし【通訳】の刻印魔術が施されているか魔法の物品を持っているのかな? でも良かった。皆さん言葉が通じなくて困っていたところだったの」
そう言って大輪の花のように微笑んだ。
そして微笑はどこの女神でしょうかと問いたくなるほど神々しいものだった。
この少女だが年齢は一二歳前後で見る角度によっては薄紫色に見える長い真っすぐな銀髪に神秘的な紫水晶の瞳に白磁のような滑らかな肌。現在は純白の長衣を纏っている。
さて、どうしようかと思案していると、
「そうだ。自己紹介が遅れました。メ————」
突然言葉をきり目を泳がせたあとに、
「マリアベルデと言います。他には近くのタンゼントという町から赤肌鬼退治に派遣されてきた冒険者と同伴してきた始祖神教会の聖職者たちが居ます」
今あからさまに本名を言いそうになって慌てて偽名を名乗った感じではある。だがここは知らないふりをするのが礼儀かな? 周囲で忙しなく動いている人たちは聖職者か。
「僕は————」
「異なる世界から呼び出された異邦人の方々ですよね?」
「そうです。そうだ自己紹介が遅れました。高屋樹です。樹と呼んでください」
「イツキさんですか…………西方の日本皇国の方と祖が同じなのかしら?」
日本皇国?あれ?そういえば以前ヴァルザスさんが我が家に滞在していた時に歴史を調べていたな…………。
「知人の話だと多分ですが、よく似た並行世界ではないかと————」
大雑把に食客だったヴァルザスさんとその相棒のフェリウスさんの事を語り、これまでの状況をザックリと話してから、いくつか質問しこちらの世界の情報を仕入れた。
そして僕は最も知りたかったことを聞くことにした。
「聞きにくいのですが、僕らはどうなっていたのですか?」
死んだ時の事は覚えている。それなりに手練れであった赤肌鬼王種の数合打ち合って勝てそうと思ったところで、後ろから忍び寄ってきた赤肌鬼にズブリと殺られた。
「村人はほとんどの方が天に召されました。だけど貴方達は祈りが通ったのか全員蘇生したけど、離魂しかけていた魂が、まだ完全に身体に定着していないから身体を動かすのも億劫だと思うけどそこは我慢してね」
りこん? 離婚? なんだろう? なにやら知らない事を言っている。
「あ、ごめんね。離魂って言うのは死亡後に魂が肉体から離れていく現象を指すの。でも実際には紐づけが解けてなくてその状態なら蘇生可能なのよ」
マリアベルデさんはそう説明してくれた。
「この世界は蘇生は割と頻繁に行われたりするのですか?」
「大神殿に多額の寄付金を納めるか、大神殿の高位の聖職者にコネでもなければ無理な話かな。実際に【死者蘇生】の奇跡を願えるのは最高司教以上と言われていて数はあまりいないの。心身に多大な負担も掛かるから余程の事でもないと祈ってくれないわ。それに死後一日以上経過すると徐々に離魂が進んでそれだけ蘇生率も下がってくる傾向にあるし、基本的に死んだらそれまでと思っておいて欲しいかな」
「わかりました。なら僕らは運がよかったという事ですね」
そう。今の話からすると誰が実行したのかは明言していないがかなりの人数に蘇生の奇跡を願ったことになる。そんな聖者のような人が居るというわけか…………。しかも無料で。