270話 熱砂の洗礼⑥
「口の中に砂が入ったぁ」
2.5サートも先が見えない砂嵐の中をノロノロと疾竜が進む中で和花の悲鳴ともいえる叫びが耳に届いた。
二日目の移動は何ともなかったのだけど、三日目はお昼を過ぎたあたりから急激に雲が出始め半刻もしないうちに猛烈な砂嵐が襲ってきたのだ。
すぐ様に砂漠用のゴーグルやらマスクをつけたもののきめ細かい砂が衣服の中に入り込んだり、先ほどの叫びの様に僅かな隙間から口や鼻孔へと入り込む。
敢えて良いところをあげるとするなら急激に気温が下がり303クロンを下回った事だろう。昼前には手元の温度計は330クロンを指していたことを考えれば……いや、この砂嵐の酷さを思えば……。
その時だ。
「どうした?」
乗騎である疾竜へと声をかける。挙動不審というか妙にそわそわしている。この砂嵐で僕らの移動速度は1ノードほどに低下している。
「まさか……」
砂蟲が接近してきているのでは? 曲りなりにも竜の末席である疾竜が警戒するとなるとかなりの大きさだろうか?
余計な説明を省き僕は大きく叫んだ。
「全員、散開!」
全員が瞬時に疾竜の鐙を操作しその場から飛び退る。
その瞬間に僕らの居た足元の砂が爆発したように吹き上がった。
「でかい……」
思わず口に出てしまったが明らかにそいつは標準サイズを超えていた。胴体部の直径は0.5サートはあるだろう。長さは如何ほどか? 地上部に露出した部分だけで1.25サートを超えている。推定でも3.75サートは越えるのではないだろうか?
驚いてばかりも居られない。即座にどうするか思考しそれを口にする。
「瑞穂は後退! おじさんらは和花を守って! 健司は僕に続け!」
そう叫び僕は鞍の右後ろに備え付けの安物の長槍を抜きとると小脇に抱えるように持ち鐙を操作し突撃を指示する。
僕の指示を受け力強い一歩からの疾竜の急加速に一瞬落ちそうになるが踏んばって耐える。
事前にレクチャーを受けていた砂蟲狩りを思い出す。
訓練を受けた疾竜は自分が何をすればいいのかよく理解している。砂蟲を掠めるようにすり抜けるのだ。
僕はそのタイミングで長槍を深々と突き刺すと手順通りに手を離す。
長槍は深々と刺さったまま走り抜けると別方向から走ってきた健司が同じ要領で長槍を深々と突き刺し走り去る。
手綱を操作し疾竜を回頭させると同時に腰の打刀を抜く。別方向へと駆け抜けていった健司の姿はこの砂嵐では分からないが恐らく次の攻撃の準備中だろう。
そこへ戦闘を行っていた道先案内人のハルカラが偃月刀を掲げて突撃を敢行する。蠢く砂蟲を疾竜の判断で回避させすれ違いざまに偃月刀で深々と大きく切り裂いて走り抜けていく。
この手の生物の攻略法は出血を強いて体力を削っていくのが正道だ。健司が三日月斧を両手に構え器用に疾竜に騎乗し走り抜け大きく巨躯を切り裂いていく。
あいつはこういう戦闘関連の才能はほんとにすごいよなぁ……。手綱使わないで騎乗は結構難しいんだけどなぁ。
僕も負けていられないので突進させる。
すれ違いざまに右手持ちの打刀を振るとまるで豆腐を斬るかのような抵抗のなさで大きく切り裂く。
いくら砂蟲の外皮が結構柔らかいとはいえ切れ味良すぎて怖いなぁ……。
巨躯ゆえに打たれ強い事もあり、ハルカラ、健司、僕とで何度かの突撃を繰り返すもののどこまで削れているのか判断しにくい。
とにかく砂中に潜られると困るのとあまり時間をかけると別の砂蟲や砂走りが獲物を求めて近寄ってくるので手早く仕留めたい……。
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目の前には大きく頭部をカチ割られた砂蟲が横たわっている。こいつは疾竜の食料となるので後ろからついてきている平台型魔導騎士輸送機の荷台に乗せる事になる。
さて、結局止めを刺したのは僕らではなく……。
師匠の指示で駆け付けたハーンであった。
ただし生身ではなく砂漠専用の騎体である[アル・ラゴーン・レセップス]を駆ってである。やはり巨大生物狩りには魔導騎士か魔導従士が一番だなと改めて思ったのであった。
息絶えた砂蟲を荷台に転がしたところで砂嵐が止み周囲の状況が露わになる。
「なんだ……もう緑洲の傍じゃないか」
0.25サーグ先にはかなり大きい緑洲が見えるのである。
再度襲われる前に急いでこの場を離れて緑洲に向かう。
緑洲までは目と鼻の先まで来た時だ――。
「止まれ!」
先頭行く道先案内人のハルカラの制止の叫びと共に一同手綱を操作し急制動をかける。
「何があった?」
真っ先に問うたのは健司であったが答えはすぐにわかった。
「あれが……蠍人か……」
先客として蠍人の一団が居たのである。彼らにとって僕ら人族などは食料扱いである。
僕らは得物に手をかける。僕らの気持ちが伝わったのか疾竜達が興奮し始めた。疾竜どもは戦意旺盛である。
だが、それは杞憂に終わった。
「待て。我らに争う気はない」
先頭に立つ蠍人の青年はそう言うのであった。聞いた話とちょっと違う……。
緑洲はみんなのモノだからとか言う有り勝ちな理由だろうか?
「どういう事だ?」
僕はそう尋ねずにはいられなかった。
「お前が一行の頭目か……。我らは強き者に敬意を表する。それがたとえ人族であろうとだ」
どういう事だろうと訝しがっているとその答えは蠍人の青年が答えてくれた。
「われらは砂嵐でも視界を確保できる。故に先ほどの砂蟲との戦闘も一部始終見ていた――」
彼らの考えからとしては真っ先に瑞穂や和花を退避させ僕らが戦いに挑んだことを評価されたようだ。
この砂漠であれほどの砂蟲は滅多にお目にかかれないし、それに対して怯むでもなく果敢に挑んだ事が彼らから一定の敬意を受ける事となったらしい。
「だが、止めは後ろの――」
「あのまま戦闘が続いても完勝は間違いない。我らにはそれで十分だ」
最後まで言わせてもらえなかったが彼らなりの価値観で僕らは客人扱いとして夕餉招かれる事となった。
意外な展開に驚いたが、現地人のハルカラですら知らなかったようだ。ひどく驚き自分の常識が崩れ去った事にショックを受けているようであった。
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体調を崩していたのと仕事の件で上司と揉めていてとても執筆に割ける精神状態でなかったので更新が遅くなってしまいました。




