281話 岩柱の遺跡-上部構造編⑥
「あ、これ、悪い事考えてる表情だ……」
誰にも聞こえない様にそっと呟いたつもりだったが瑞穂には聞こえていた様で、こちらを見る表情が「言っちゃダメ」と語っていた。
さて、僕らは建屋から出ると和花は魔法の鞄から数枚の呪符を取り出し閉じた玄関の扉にペタペタと呪符を貼っていく。
そしてオジサンズに指示を出し食人鬼の死体を玄関扉を塞ぐように置き直す。
「これでよし」
作業を見届けた和花は大変満足そうであった。
では地下へと行こうかという段階で影が薄かった師匠から待ったがかかる。
「最上階で忘れ物があるから見に行くぞ」
そんな事を言うのである。だが、待って欲しい。
あそこは本はあらかた回収したし後は家具などしかなかった筈でそれも価値はあるが運ぶ手段がないから放置したはずだ。
「なにかありましたっけ?」
「ま、ついてこい」
そう言うとさっさと塔へと歩いていく。疑問に思いながらも僕らも慌てて師匠を追う。
五階に戻ってきて見回すが特に目ぼしいものは見当たらない。この階層の構造は中央に昇降機があり、壁沿いに本棚が隙間なく並び、昇降機の裏側に居住スペースがある。と言っても仕切りがあるわけではない。
「何もないように思うのですが?」
僕らの中でもっとも勘が鋭い瑞穂も首を傾げている。とにかく探してみろという師匠の言に従い僕ら9人は何かないかと探し出す。ただ師匠が何かあるというのだからある筈だと信じ探し続ける事――。
「ないよねぇ……」
八半刻ほど階層を当てもなく探し歩いていたものの一番最初に集中力を切らしたのは和花であった。彼女はこういうの苦手だからねぇ……。
ある筈だと思いつつ部屋をウロウロと探し、時折だがやっぱりないなと諦めかける。幾度繰り返しただろうか?
既に出遅れている僕らに対してあの師匠がなんの根拠もなく探せなどというだろうか?
そして悩みつつも頑張って探し続けている一党の一行を眺めていて違和感に気づく。
全員がある地点を通過するときだけ探し物をするでもなく通過するだけなのだ。もしやと思い僕もその地点へと歩いていく。そして違和感は間違いないと確信した。
その地点に到着した途端に急に否定的な感情が湧き上がる。意識していると不自然さが判る。精神に干渉されている。
【魔力探知】を使った時に反応はなかった。思い出せ……。
そうか!
【魔力隠蔽】の魔術か。
だが、何を隠蔽した? 魔術の特性上の【認識阻害】の魔術の痕跡を隠すためだ。だが、こんな何もない空間に施す必要はない。
この周囲に施された何らかの時空魔術から逸らすためか?
「綴る、基本、第五階梯、探の位、空間、知覚、周囲、発動。【空間探査】」
いま完成させた魔術は探知魔術の中でも空間の歪みを発見する為だけのものだ。僕の予想が当たっていれば……。
「やっぱり……」
予想が当たっていた。片開きの扉サイズのぼんやりと光る。ぐるりと回って確認するが厚みはない。
時空魔術の呪文書に該当する魔術は……ないよね?
取りあえず師匠に報告だ。
「ここに扉のようなものがありますね」
他の者には見えないソレを指して師匠に確認を取る。
「それが何かは分かるか?」
そう返されるが僕の知識にはない事を告げる。
「見ていろ」
そう言うと何処から出したのか唐突に豪奢な装飾の施された金属製の鞘の大剣を握っていた。
鞘走り片手で光る扉サイズのソレを一閃すると――。
空間が切り裂かれ隙間から仄かな草木の香りが漂ってきたのだ。
「行くぞ」
そう言って師匠は光る扉のようなソレを潜ってしまい部屋から姿が見えなくなった。
慌てて僕もソレに飛び込むように潜る。
そして潜った先は、様々な季節の花々が咲き誇る庭園であった。
振り返った師匠は僕らに向かってこう言った。
「ここは時空魔術の第十階梯魔術のさらにうえ、第十一階梯魔術に当たる魔術【箱庭創造】によって作られた異空間だ」
気が付けばそろそろ幕間込みで300話になります。また82万字ほどになりました。
投稿初期の様にゼロ件とかであったら流石にここまで書いてこれなかったでしょう。
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