268話 熱砂の洗礼④
木々が生い茂る緑地を走り抜け水場に着き最初に目に入ったのは草木が絡みつき地面に縫い付けられるように転がされ大蛇に噛みつかれている和花であった。
和花の前に上半身は女性で下半身が無数の大蛇を生やす敵性生物がいたと認識した瞬間には鯉口を切り【八間】で飛び込みそのまま抜刀。
切れ味は凄まじくほとんど抵抗を感じないまま振り抜きひと払いし血を振り落とし鞘に納める。
蠢く大蛇が徐々に動きが緩慢になっていき、そして力尽きたのを確認して緊張を解く。そして敵性生物の正体に思い至るのだが何故ここにいるかという疑問を押し込めて和花にに噛みついている大蛇を引き剥がし即座に【重癒】を唱える。魔術は完成し噛みつかれた痕跡すら残らず回復した。
流石にこのまま放置とはいかないので着ていた頭巾付き外套を脱ぎ和花の裸身にそっとかけておく。
次は申し訳程度に下着が残っている瑞穂にも【重癒】を施し、近くに畳まれていた彼女の頭巾付き外套を取りに行きそっと掛けておく。
少し離れた場所に横たわっていたピナを見た瞬間、腹部の穴が死因かと思ったのだがそれにしては出血が少ないし悪くない。失礼かと思ったけど肌に触れてみると体温があり肌に弾力も十分にある。
恐らく【永久の眠り】の魔法が死亡一歩手前で間に合ったのだろう。
毎回思うのだがこの魔法は中々にチートだ。
水没させても窒息死しないし数百年眠ってても筋肉などが衰える事がない。少し離れたところのピナの頭巾付き外套を取ってきて包んだものの気絶したままの二人を置いては流石に拠点へは戻れない。
ここにいた化け物、スキュラという魔獣なのだが本来はこんな場所に生息している筈もない。ましてやここは遊牧民なども頻繁に立ち寄る場所だ。地下水脈経由でどこかの湿地帯から逃れてきたのだろうか?
ゲームでもあるまいし再出現するなんて事もないだろうから先にピナだけでもメフィリアさんに治療してもらいたいのだが気を失ったままの和花と瑞穂をそのままにしては置けないよねぇ……。
いまだに323クロンを超える中で八半刻ほどボケ~っとしていると。
「……っ、ん……」
先に意識を取り戻したのは瑞穂であった。むくりと上体を起こすと勢いで掛けてあった頭巾付き外套が地面に落ちる野にも気が付かず無表情のまま周囲を見回し、そして僕と目が合うと顔を真っ赤にし慌てて落ちていた頭巾付き外套でほぼ全裸に近かった身体を隠す。
「起きたところで悪いけど、着替えたら和花の面倒を見ておいてくれる。僕はピナをメフィリアさんのところに預けてくるから……それと……ありがとうね」
情けない事に気の利いた事が言えなくて用件と簡単なお礼だけ伝えるとピナを横抱きにして足早に拠点へと向かう。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
「冒険者はジンクスを重んじるがどうする?」
拠点へと戻り急いでメフィリアさんに【四肢再生】を施してもらいピナを寝室に寝かせると師匠がそう問うた。
ここで言うジンクスとは、序盤にケチが付くと失敗するというジンクスが冒険者にはあるのだ。
「折角準備までしてここまで来たのに何も成さないで帰るのは流石に……」
「それならそれでいい。しかし幸先悪いな」
「まさかこんなところでスキュラに襲われるなんて想定外ですよ……」
そう言って僕は水場での状況をザックリと師匠に説明した。
「報告を聞く限りでは、そのスキュラは恐らくエルダー・スキュラだろう」
エルダー・スキュラとはスキュラの上位種という話ではなく分類上において年老いたスキュラを指す。見た目は少女だが下半身の大蛇の数が数十本となり無邪気だが老獪な手管を用いる為に冒険者組合でも危険視している存在だ。
しかも討伐証明が本体をそのまま持ってこないと証明できないためにスキュラだと思って討伐依頼を受けたらエルダー・スキュラだった為に全滅したなんてケースもあるという。
なぜあそこに居たかについては僕の予想と同じであった。他の魔獣との縄張り争いに負けて偶然地下水脈経由でここにたどり着いたんだろうとの事だ。
「あの二人も油断していなければなんとか対処できたのだろうが……俺でも想定外と思う稀有な事例だ。叱るとかそう言うのはナシだぞ」
「分かっています。寧ろよくぞ死者が出なかったと褒めてやりたいです」
「ならいい」
推定の域は出ないけど完全な不意打ちだったのだろう。スキュラは赤子の心臓を好む傾向にあり、次点で女性を好む。久しぶりの食事に好物のピナを一番最後に食すために次点の瑞穂を狙う為に陸上に上がったのではないだろうか?
水陸両棲のスキュラが有利な水辺から出て地上で戦闘を行った理由などそれくらいしか思い浮かばない。
警戒心の強い瑞穂が最後まで水に入らなかったからこそ死者が出なかったともいえるのだろうか?
▲△▲△▲△▲△▲△▲
一休みして気持ちも落ち着いたであろう和花たちを迎えに行った後に夕飯となり恒例の三交代での夜営に突入した。
僕と和花は魔術の使い過ぎで疲労している事もあって後番なので先にぐっすりと寝かせてもらう。
瑞穂には申し訳ないけど早番をお願いした。
夜中になり中番担当の自衛軍のおじさんらに起こされ身支度を整えて天幕を出るとおじさんたちは自分たちの天幕に入っていく。彼らはこれから数時間仮眠を取るのだ。
まだ寝ているであろう和花を起こしに天幕に向かい小声で呼びかける。
暫し待つが反応がない。
申し訳ないけどドアパネルをめくって覗き込む。
「あれ? 居ない……」
この天幕には和花と瑞穂が利用しているのだけど、瑞穂が身体を丸めて寝ているだけである。
「どこ行った?」
拠点を見て周ったものの見つからない。
仕方ない……。
幸いと言うべきは今夜は雲一つない夜空であり双月が眩しい。
「綴る、拡大、第三階梯、探の位、標的、追跡、月光、道標、発動。【追跡の光跡】」
集中し小声で呪句を唱え魔術を完成させる。
すると地面に足跡が薄っすらと輝き始める。これは和花の足跡である。その足跡は生い茂った緑地の方へと伸びている。
「まさか……水場に向かった?」
普通であればトイレを疑うのだけど、僕らの一党には平台型魔導騎士輸送機があるし、[携帯便座]を置いた天幕もある。
昼間に酷い目に合ったのに危機意識が足りない気がする。
防犯魔術も施してあるし少しくらい持ち場を離れていても大丈夫だろう。
大丈夫だよね?
僕はぼんやりと光る足跡を追跡するのであった。
ブックマーク登録ありがとうございます。
体調を崩してしまい更新が遅くなってしまいました。




