258話 それはお断りできない仕事ですね②
「これからは俺がお前たちの面倒を見てやるから大船に乗った気でいろ」
荒巻先輩はそう宣ったのだ。
「なんであんたが仕切るんだよ」
まず最初に文句を切り出したのは健司である。それに対して荒巻先輩は馬鹿にするような表情でこう返した。
「俺がこの中でもっとも経験豊富だからに決まっているだろ」
そんな事すら理解できないのかと表情に書いてあった。そしてこう続ける。
「頭の悪いお前らに分かるように説明してやる。俺はお前らより年配だしこっちの世界に来てからも様々な事を経験した。お前らには上位者を敬うという心が欠けてる!」
いや、これまでの彼の態度のどこに敬う要素があったのだろうか? まさか年齢が上だから無条件に敬えとか言う話だろうか? もっと年配ならそれなりに敬うがせいぜい二年程度の差でしかなく、狭い学校という社会でならいざ知れずこの世界では意味はないかな。
恐らく護衛業務で人を斬ったとかで気が大きくなっているのではないのだろうか? そしてその予想は当たっていた。
「俺は既にこの世界で既に三人斬った。碌な戦闘訓練も受けていないお前らじゃ真似できないだろ」
三人斬った……か。殺したとかじゃないんだ。 やっぱりそれで気が大きくなったのかぁ。出来れば穏便に済ませたいけど、どうやって片付けるかなぁ。
どうやって穏便に片づけるかと思案しているとあからさまな嘲笑とともに和花が「またまたぁ~冗談だとすればつまらないですし、本気なら正気を疑いますね」とそう告げたのだった。
「なっ――」
荒巻先輩は瞬時に顔を真っ赤にし勢いよく立ち上がる。何か言おうとしているのだが口をパクパクさせるのみである。恐らく感情の抑制が出来ていないのであろう。
和花を親の仇でも見るかのように睨むのである。
「やだぁ~、怖~い」
それに対して和花は明らかに馬鹿にするように怖がった振りをすると怒りが頂点に達したのか居間のテーブルを乗り越えて殴りかかってきた。沸点が低すぎる。
左腕でとっさに和花を抱き寄せつつ半歩下がり、打ち下ろす様に伸ばされた右腕を空いている右腕で往なす。
「発動。【昏倒の掌】」
重心がずれてバランスの崩れた荒巻先輩の無防備な左わき腹に右手を伸ばし触れた瞬間に略式魔術によって【昏倒の掌】を発動させる。
苦悶の声を上げそのまま昏倒した。
「瑞穂。起きると面倒だから【永久の眠り】かけておいて。健司は彼を空き部屋に放り込んでおいて」
二人にそう指示を出す。固まっていた四月一日さんと馬鹿さんには、「もう大丈夫だよ」と声をかけておく。
この後何も起こらず翌日となる。
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居間のソファーには競売で紹介されたウィンダリア王国の軍務大臣であるシュトレイム侯爵と十字路都市テントスの魔導機器組合支部長であるレオグラード氏である。やはり緊張する。
用件は依頼の件であるが、最初に話に出たのは契約内容の変更であった。陸上艦の試験項目の早期実行の打診と契約期間を短縮し、試験項目が全部終了し報告書をあげた時点で終了とするという内容であった。
試験項目が書かれた書類を受け取りさっと目を通す。
大きく分けると高地運用、雪上運用、海上運用の三項目になる。
高地と雪上は白竜山脈に向かえば熟せそうだが海上かぁ……。確か遺跡がどっかにあったな。遺跡に潜るついでに海上運用の項目を受けるのが一番かな?
報酬についても変更があった。
次に騎体の運用試験だ。こちらは出来れば人目が付きにくい場所で動かして欲しいという要望があった。現段階では人目に触れたくはないという事らしい。騎体の試験項目を記した書類を預かり目を通すと、予想通りの項目があって気が滅入るのであった。
いや、騎体で空を飛べと言われてもなぁ……。
数少ない救いは騎体は壊れても構わないとの事だ。ただし可能な限り脳核ユニットは回収して欲しいと言われた。
もっとも重要な機関が脳核ユニットなのでそれはそうだろうなと納得した。
取りあえずこちらの事情を掻い摘んで説明し、依頼の実行は秋の中月の後週あたりから実行したいと告げ了承を取り付ける。
さらに細かい話を詰め話し合いが終わった事には一刻半も経過していた。
帰っていくお偉いさんを見送ると緊張が解けたのかどっと疲れが押し寄せてきた……。
まだ陽は中天と言ったところではあるが、疲れたと言ってここで寝るわけにはいかない。時間は有限である。
和花と瑞穂相手に魔術の指導をしていた師匠を捕まえて【簡易的な魔法の工芸品作成】の研究での事で相談に乗って貰った。
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昨日は師匠のお陰で目当てのモノが完成した安堵から泥のように眠った。
そして冒険者組合へひとりでやってきた。目的は美優の誕生日に贈る魔法の工芸品の郵便業務の依頼である。それも特急で頼みたいので魔導速騎持ち限定となる。どうしても見つからない場合は魔導列車の切符代を支払う条件で誰か探さなければならない。
受付で手続きをし、報酬を預けて待合場で待っていると、冒険者組合の奥の扉から一人の少女が姿を現した。以前ぶつかった虹彩宝珠症の少女だ。
遠目に眼福眼福と眺めていると偶然か錯覚か一瞬だけ目が合った……ような気がした。
はにかむような笑みを浮かべ軽く頭を垂れる。周囲をざっと見まわすとどうやら僕に対してだと判ったのでこちらも軽く会釈しておく。
程なくして警護の厳つい男どもに囲まれて出ていってしまった。
「いったいどこのお嬢さんなんだろうなぁ」
「あの方は法の神の聖女にして真偽員ですよ」
思わずそう呟いてしまうと、たまたま僕を呼びにそばまで来ていた受付のお姉さんがそう答えてくれた。
「真偽員?」
「はい。恩恵と呼ばれる異能を持つ聖職者ですね。虹彩宝珠症はその証だと言われています」
彼女は方々から依頼を受け、虚偽を正確に見抜き法の神の裁きを下す苛烈な真偽員なのだと説明された。
そんな雰囲気は感じなかっただけに分からないものだな……。
「あ、それで依頼の方はどうでした?」
「そうでした。こちらが依頼を受けてくださる冒険者の――」
「銅銹等級のレオールだ。魔導速騎での郵便業務が専門だ」
そう言って日に焼けた褐色の肌の厳つい青年は認識票を掲げて見せる。
「依頼人の――」
「謹厳実直の高屋だろ。あんたはこの町じゃ有名だからな。そんなわけでよろしく」
僕は立ち上がり挨拶をしようと声を発すれば、それに被せるようにレオールが右手を差し出してきた。
「よろしく」
握手を交わし仕事の内容を説明する。
「闇の日までに間に合いそうかい?」
「よほどの事がなければ間に合うな」
荷物を渡しレオールが去っていくのを見送る。帰るかと思ったとき、受付のお姉さんが傍に居る事に気が付いた。
「あれ、まだ用事が?」
「はい。捜索業務で該当者が見つかったとの報告が入ってます」
まだ生き残りがいたかとホッとしてしまった。
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