259話 ある一日
打ち合わせ用の大部屋の応接室に案内されると、そこには明らかに中原民族とは違う容貌の人ら少なくても三〇人はいる。彼らは一様に黒系の髪と瞳に狸顔であり該当するのは日本皇国人、もしくは僕と同じ日本帝国人である。
そして答えは後者であった。
「君が高屋だな。呼ばれたから来てやったぞ。取りあえず俺がこの連中の代表の狭山だ」
応接室に待っていたやや汚れが目立つ軽装の武装した人物がそう名乗り一歩踏み出し僕へと手を差し出してきた。初手で握手を求める習慣はこちらの世界ではあまり一般的ではない。
周りにいる若い面子の表情は困惑しているようだ。この狭山は明らかに僕より年上のようだが年上だから偉い理論で勝手に代表を名乗っている感じだろうか?
それにしても身なりに関しては全員結構汚い。
まずは全員を大衆浴場に放り込もう。
「そうです」
取りあえずそう答えて差し出した手を握る。半分以上は冒険者に見えないし馬鹿さんに確認した特徴を持つ男子が一名いる事から捜索業務で探していた人物たちだろう。
恐らく狭山と名乗る人物は偶然ここに来た際に該当しただけだと思う。
「仕事が終わって報告に来たらお前が呼んでいると受付で言われて待ってたんだよ。こっちは時間が惜しいんでさっさと用件を言ってくれ」
強制転移に抗いこの世界のあちこちに放り出されたのだろう。正直よく生きていたと言いたい。
彼らは運よく日本皇国内に出現したらしく荒巻先輩と同じで、現地人との会話が成立した事、現地人らが異世界転移の事実を知っていた事も有利に働いたのだろう。ハードモードやファナティックな他の面々に比べるとかなり楽だったのだろう。
自称代表の戯言は無視して彼らの話を纏めると地元住民と親しくなり幾人かは現地で骨を埋める者も出たという。ここに来た連中は現地で訓練をして冒険者として生活していた者たちだ。
学生の人数の比率的に至極当然なのだが彼らは全員二等市民である。武家出身者がいなかった事がかえって良かったのかも?
骨を埋める者とやらは恐らく現地人と結婚したのだろう。
「君たちの中で、元の世界に戻れるとしたらどうする?」
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秋の前月の中週になった。急激に増えた客分で陸上艦が過密状態となってしまった。あれから巽や九重も合流し大所帯になってしまった。
本日までに入手できた情報で分かった事は、ここに居る者三八名を除けば生存が確認された者の数は一九名いる。うち一二名はこちらの世界に残る決断を確認した。残りの四名は護衛業務を出した冒険者たちの護衛の下こちらへと向かっている。
瑞穂の兄である薫を含める三名は所在こそ掴んではいるものの情けない事に手が出ない状況である。
悲しいかな金銭チートのみではこの辺りが限界らしい。やはり社会的地位や武力なども併せ持たないと思い通りには生きられないという事か。
ただ力を持てば持つほどそれに阿り寄生する者も増えていく。結局のところ多くを捨てて世捨て人にでもならない限りはダメなのかね?
さらに遺体の回収は出来なかったが一八人の死亡が確認された。
現在ここで客人として滞在している三八名のうち巽と九重は残る意思は変わらないという。当面は僕らの一党に加わって行動を共にするという。
まだ未帰還の者たちが推定で数百人は残っている計算なのだが、時間的にこの辺りが限界だろうか?
ストレスが溜まっているようで彼らの要求が際限なくなってきている。正直言えば邪魔なので、そろそろ師匠にお願いして【次元門】で送り返してもらうか。
師匠に稽古がてらがそのあたりの相談をしようと上甲板へとあがると既に先客がいた。健司と巽と九重であった。
ただ三人とも大の字になって転がっており息も絶え絶えであった。少し離れたところに師匠が立っているので恐らくは模擬戦でボコボコにされたのだろう。
「師匠、僕にも模擬戦いいですか?」
「構わないぞ。……そうだ、たまには違う戦闘スタイルで応じてやろう」
そう答えると師匠は魔法の鞄から片手用の木剣と握小盾を取り出した。
僕も練習用の木剣を取り出し正眼に構える。対して師匠は左手に握小盾を握りまっすぐに伸ばし左足を半歩前におく、所謂左半身の構えをとっている。
始まりの合図はない。日本帝国人の僕の印象だと盾と言えば、腕に固定して攻撃を受止めるという印象があるだけに、直径7.5サルトほどの盾を握るというのは果たしてどれほどの意味があるのだろう――。
すみません馬鹿にしてました。
左半身の構えで更に左腕を突き出すようにされると想定以上に間合いがある。少なくとも盾を掻い潜らなければ攻撃は当たらない。
ところがこの握小盾が癖モノで半球型に膨らんだ曲面で打撃を受流しされてしまう。攻撃を往なされバランスを崩してしまうと瞬く間に師匠の右の刺突が襲い掛かる。
また突き出された握小盾によって視界が塞がり師匠の右手の挙動が分かりづらく、少しでも気を抜くと容赦なく刺突が襲い掛かる。
頑張って【疾脚】で握小盾を掻い潜り間合いを一気に詰めようとすれば盾打撃でボコられる。
小さな盾だと侮っていたけど、寧ろ大きな盾を構えられるよりもやりにくい。
今まで対峙した事のない戦闘スタイルに完全に翻弄され二限と持たずに体力を使い切り上甲板に大の字に転がる事になった。
「ここ暫くサボっているようだったから鈍ったか?」
そう言って傍まで寄ってきて僕を見下ろす。この師匠、叱るという事はない。叱ったところで技術が伸びるわけでもないし、叱られる方も叱られることを恐れて委縮するデメリットしかないのである。
ただし中級者以上にはダメ出しの嵐である。殆ど褒めない。初級者にはやる気の継続を促すためにダメ出しはせずに良い面をとにかく褒める。
そしてダメ出ししても師匠は答えは教えてくれない。安易に答えを教えてしまうと、その場では理解した気になるのだが、いざそれが必要なときに教えられたことが思い浮かばないなんてよくある事だ。身についてないのである。
試行錯誤した末に身に付いた技術だけが本物であるというのが師匠の意見だ。とはいえ一から十まで全部自分で考えろというほど薄情でもない。
この後、僕らは師匠から座学でヒントを貰う。後は考えて自主練である。
八の刻頃には一段落した時にそれは起こった。
「――、ふざけるな!」
そう叫んだのは最年長者の狭山であった。よく見れば彼の足元にはひとりの男子が蹲るように倒れており狭山は怒りで頭に血が上っているのか顔を真っ赤にし蹲る男子に何度も踏みつけを繰り返す。
いったい何があったのだろうかと更に観察すると、周囲に木札が床に散乱している。恐らく遊戯でのトラブルだろうが、溜まり溜まっているストレスが引き金だろうか?
まずは止めなければ。
「――、原因は何です?」
喚き散らして暴れる狭山を健司が引き倒し床に抑え込んだところで僕が状況を確認するために問いたのだ。
「あの人が札遊戯で負けが込んでて――」
同じように札遊戯に興じていた男子の説明によると、狭山がひとりだけ盛大に負けまくっていた。それだけならまだよかったのだが、狭山が自分で発案した罰ゲームを自分が受ける事となり、止めを刺した蹲る男子にいきなり殴りかかったという。
「その罰ゲームってなに?」
「それは……」
説明してくれた男子がそこまで言って口ごもりキョロキョロ周囲を窺う。そして何かを見つけて押し黙る。
なんか犯罪性の高い事なのか?
暫く沈黙が続く――。
さて、困ったと思っていると右袖がクイクイと引かれる。そちらに目線を移すと瑞穂が「耳を貸して」と囁いた。
頭を下げ瑞穂が耳打ちしてきた話は呆れるしかない内容であった。
「――馬鹿なの?」
思わずそう漏らしてしまった。
トータルで負けた者が、この中に居る女子、言い方が悪いが地霊族の様に恰幅の良い娘に夕飯時に結婚を申し込むという頭の悪い話であった。
最初は悪ノリで始めたのだろうと思うだが、狭山の態度からかなり強引に承諾させたのではないだろうか?
まさか自分が負けると思わなかったのだろうか?
馬鹿々々しくて考える事を放棄してしまいそうだ。
「瑞穂、狭山に【永久の眠り】かけて黙らせて」
「んっ」
短く返事すると詠唱に入る。
「眠りの精霊、お前の砂をアレの目に撒いて。【永久の眠り】」
魔法が完成すると狭山はあっさり抵抗を突き抜け効果を発揮し動かなくなった。
野次馬たちの解散を促し、蹲っていた男子に【軽癒】をかけ、「災難だったな」と声をかける。
「ご迷惑をおかけしました」
痛みが引いたであろうその男子は申し訳なさそうに会釈をすると足早に去っていった。
暇潰しの娯楽と言えば札遊戯か卓上遊戯くらいである。それも飽きてきているのだろう。そろそろ彼らを留めておくことに限界を感じていた。
「師匠、【次元門】ってそろそろ使えませんか?」
後ろで黙って成り行きを見ていた師匠に問うのであった。
「あまりお勧めできないが、確かにストレスが限界のようだな。リスクはあるが明日の夜にでも決行しよう」
彼らはここに来て客人として置いているが大所帯過ぎて部屋が足りず、狭い一部屋に三人ずつ押し込めている。食事も東方料理が多く彼らの口に微妙に合わないというもある。娯楽は僕らが暇潰し用にと買った富裕層向けの卓上遊戯や札遊戯くらいだが、それも流石に飽きてしまったのだろう。
瑞穂と健司を労い僕は付与魔術の件で師匠に相談があり夕飯を挟んで二刻ほど質問攻めにした。
結果は非常に有意義であった。
そして就寝。
「美優への誕生日プレゼントは無事に届いただろうか…………」
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