263話 砂塵の迷宮へ③
2022-06-25 感想欄の報告を反映。途切れていた文章を追加。
「あれ、なんか少し涼しい?」
中に入った瞬間、涼やかな風が僕らを包み込む。
焼ける様な陽ざしが遮られているせいもあるだろうけど超大型天幕内を風が循環しているようだ。
確かに換気用に一部を開放しているが外は風が吹いていなかったはずだ。
その疑問は瑞穂が言い当てる。
「風乙女が舞ってる」
風の下位精霊にあたる風乙女が瑞穂には見えるようだ。精霊使いとしての才のない僕には実体化していない風乙女は見えない。
恐らくって事は【下位精霊制御】で風乙女を支配下におく精霊使いが近くにいる?
そこで予てから疑問に思っていたことを聞いてみる事にした。
「そう言えばなんで精霊魔法と呼ぶのに精霊じゃなくて精霊や精霊なんだろ?」
僕ら一行のうち精霊と感応出来る者は五名いる。誰かが答えてくれるだろう。
「精霊は妖精語の名残じゃな」
そう答えてくれたのは本物の妖精族族である上位地霊族のバルドさんだ。
「対して精霊は上位古代語が語源だ。元々は霊的存在全般を指すんだ」
バルドさんの答えを引き継いだのは師匠である。
「そうなると、精霊は?」
「そっちは八大魔術の学術用語で元素が語源だな」
「なるほど……」
「冒険者の中でも精霊魔法の使い手は殆どが妖精族じゃから結果的に精霊魔法という名称が浸透したと言ったところじゃ」
そう言って最後はバルドさんが締めくくった。
「用件はなんだい? まさかこんな灼熱地獄まで雑談をしに来たわけじゃないんだろ?」
こちらの会話のタイミングを見計らったのか超大型天幕の奥に座っている浅黒い肌に肌色成分の多い革鎧に身を包んだ女性が立ち上がった。
均整の取れた顔立ち、女性としてのラインを保ちつつ戦士としても十分な体躯、この世界でもかなりの長身に分類される身長は師匠よりは低いが健司よりは高い。こちらに向かって歩いてくる姿からそれなりの使い手であると感じさせる。
僕らを値踏みするように一通り眺めた後、こう切り出してきた。
「都会もんがここに何の用だい?」
どうしてわかったのだろうと一瞬頭を過ったが、恐らく僕らの格好というか頭巾付き外套が新品同然だからだろうか?
ま、師匠とバルドさん以外は確かにおろしたてだけどね。
「疾竜を買いに来た。近くに氏族は来ているか?」
勝手の分からない僕の代わりに師匠が話を進めてくれる。とは言え、見て覚えろって事なので次からは僕が対応する事になる。
「なら、うちの氏族だね。だが、そこのちっこいの二人に疾竜が懐くかね? あいつらは弱い者には従わないよ」
ここで言うちっこいのとはもちろん和花と瑞穂の事だ。こっちの世界の平均的な女性は40サルトほどあるが、彼女たちは37.5サルトほどで更に細身である。もっとも健司より大きい、恐らく46.25サルト前後ある彼女からすれば大半の人族は小さく見えるだろう。
飼い慣らされているとはいえ疾竜は獰猛であり、明らかに弱そうなタイプには従わないらしい。その場合は二人乗りになるなぁ……。
「どうする。うちの宿営地は0.25サーグ先にあるけど見に来るかい?」
浅黒い肌は僕の瞳をまっすぐにみてそう尋ねたのであった。交渉役は師匠だったはずだけどなんで僕に? と思っているとそれが表情に出たのか、「あんたが貴族の坊ちゃんで、その周りが熟練の護衛、ちっこいのは使用人だと思ったんだが違ったかい?」
僕が一党の頭目であることは間違いないが他は見事に外れてます。
それを伝えたところで意味もなかろうと判断し「お願いします」と頭を下げるのであった。
「そう言えば自己紹介もしていなかったね。あたしはペンタズ氏族のハルカラだ。あんたたちは?」
「僕は――」
全員の紹介が終わり糞暑い最中ではあるが宿営地まで徒歩で行くことになる、その道すがら雑談程度の感覚で砦の話をすると妙に喰いついてきた。
「――、あたしも連れていってくれよ」
彼女の言によると氏族は年功序列で成人で最年少にあたる彼女は氏族の使いっ走りなのだそうだ。腕っぷしには自信があるが連絡役としての生活にも飽き飽きしているとの事であった。
「最年少? ハルカラはいくつなの?」
ハルカラに子供扱いされたことでややご立腹の和花がそう言って会話に割り込んできた。
「あたしは今年15になった」
「「「「えっ」」」」
瑞穂の一個上か…………。体格もそうだが彫りの深い顔は妙に大人びて見えてっきり僕より年上かと思ったくらいだ。
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「いま売れるのはここにいる15頭だけだ。いきなり襲い掛かる事はないから好きなのを選んでくれ」
宿営地に付き疾竜を買う話をすると愛想の良くない中年男性が仮設竜舎へと案内してくれた。彼の役目は案内だけの様でハルカラに後は任せたと去っていった。
「どれも同じに見えるのだけど……」
僕ら一同を代表して和花がそう感想を漏らす。だがじっくり観察すると僅かだが個性があるのがわかる。
「まずは言われた通りにしよう」
そう言って『いくよ』と手信号で示す。自衛軍のおっさん連中は恐る恐る、健司は楽しそうに自分と相性の良さそうな疾竜を探して歩く。
事前に言われた通り襲われたりはしないが疾竜達は興味のない相手が触れようと近づくとフイっと避けたり威嚇したりするので意外とわかりやすい。
一番あっさり決まったのは健司であった。続いて瑞穂が決まり、自衛軍のおっさん達も決まっていく。
九体目に振られた時、僕に興味があるような素振りをする疾竜と目が合った。よく見ると虹彩宝珠症という珍しい個体だ。獰猛なはずの疾竜ではあるがよく観察すると愛嬌のある表情だ。
どうやら僕の相棒は決まったようだ。
「君に決めた。宜しく」
そう言って手を伸ばすと頭を擦りつけてくるのだった。
「さて、あとは和花か……」
振り返った先、視界に映ったのは崩れ落ちるように膝をつく和花であった。
「ま、まさか……」
「どーせ私は取るに足らない雑魚ですよ……」
そんな怨嗟が風に乗って耳に届いた。
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