256話 状況を整理する
慌ただしく月日が流れていき、気が付けば秋の前月の前週の初日である光の日になってしまった。
僕らが身請けしてきた馬鹿さんと和花たちが身請けしてきた四月一日さんはと言えば客分として過ごしてもらっている。元の世界に送り返そうにも【次元門】の魔術を使い正確に元の世界の魔術的座標軸を知る師匠と連絡が取れないから仕方なしだ。彼女たちも客人扱いにやや遠慮気味であったがやってもらう事が何もない。
一緒に奴隷として売られたと報告のあった八月一日さんと牛糞さんの行方は残念ながら分からない。冒険者組合の掲示板で情報提供を呼び掛けているが今のところ音沙汰なしである。
朗報と言えば金玉くんと禿くんの行方が分かった事だ。現在は冒険者として隊商の護衛業務に出ており戻ってきたら冒険者組合から連絡が来ることになっている。
瑞穂の兄である薫に関しては有力な貴族が後援者となっており、下手に身請けを行うと隼人の二の舞になりかねない状態であり手を拱いている。せめてもうちょっと社会的影響力があればと悔やまれる。
階段都市モボルグで別れた巽と九重だが、案の定と言うべきか同行していった左沢さん、風早さん、氷室さんは冒険者稼業に飽きたのか立ち寄った町で富裕層の男に見初められてのこのこ着いていってしまったと連絡があった。まぁ~荒事の多く不衛生な冒険者よりは富裕層の愛人の方がマシかな? もっとも若さを失った後にどういう末路が待っているかについては敢えて考えない事にする。
巽と九重の二人では迷宮都市ザルツでの生活は大変だろうと判断し魔導列車の乗車券を送り戻ってくるように連絡した。あと数日もすれば来るはずである。
日本に関しては調べて回ったが全く痕跡が見つからなかった。
新聞でかつて一緒に旅した地霊族のゲオルグが青の勇者とやらの従者をしており元気にやっているッぽい事が分かったのは朗報である。
遺跡で確保した携帯糧食の販売は大盛況であった。一回売り切るのは無理と判断し五回に分けたが連日行列であった。あれって正直言って保存性は高いけど結構嵩張るし重いしで携帯性はあまりないんだよね。
船員達は連日訓練漬けである。発注した魔導歩騎が届き専用の整備台の設置も終わった。僕らの騎体に関しても修復が完了した。ただ瑞穂が自爆させた魔導隠行騎の[イグニ・ザーム]の補充は流石に無理であった。
僕らはと言えば壊れつつある金銭感覚に大いに悩まされている。財力チートと化して金勘定がかなりどんぶり勘定になっている。経理担当が欲しいと考えていた。
団体事務所を設営して経理、営業、広報などの事務員、いや規模的に総務だろうかを雇おうか真剣に検討している。
和花と瑞穂は四月一日さんと馬鹿さんを伴って町へと買物に出かけている。健司は妓館通いだ。ハーンは船員に混じって訓練に明け暮れている。
そして僕はと言えば、自室でテーブルの上に置いた特注の額飾りを見つめて迷っている。
学術都市サンサーラで頑張っているであろう美優の誕生日が近いので何かを贈ろうと買ってきたのは良いのだが……。
「このまま贈るのは芸がないんだよねぇ……」
【簡易的な魔法の工芸品作成】の研究もかなり進んでいて良さそうな案がいくつか思いついている。最右有力候補は【清適】の魔術が自動で効果を発揮する魔術で完成すれば低中位の術者垂涎の品となる。
あとは研究用に作った雑多な魔法の工芸品は粗悪品級な品って事で市場に流してしまおうか検討している。【簡易的な魔法の工芸品作成】の魔術の困った事は知識の独占を行た結果、過去の文明崩壊の際にそれらの知識が失われてしまった事だ。とにかく試行錯誤である。そのうち研究報告書を魔術師組合に提出しようかと考えている。
待ち人が来たのは研究が一段落した夕刻であった。
「用件を聞こうか」
開口一番師匠はそう言って居間のソファーにドカリと腰を下ろす。
「実は――」
これまでの件を掻い摘んで師匠に説明した。
「【次元門】の件は構わないが、記憶はどうする?」
こちらでの生活が辛いなら記憶を消してから送り返すことも出来ると言っているのだ。
「それに関しては二人が戻り次第決めさせます」
「なら準備だけ済ませておこう」
「よろしくお願いします」
二人を送り返す話はそれで終わった。
次の話題だ。
「招かれざる客の掃除はあらかた終わった。それでだ……」
そう言うと師匠は一度言葉をきる。
「時空壁の修復状況は予想以上に早く恐らく秋の後月の前週には塞がると思う。そうなれば簡単に【次元門】は出来ないと思って欲しい」
「それまで所在の見つけられない人は元の世界に返せない訳ですね」
「そう考えてもらいたい」
規格外の師匠がそう言うのであれば恐らくそうなのであろう。そうなると残り二ヶ月でまだ残っている数百人の生死を確認しなければならないのか…………。
これは捜索業務をあちこちの依頼掲示板に出すしかないか。
「それとだ…………。来るぞ」
「何がです?」
「小鳥遊家とそれに阿る一族に先導された部隊がだ」
先方にも強力な魔術師が秘匿されており集団誘拐の報復部隊を用意している話は聞いていたが、軍の実働部隊は高屋家が実質握っていたはずじゃ…………。
「えっ、待ってください。では父は?」
「将成の奴は自宅に軟禁されている」
「無事なんですね」
「書斎で寛いでいたよ」
師匠の報告にホッと胸をなでおろす。袂を分かちもう会う事もないとは思うがそれでも自分の父である。
そうなると近いうちに戦車とかがこっちの世界で人を轢き殺したりするのか…………。
だけど戦力比的にどうなんだろう? その疑問を師匠にぶつけてみた。
「恐らく日本帝国防衛軍は返り討ちされるだろうな」
近代装備で完全武装されているとは言っても、相手は【聖戦】の奇跡によって完全支配下の老若男女が二五〇〇万人である。彼らは自爆する事すら恐れない狂信者だ。
近代装備は強力だが継戦能力はそこまで高いとは言えない。序盤は圧倒できるだろうが最終的には数の暴力で磨り潰されるだろうというのが師匠の見立てだ。
「止める方法は?」
「侵攻軍、というより【次元門】が開いた瞬間に最大火力を叩き込むか、術者を仕留めるのが一番だな」
少なくとも僕らでどうにかできる状況ではない事だけは分かる。師匠ならと思うが……。
恐らく師匠としては神聖プロレタリア帝国の狂信者と潰しあいをさせたいのだろう。師匠たちはこの世界の住人の争いには基本的には介入しない。それが超越者同士の規約だとか。だが神聖プロレタリア帝国の侵攻の重圧は止めがたいのも理解している。
神聖プロレタリア帝国の連中にとって自らが信じる神の徒以外は邪神に操られており殺す事こそが救いだと本気で思いこんでいる。黙っていれば東方は狂信者たちによって皆殺しの憂き目にあう。
東方が本格的に戦場になる前に美優を呼び戻す必要があるなぁ。
「まぁ~ここで暗い話をしていても仕方ない。良いモノを持ってきたからそれで気分を変えよう」
思案していた僕にそう語りかけ立ち上がる。
「艦内格納庫へ行こう」
そう言うとさっさと歩き出す。
また何か妙なモノを持ち込んだのだろうか?
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