267話 熱砂の洗礼③
遅くなってしまいました。
全ては時間泥棒の7大豆(7 Days To Die)が悪いのです。
困った……。
樹くんと違って不勉強が祟ったのかこの化け物の正体が判らない。
いま分かっている事は精霊魔法を使う事、下半身の数十もの大蛇によって死角はないであろう事、防御力そのものはそこまで高くはなさそうな事くらいかな?
恐らく瑞穂ちゃんの[鋭い刃]であれば大蛇の首を落とすのは容易いと思う。ただ大蛇の殺傷圏は0.75サートくらいありそうなので、小剣一本な瑞穂ちゃんには懐に入り込むのは厳しいかな?
私としてはピナの悲鳴を聞きつけてそろそろ誰かが確認に来そうな気がするから早く終わらせて着替えたい!
「待ってるのも飽きちゃったし、そろそろ行くね」
少女の半身を持つ化け物は私と瑞穂ちゃんを交互に見やり楽しそうに見やり舌舐めずりすると大蛇をうねうねとくねらせてズルズルと動き始めた。瑞穂ちゃんの方へと。
私も瑞穂ちゃんも身を守る魔法の工芸品の装身具すら外してしまっているので身を守るすべがない。
効くかどうか怪しい攻撃魔術より、まずはこっちだ。
「綴る、付与、第六階梯、守の位、守備、庇保、防御、硬質、緩衝、保護、拡大、対象、発動、【高位防御膜】」
初めて使った魔術ではあったけど上手く発動したようで私と瑞穂ちゃんに魔力による膜が形成される。
これで硬革鎧くらいの防御力にはなったはず。裸同然よりはマシだよね。
一方で瑞穂ちゃんは六本の大蛇が同時に多方向から襲い掛かったのを持ち前の反射神経で避ける。最後の一本は避けきれないと思ったのか[鋭い刃]で払いのけるように斬り払う。
パッと赤黒い血が宙に舞い大蛇の頭が斬り落とされた。
化け物は悲鳴を上げ苦痛に体を震わせ下半身の大蛇をくねらせる。
瑞穂ちゃんはここぞとばかりに樹くん並の踏込みで間合いを詰める。
化け物が無数の大蛇を壁の様に正面に展開させ左右から別の大蛇が襲う。
左右の大蛇を躱しつつ壁の様に立ち図る大蛇に斬りつける。
再び上がる悲鳴。
「瑞穂ちゃん!」
これまで瑞穂ちゃんの上体ばかり攻撃していた大蛇であったが、足を掬おうと地面を這うように一本の大蛇に気が付き思わず叫んでしまった。
瑞穂ちゃんはそれだけで意図を汲んだのかとっさに後ろに飛びのき両者の間合いは再び開いてしまった。
「私のお友達土小人よ。あいつを捕まえて!【拘束】」
そこへ化け物の追撃の魔法が発動する。瑞穂ちゃんの足を拘束するように足元の砂岩が隆起したのだ。
咄嗟に飛び上がり土小人の手から逃れた瑞穂ちゃんであったが横から薙ぎ払うように振るわれた大蛇によって足を払われ中空で平衝を崩して地面に落ちる。
足元は砂岩らしく土の精霊力は若干弱いからついつい失念していた。
打ち所が悪かったのか直ぐに起き上がる気配がない瑞穂ちゃんへと化け物はズルズルと進んで行く。
先ずはあいつの気を逸らせないと。
「綴る、八大、第三階梯、攻の位、閃光、電撃、紫電、稲妻、発動。【電撃】」
詠唱が終わり魔術が完成するとともに私の世界樹の長杖から電光が走る。
瑞穂ちゃんが倒れていることが功を奏し電光は怪物の上半身を貫いた。
「痛い、痛い」
化け物は泣きそうな声をあげつつこちらへと顔を向ける。その表情はかなりご立腹のようである。
「私のお友達土小人よ! あいつに石を投げつけて!【石礫】」
怒りに燃える化け物によって放たれた魔法は周囲に点在していた無数の石に作用して飛来し私の全身を打ち付ける。
私はあまりの痛みにくぐもった悲鳴を上げ崩れ落ちるように地面に倒れた。そして追い打ちで次の魔法がくる。
「私のお友達森乙女よ。その娘を抱きしめてあげて。【蔦絡み】」
その呼びかけに応じたのか周囲に僅かに生えていた草木がザワザワと動き始め私に絡みついてきた。
マズいと思った時には手遅れで地面に縫い付けられるように拘束されてしまった。
「私ね、子供の心臓が大好物なの。あの犬耳の幼子は最後に食べるとしてまずは貴女から食べちゃおうかしらね」
そんな恐ろしい事を満面の笑顔で語られても困っちゃうなぁ……。
「本来であれば【永久の眠り】で寝かせてからじっくり頂くんだけど、貴女には痛い目に合わされたから生きたまま貪ってあげるね」
そう言ってズルズルとこちらへと向かってくる。ただ先ほどより移動が緩慢である。恐らく【電撃】が予想以上に効いているのであろう。
なにか時間を稼ぐ方法はないかと思案する。ピナの悲鳴の他にこの化け物の悲鳴が届いている筈だ。今の私は地面に縫い付けられるようにされている状態であり、その状態では呪印の補助なしでは高度な魔術は使えない。私にできる事は初歩の魔術と精霊魔法だけだ。
この状況を打破するには……。
その時、視界の端に瑞穂ちゃんが音もなく起き上がるところが映った。化け物は私を生きたまま食すことに愉悦感でも感じているのか気が付いていないように見える。
瑞穂ちゃんが[鋭い刃]を構えるのが見えた。今しかない!
「混乱の精霊。そいつの気を引いて! 【雑念】」
混乱の精霊にそう願う。そして願いは通じ化け物は動きを止める。
「……おまえ! おまえ!」
精霊魔法でやり返されたのがよほど気に入らなかったのか怒り狂って距離を詰めてくる。
その時だ。
「ぐはぁっ」
吐血した化け物の胸から刃が付き出ていた。私の意図を察した瑞穂ちゃんが飛び込むように背後から[鋭い刃]を突き刺したのだ。
「許さない……たかだか人間の癖に――」
最後まで言い切る事はなかった、瑞穂ちゃんが突き刺した[鋭い刃]をそのまま上へと切り裂いていったのだ。
[鋭い刃]は左鎖骨を切裂き激しく血が噴き出し最後にくぐもった悲鳴を上げ息絶えたのだった。
そこで安堵したいところであったが事態は想定していない状態となる。下半身の無数の大蛇がまだ活発に蠢いているのである。
荒れ狂った大蛇の一本が瑞穂の細い腰に巻きつき締め上げ始める。更に一本が右手に噛みつく。大蛇と形容しているがその歯は肉食魚のそれに近い。
くぐもった悲鳴を上げ[鋭い刃]を取り落とす。落ちた[鋭い刃]が暴れる大蛇を切断するがお構いなしである。
私の左肩にも大蛇が噛みつく。鋸状の歯がギリギリと食い込み焼けるような痛みが襲う。
化け物の生命力は尽きる事がないのか更に幾本かに噛みつかれる。【高位防御膜】を事前にかけておかなかったら今頃は食い荒らされていただろう。
意識が遠のく直前にチンっと鍔鳴りのような音が聞こえると同時に意識がなくなった。
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休み返上で仕事に没頭しなければならないので次回の更新は8/19~8/22あたりを予定しております。
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