幕間-15-3
「ハァ、ハァ…………」
私は運動場で大の字になって転がって晴れ渡る空を眺めている。
ここは賢者の学院と呼ばれる場所で幼いころから高い知性を示す若人を魔術師や賢者をに養成する学校である。
親同士と政府の血統操作案によって決められた婚約者に冒険者向きでないとダメだしされ、彼と彼の師匠の手によって私はここの学術都市サンサーラと呼ばれる場所で過ごし始めた。
婚約者は私にここで穏やかに過ごして欲しいと思っているようだけど――。
この学校は学校というより研究所に近い。やる事はただひたすら机に座って魔術書を写本し繰り返し詠唱し様々な知識を詰め込むだけだ。
学術試験などはあるが創作モノによくある戦闘訓練のようなものなどには全く縁がない。学生も殆どが線の細い子たちばかりだ。
そもそもこの世界では魔術師は戦闘職ではなくデスクワーク職なのだ。
「もうバテたのかね?」
そう言って覗き込んできたのは凡そ0.5サートは程の体躯の上半身裸のゴリマッチョな人であった。この人が私の魔術の先生であるアルス・マナ・フリューゲル高導師だ。
凡そ高位の魔術師に見えないが立派な魔術師である。更に無手の[金剛闘流]と根術の[雷迅棍術流]の達人で高位の魔戦技の使い手でもある。職業間違えてません?
「ハハハ、ミレイユは相変わらず貧弱だなぁ」
「そうだぞ、筋肉が圧倒的に足りてない」
「肉、喰ってるか?」
「魔術に必要なのは筋肉だぞ」
などと先生の後ろで口々にポージングを取りつつ囀るのは私の兄弟子たちである。フリューゲル高導師同様にゴリマッチョでどう見ても職業間違ってますよねって人たちだけど若くて優秀な魔術師で既に導師級の実力を持つという。
遠近で活躍できるとか冒険者として働けば引手数多であろう。
因みに私、花園美優は対外的には結社に誘拐され捜索願が出されている関係でここではミレイユと名乗っています。
ここに来て体力アップのために走り込みを続けている。この先生は半日は肉体の鍛錬に当てており魔術や学術の勉強はその後になるのである。
夕刻には疲れ果てており寮に戻れば倒れ伏すように朝まで寝てしまうのだ。
昼食後に小休止をし魔術の鍛錬が始まる。フリューゲル高導師の学級では呪句や呪印や術式以上に霊的器官の導管の拡張を重要視する。魔術の使用回数が格段に増えるからだ。
そして私は何故か正拳突きを繰り返している。正しくは【魔力撃】と呼ばれる初歩中の初歩の魔術を拳に乗せているのだ。
私がヴァルザス先生から教わった時は【魔力撃】は無詠唱の射撃魔術だと教わったのだけど……。
この筋肉教の狂信者たちにかかるとこうなるらしい。
他の教室ではこんな鍛錬は行っていない。
この鍛錬は万能素子の制御と導管の拡張を同時にこなす内容らしい。
これが済むと次の内容は魔術の座学なのだけど、内容は先生が課題を出し私たちがそれを解くという内容である。課題の内容は当人の知識量に合わせており私の場合は基礎しか知らないので、それを生かして次の段階の魔術を完成させよという内容である。
先生曰く他の教室の勉強法の様に詰込み教育では凡庸な魔術師しか育たない為だとの事だ。
悲しいかな記憶力の問題なのだろうか、多くの魔術を繰り出せるほど覚えきれないという。
その為か殆どの魔術師は呪文書片手に持って呪句を唱えるとの事だ。安全な場所で魔術を使うならそれでも問題ないと思う。
それが終わると様々な学問を学ぶ。変わった内容では宮廷での立ち振る舞いや社交術なども入る。魔術師は呪的資源を使い切ると役に立たないものが多いので、知識と知恵を身につけろというのが理由だと説明を受けたのだけれども、この先生と兄弟子を見るに疑わしい…………。
こんなスケジュールで平日に九日間過ごし闇の日は学校が休みなので自由時間となる。
先生や兄弟子たちは筋肉、筋肉なので休みでも鍛錬だそうだけど私には無理なのでお昼近くまで惰眠を貪っている。
軽く昼食を済ませ何をしようかと思いを馳せていると――。
「ミ、ミレイユさん。ぼ、僕らと街へ買い物へ行きませんか」
私の平穏を破ったのは同じくらいの年頃の男子生徒たちである。他の教室の人たちと交流もなく彼らが誰かすら分からない。
婚約者は割と頭の固いというか価値観が固定化されているのか、女は結婚して子供を産むのが幸せだと本気で思っている節がある。私をここに送り込んだ理由の一つでもある。冒険者だと出会いもなく行き遅れると後は悲惨な末路しかないので本人としては気を利かせたつもりなのだ。
別れ際に話した婚約者の意中の相手曰く、「早く戻ってきたら樹くんは責任取って貰ってくれるだろうから頑張ってね」と送り出してくれた。
武家育ちの私は、男は妻同士で仲良くシェアするのが余計な不和がなくて良いと教育されている。
婚約者との別れ際の感触から脈はあるかなと考えてはいる。
「――ミレイユさん?」
物思いに耽っていると先ほどの男子生徒に呼ばれていることに気が付いた。
「ごめんなさい。これから課題を熟さないとならないんです」
勿論口から出まかせである。
「そ、そうですか…………」
そう言ってすごすごと去っていった。押しが強くても迷惑だし助かるなぁ。女子とデートがしたいなら他にも一杯いると思うんだけどねぇ。なんで選りにもよって接点がほとんどない私なのだろうか?
トレイを戻し学生食堂を出ると部屋に戻らずに大図書館へと足を運ぶ。ここの蔵書量は一千万とも言われており一生かかっても読み切れないくらいあるので暇を潰すには最適な場所である。個室を借りれれば邪魔も入らない。
「すみません。個室は埋まってしまって……」
学術書を数冊借りて籠ろうとした目論見は潰えた…………。学術書を数冊も持って寮に戻るには重くて大変だし困った。
借りるのを諦め大図書館を出てブラブラと木陰を歩く。そう言えば秋の前月の前週に入ったのだったな~と思い出した。
「そろそろ誕生日かぁ」
正確な日にちは分からないのだけど、中週がこっちの世界で誕生日になるらしい。
もっとも誕生日を祝ってくれる人も居ない訳だけど。
特にやる事も思いつかなかったので寮に戻る事にした。
「へ? 荷物ですか……」
寮へ戻ると寮母さんから荷物を預かっていると言われ黙って受け取る。
「差出人は…………」
差出人の名を見た私は急いで部屋に戻った。
素早く施錠しテーブルに置いた小包を観察する。封蝋だけが施された木箱である。ところが持ち上げた際に見えた裏側に文字が書かれていた。筆跡から婚約者のものだ。しかも日本帝国語である。
私はそれを読み上げた。
「開封」
するとカチリという音共に勝手に蓋が開いていく。
「さて、中身は~っと……」
覗き込むと小さな小箱と封筒が入っていた。
封筒を取り出し封を切り便箋を取り出す。五枚も入っていた。
『少し早いけど誕生日おめでとう。元気でやっているだろうか?』
そんな出だしで始まった。
毎日へとへとですと返したい。
その後は近況が書かれており、かなり危なかったのが伝わってきた。最後まで読み進めた私はある決意をしたのであった。
因みに小箱の中身は額飾りであった。細い鎖は見る角度によって色が変わるようで確か地霊族の名工が加工する真銀だったはず? 額を飾る宝石は紫水晶に見える。
婚約者が単なる装身具を送るとは考えにくいので何か曰くがあるものか、または魔法の工芸品なのかもしれない。
残念ながら手紙には誕生日プレゼントとして贈るとしか書かれていない。
その日はそれを握りしめて眠りについた。
久しぶりに夢を見た。
次の章からタイトルを差し替えます。それに伴い序章を一部改変しますが内容的には大きく変わりません。
六章はプロット中の選択肢をどうするか練ってから投稿を始めます。結果がガラっと変わってしまうので。




