276話 岩柱の遺跡-上部構造編①
前庭の様子は中央部分に芝が覆い、その側面を花壇が並ぶ。花壇にはこの辺りでは見かけない花々が咲き誇っていたのだろうが戦闘によって踏み荒らされている。通路である石畳は中央を迂回するように奥の石の塔へと伸びる。
転がっている死体の状態から見て死後一日以上経過しているようだ。腐敗臭も漂い始めており不快指数が増す。観察していて気が付いたのだけど彼らは一様に背が高い。どれくらい高いかというと、全ての死体が師匠並である。しかも細マッチョだ。
この世界の人族の男性の平均身長は42.5サルトほどだという。単に背の高い者を集めたかとも思ったけど違うようだ。
この世界の戦士であれば大柄な者が多いけど、ここまで背の高い者は稀有だし大半はゴリマッチョだ。それに顔の造形とかがどの人族とも違う。
その疑問の答えは師匠からでた。
「古代人だな」
師匠が説明というか蘊蓄を垂れ始める。なんでも古代人は細身で大柄であり寿命も今の倍以上はあったという。時代と共に万能素子操作の適性を失い、身体も小さくなっていったとの事だ。
さらに師匠はこの研究所についても話始める。一万年前に突如この研究所が消えて別の並行世界を流離っていたものが何らかの理由で戻ってきたのでは? って事らしい。
だが問題はこの研究所が並行世界にあった。
「この仕事は上手く立ち回らないと恐らく死ぬぞ」
「そりゃ、危険は付き物でしょ……」
「そう言う話じゃない。恐らくだがここの主は生きている。今の人族より遥かに魔術適性の高い古代人の大魔導師級が居るという事だ」
古代人の魔術の適性能力からみて今の時代の魔術師より強力な魔術を放ってくるだろうし、以前戦闘した高導師級のやつ以上に厄介だろう。
「俺の見立てだとこの建造物はあまり時間経過が見られない……だが、得られるものもデカイと言える」
一万年前の魔術知識や遺失魔術などの発見出来れば魔術師組合にとっては垂涎の品だろう。
「ハイリスク・ハイリターンと言った感じですかね?」
「そうだな。前回の探索はイレギュラーが発生しなければ単なる廃墟の盗掘だったんだろうが今回は違う。気を引き締めていけよ」
そう言うだけ言うと師匠は定位置に戻る。
しかし強力な大魔導師相手となる真正面から対決するのは危険どころか無謀だな。範囲魔術一発で全滅なんて可能性もあるって事だ。
考え過ぎていても仕方がない。用心していても駄目なときは駄目。頭を振ってネガティブな思考を追い出す。
「ここで悩んでていても仕方ない。進もう」
先ずは先客の正体を確認しよう。瑞穂に先行させ僕らは後を追う。
前庭を抜けると直径5サートほどの五階建ての塔が聳えたつ。
侵入者や前庭に転がる死体の数から考えると地上構造物は偽装かな?
「玄関が開いている」
瑞穂が無言でどうする? と問いかけてくる。
「それじゃ所定の隊列で潜入する」
皆にそう伝え手信号で瑞穂に”進め”と指示する。
無言で肯首するとスカートを翻し音もなく塔へと入っていく。程なくすると”問題なし”と入り口から左手だけを出し手信号で伝えてくる。
健司、僕、和花、オジサンたちが順に移動する。オジサンらの忍び足の技量は結構優れているようで斥候役が務まるのではなかろうか。対して健司は普段が金属鎧を着ている関係で忍び足の訓練はしていないのでどうしても足音が立つ。
扉を潜リ玄関ホールから中央の昇降機ホールへと続く通路を歩いていくと、ここでも戦闘があったようで七体の古代人と大型の黒いイヌ科っぽい動物の死体が転がっている。黒いイヌ科っぽいのは魔獣と呼ばれる地獄の猟犬だ。
昇降機ホールに到着すると塔中央に昇降機が一基、塔の壁面に沿って7つの扉が存在する。
何れの扉も既に開いた状態であり先客が調査済みなのだろう。後から来るお客さん対策で罠を仕掛けておこうという考えはない様だ。
「先客の団体様は傭兵や軍人じゃなさそうだね」
そう言う僕の意見にオジサンらが賛同してくれる。そうなると飛行魔導輸送機が使えて間抜け罠とか使う発想がない組織と言うと……。
「どっかの宗派かしら?」
「そうだね。……となると一個小隊規模の聖戦士って事になるのか。硬そうだなぁ」
金属鎧でがっちり防御を固め、回復の奇跡まで使えるとなると出来る限り対戦は避けなければね。
昇降機をみると表示は地上五階から地下五階までとなっている。
「大所帯だしやっぱり下かな?」
構造上研究設備が上にあるとは考えにくいし精々居住区画だと思うんだよね。
「でも、それなら古代人の日用品とか手に入らないか?」
古代の精巧な日用品や家具は貴族や富裕層に大変人気で高額で取引される。本命の魔法の工芸品である未来日記も上にあるように思える。
「健司のいう事も尤もだね」
「なら行こうぜ」
そう言って昇降機を呼び寄せようとする健司を一旦止めて僕は下準備をする事にした。




