280話 岩柱の遺跡-上部構造編⑤
和花に付き従うオジサンズの最年長である高杉三等陸尉は片膝をつき機械式弩を構える。
食人鬼までの距離は凡そ7.5サートだ。無風であり標的は側面を向いておりこちらに気が付いていないのか微動だにせず突っ立っている。もっとも食人鬼は知能が低いので何も考えていない可能性もある。
この世界だと照準器は高額な特注品で受取までに時間がかかり今回は装備していないのが悔やまれる。
さっさと済ませてしまおう。手信号で”殺れ”と指示を出す。
高杉三等陸尉は目で頷き引金を引く。
発射された太矢は突っ立っている食人鬼の側頭部を易々と貫き壁に突き刺さる。
流石は大型獣を狩るための得物だ。
「うげ、威力ありすぎだろ……」
ダグがそんなことを言っているが手信号で”前進”と指示する。一党は前進し食人鬼の死体を確認しにいく。
「武装してるわね……」
かなり大型の棘付き棍棒を持っており簡素ではあるが革鎧も身に着けている。
「この足の大きさ……外で見た」
「……という事はこいつらは【転移門】で乗り込んできた連中か」
食人鬼を支配下に組み込めるとなると……。
神代の最終戦争で邪神軍に与した勢力の末裔を総称して魔族と呼び巨人族の末裔である食人鬼は魔族の身分制度では上位に位置する。
こいつらに命令できる種族は龍人族か魔人族か闇森霊族くらいだ。
闇森霊族……まさかね……。
一瞬だが虚無の砂漠の遺跡で世話になった再興を目指す闇森霊族若き族長であるアドリアンの顔が浮かんだ。
「まさかね……」
そう呟いてみたものの【転移門】を使える魔術師が居る事を考えると否定できないのがなぁ……。
食人鬼は倒れる際に後ろの入り口の扉に凭れ掛かるようにしており、装備込みで180グロー超えのこいつを退かすのに苦労しそうだ。
オジサンズの四人と健司とダグの六人掛かりで食人鬼を玄関口から退けてから瑞穂が木製の片開き扉を調べ始める。
「……ない」
程なくして瑞穂が問題なしと報告してくれたが、もうちょっと何とかならないのだろうか?
「鍵は開いてる」
「ありがとう」
瑞穂に礼を言ってドアノブに手をかける。
扉を開けると部屋一面に檻が置かれていた。
「これ、全部殺されているの?」
和花が疑問の声をあげる。そうなのだ頑丈な檻の中には様々な魔獣の死骸が転がっていたのだ。
殺した理由は分からない。ただ魔獣の数は10匹を超え檻越しに魔法で仕留めたとした場合は呪的資源の無駄使いにも見える。しかも魔法の打ち合いになったのか襲撃した側にも被害が出ているようで通路の奥に向かって血痕が続いている。
ゲームじゃあるまいし経験値や素材なんて入らない事を鑑みて魔獣側から攻撃を仕掛けてきて止む無く殲滅する事になったという感じだろうか?
「どのくらいたつと思う?」
僕は誰にでもなくそう尋ねた。この襲撃者達との時間差が知りたいのだ。
「僭越ながら……2時間以上はたっているかと」
僕の独り言に近い問いに真っ先に意見を口にしたのはオジサンズの高杉三等陸尉だ。伊達に年は取っていないな。
「根拠としては弱いですが、死後硬直が始まっています。あくまで人間準拠での意見なのでこの魔獣とやらに当てはまるかはわかりませんが……」
僕が無言でいると2時間以上の根拠の説明をしてくれた。
「なるほど……」
とくに魔獣だからと言って特別ではなく普通の生物と同じように考えて問題はないので二刻未満で間違いはないだろう。
生き残った連中は恐らくどこか安全なところで休憩中だろう。
この建屋の部屋の天井は高さ62.5サルトな事を鑑みると食人鬼が外にいたのは見張りというよりサイズ的に部屋で戦闘できないから外に置いておいたと言った感じだ。
床の血痕は奥の両開き扉へと続いている。
「どう思う?」
「塔の昇降機で地下へと行こうよ」
「構造的にもあっちの部屋で休息してるだろ? むしろ今のうちに競争相手を楽して潰せねーか?」
相談してみたら和花と健司で意見が分かれた。ここで死んでいる魔獣の数から察するに相手は相当呪的資源が乏しいはずだ。対してこちらは僕がかなり消耗しているだけだ。
「ん……皇のいう事も一理あるわね。なら、こうしましょう」
そう言う和花の表情は……。
「あ、これ、悪い事考えてる表情だ……」
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