255話 後処理と新たな出会い
今回は長いです
2020-07-05 誤字修正
「まずは長い休みで鈍った身体を鍛え直そう」
僕の呟きにそうだなと頷きつつ健司は、「特に船員達はな」と付け加える。
確かにそうである。大金が舞い込み彼らもちょっと浮かれ過ぎだ。ただ、まぁ~休み返上して働いてくれたし咎める気は全くない。
僕らに関しては対人戦の訓練以上に冒険者としての勘が鈍っているような気がする。
「ま、とにかく掲示板見に行こうぜ」
健司に促され僕らは冒険者組合へと向かう。その際に船員達の様子を見れば自主的に訓練を始めていた。
感心しつつ彼らに外出を告げて都市部へと歩を進める。
「そうだ。冒険者組合で仕事を請け負ったら魔術師組合に魔法の武器を探しに行きたいのだけど……」
五人で街路を歩いて暫くして本来の目的とは別件の事を告げる。
「なら個人的に話もあるんで俺が付き合うよ」
そう健司が名乗り出た。なんとなく察しろと言わんばかりの圧を感じたのか、それとも個人的な話とやらに遠慮したのか出遅れた和花と瑞穂は別件で魔導機器組合へと向かうハーンの方に同伴する事になり途中で別れた。
街路を健司を先頭に二人でダラダラと歩く。個人的な用があると言ったものの今のところは無言だ。
言いにくい事なのだろうか? 先日は仕官話に心が揺れていたようだけど、一党を抜けたいという話だろうか?
そう思っていると突然身体を反転させると後ろ向きに歩きはじめる。
「樹さ、俺が眠らせられた間に小鳥遊らとなんかあった?」
そして放たれた健司の問いは僕の予想とは外れていた? それ個人的に聞きたい事なのか?
「なんで、そう思った?」
努めて冷静に返した。…………つもりだ。
「なんていうか…………小鳥遊との距離感? 上手く言えないが、前より互いが寄りあった感じがした。お前らって熟年夫婦かよってくらい自然に寄り添ってるのが周りに共通認識だったんだが、最近は何て言うか…………物理的というより、心の距離…………?」
どう言葉にしようかと悩み始めたようだ。
僕としては健司の意見を聞き、思わず「そうか?」と返した。自分の中ではそこまでの感覚はなかったのだが……。確かにあの日からかなり意識はするようになったのは認める。
「なら、俺の気のせいか…………。ところでよ、仕官の件はどうするよ?」
そうして何時もの如く唐突に話題を変えてきた。
「僕は断るよ。この世界は結構ハードモードだったけど、これからは軍資金チートでそれなり快適だろうからもうちょっと名声を稼ぎたい、と考えている」
お金だけ持っていてもすべてが自由にならないあたりがこの世界のハードモードなところだ。
「健司は――」
「そうか。俺も受ける気はないんだがな」
「昨日の思わせぶりな態度は何だよ!」
「あ~、あれは樹が小鳥遊と結婚フラグで冒険者稼業もこれで終わりかと思っただけだ」
僕が安定を求めて仕官し和花と添い遂げるフラグが立ったと感じたのか。
確かに元の世界に帰れるチャンスはあったのに戻らなかったのはそれが理由ではあるけど……。
「ま、仕官しないならまだ気楽な冒険者稼業を継続だな」
健司はそう言うとそのまま無言で踵を返すと再び前を向く。
珍しく本命の話題に入らないなと考えていると最初の目的地の冒険者組合に到着してしまった。
「――その様な事は前例がないので…………。一応、商人組合に許可を取ってからであれば掲示板を使う事は許可いたします」
僕らが冒険者組合へ来た目的は数千年間ほぼ劣化することなく保管されていた携帯糧食を一食一ガルドで提供したいので掲示板に告知したいという話だ。
それに対して冒険者組合の受付さんは路上販売に当たるので先に商人組合に臨時販売許可証を取ってこいというのであった。
商人組合は上の階なので、さっさと済ませよう。
「健司――」
「俺は依頼掲示板を見ているから。樹だけで行ってきてくれ」
こちらも見ずに手をひらひらさせると掲示板に向かって去っていく。薄情者め。
二階へ行くのに昇降機で上がるのもどうも年寄りクサいなと思い階段で行こうと踵を返し一歩踏み出した時だ。
ドンと柔らかいものに激突した。
「キャッ」
か細い悲鳴を上げて少女が倒れそうになるのを慌てて支える。
「すみません。考え事をしておりました。お怪我はないですか――」
思わず見入ってしまった。
癖のないこげ茶色の長い髪にきめの細かい色白の肌、容姿端麗と形容しても良いその少女の最も目についた特徴は――。
「虹彩宝珠症…………。あ、失礼しました」
その瞳は金と紫の宝石と見紛う極めて珍しい症例とは言え初対面の人間相手に口にする言葉ではなかった。
「お陰さまで怪我もありません。それと、慣れてますので…………」
鈴を鳴らしたような可憐な声音でそう口にした。慣れているから気にしていないと言いたいのだろうが礼を失したのは間違いない。
「いえ、礼を失したのは事実ですので謝罪いたします。お許しください」
なぜかこの少女がとても高貴な存在に感じ思わず普段使わない口調になってしまう。雰囲気とかは神々の偶像であったメフィリアさんに近い。例えるなメフィリアさんと和花を足して二で割った感じだ。
「もう――」
可憐な声音でそう口にしかけた時だ。
「離れろ下郎! 無礼であろう!」
そう叫びつつドスドスと近寄ってくる大柄の厳つい青年の右手は腰に下げて居る広刃の剣の柄へと伸びる。
支えたまま名も知らぬ少女を放り出すわけにもいかず躊躇していると。男は広刃の剣を抜き放ち斬りかかってきた。
こいつ正気か! 冒険者組合の受付広場で刃物沙汰とか気が狂ってるとしか思えない。
「ごめん」
僕は小声で名も知らぬ少女に詫びると不思議そうにする彼女を厳つい男の方へ軽く押す。
硬いものに命中する音と共に男が振り下ろした広刃の剣は僕の目と鼻の先で止まっていた。無詠唱の【防護圏】による障壁が受け止めたのだ。
「なっ、おぉぉ」
避けずに障壁で止めた事への驚きと、自分の方に倒れてきた守るべき少女を支える為に慌てて広刃の剣を放り投げる。
それを確認したのちに踵を返し階段へと向かう。謝罪はした。面倒ごとは御免だ。
特に追ってくる事もなく商人組合の受付係で手続きを済ませる。シュヴァインさんが事前に手配していてくれたようで団体名を出しただけですぐに書類を出してくれた。
受付係の若い女性は興味本位で携帯糧食の事を聞いてきたので、魔法の鞄から一つ取り出し、「お昼にでもどうぞ。他の方には内緒ですよ」と差し出す。それは大きさこそ違うが僕らの世界ではイージーオープン缶と呼ばれるモノである。ただし容積は500ml缶ほどあり、二個で一セットだ。
「そんな高いモノ頂けませんよぉ」
見た目と大きさで高いと踏んだようで手をぶんぶんと振る。
「あ、これは一ガルドで売りに出すので気になさらず」
「えっ? そうなんですか…………なら――」
受付さんはそう言うと一ガルドを僕に手渡してきた。仕事中にタダでモノを貰う事は規則で無理なのだそうだ。
許可証を貰ったので掲示板に告知するかと階下へと降りようかと考えた時、あの厳つい男と鉢合わせは嫌だなと思いつつ階段を降りると少女も厳つい男も居なかった。
ホッと一息つくとニヤニヤとしながら健司が寄ってきた。
「樹はトラブルホイホイか何かなのかね?」
「見ていたのかよ……」
「樹の実力ならそこらの奴じゃ敵わないだろ?」
肯定したいところだが、あの厳つい男はそれなりに技量が立つ人物と見受けたんだが、掲示板辺りから見ていた健司にはそれが分からなかったようだ。
冒険者組合の受付係さんに許可証を見せ告知を掲示板に貼る。
竜殺しという分不相応な二つ名のお陰で非常に僕らは目立つこともあり、僕がどんな依頼を出したのか気になって幾人かの冒険者が即座に掲示板に群がる。
質問攻めにされる前に逃げ出そう。
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「思ったんだけどさ、樹の武器にアレはどうなんよ?」
「アレ?」
「ほら、階段都市モボルグで買った赤い刃の打刀」
「あれかぁ……。確かにアレは良い打刀だけど、打刀は手入れがね……」
そう考えると打刀を常用する水鏡先輩はマメな人だよなぁ。
僕らがいま歩いている場所は表通りから外れた小規模な露店通りだ。ここには冒険者向けの様々な物品から魔法の工芸品までいろいろ陳列されている。
失った愛剣の代わりもそうだが、【自爆】用の魔法の武器の補充をしないとなぁ……。
いっその事、練習も兼ねて自分で【簡易的な魔法の工芸品作成】で作るか?
健司とぐだぐだと中身のない話をしつつ一限ほど歩いていると古びた炊事帳の奥に座る老婆と目が合った。その露店は人気がなく置いてある商品も非常に少ない。
だが一つだけ目を引くものがあった。
それは一振りの真っ白な飾り気のない長剣であった。だが目は引いたのだが片手用というところが迷うのだった。
「おばちゃん、これ幾らよ?」
僕が躊躇していると興味を持った健司が気を利かせたのか聞いてくれた。
「これは由緒ある武器でね、金貨五〇〇枚でいいよ」
そう言うときひひと厭らしい笑みを浮かべる。ハッキリ言って胡散臭い。まずこんな場所でこんな高額品を売るとかありえない。
「刀身を見ても?」
「ダメだね」
即答された。刀身から魔力のオーラが立ち上ればアタリと思ったんだが……。
この長剣なんだが妙に気になる。具体的に何がとは言えないモヤモヤとした感覚で僕の勘はここを去れと告げている。
「ちょっと高いので止めておくよ」
僕はそう言ってその露店を立ち去る。
「やっぱハズレ品か?」
ワンテンポ遅れて追いついた健司が早速聞いてきたが僕としては回答しにくい。
「性能は分からないけど嫌な予感がした」
「樹がそう言うならそうなんだろうな」
「ところで何時になったら本題を切り出してくれるんだ?」
再び健司と八半刻ほどブラブラ歩いてた後に僕はそう切り出した。
「もう目的地に着いたよ」
そこは貴族の邸宅といっても差し障りのない庭付きの一戸建てであった。門には警備の者と思しき全身甲冑を纏った二人が竿状武器である鉾槍を持って待機している。
「どういう事だ?」
説明を要求すると目で訴えかけるが、「入ればわかる」と懐から見覚えのある認識票のようなものを取り出し掲げると、門が開いていくのであった。
「おい、ここってもしかして妓館かよ。まさかとは思うが――」
健司に抗議すると途中で止められてしまう。
「まぁ、聞け。来るべき小鳥遊との夜戦の為の模擬戦として連れてきたわけじゃない」
夜戦とか模擬戦とか言うなよ…………。
「見せたい人がいる」
「所在が分からなかった学生がここに居るのか?」
「そうだ。だが、本命はそれじゃない。いいからついてこい」
そう言って手招きをするのであった。
玄関広場を抜け、応接談話室へと連れられる。僕だけ入館料として金貨一枚徴収される。
ここでは公娼たちが談笑していたり読書に興じていたりする。規約としてはここで目当ての公娼を指名するのだ。
「あいつ、わかるか?」
物色する振りをしていた健司が指差す女性は――。
「馬鹿さん?」
日本と一緒にこの世界に埒られいつの間にか行方が分からなくなっていた娘だ。確か二等市民の娘で編入組だったような記憶が…………。
「実はもう話は付けてある。帰還意志がある」
ここ数日帰ってこなかった理由はそう言う理由なのか? そう考えていると馬鹿さんが僕らに気が付き静かにそして洗練された動きで寄ってきた。
訓練が行き届いてるなと変な感心をしてしまった。
「皇先輩に、……高屋先輩ですね。お待ちしてました」
そう言って片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま挨拶をする。
「帰還意志があると言っても――」
僕がそう言い淀むと、「もう交渉は済んでいる」と言って手を差し出す。
訝しんでいると、お金出してと言ってきた。
あぁ……ここから連れ出すための身請け金の話か。
「いくらよ?」
「百枚」
金貨百枚、一〇万ガルドか。数えるのが面倒なので大金貨二枚を健司に渡す。
受け取るとすぐさま係りの者を呼び身請けの手続きを始める。僕はそれをぼんやりと眺めていた。
しかし僕らはそれなりに有名人となっていて明らかにこちらをチラチラとみている者が幾人かいる。
四半刻ほどで手続きも終わり解放された馬鹿さんがお礼を述べる。そしてここを出ていく為に私物を取りに部屋へと戻っていった。
僕らは彼女が戻ってくるまで待機である。
「本命はあの娘って事で良いの? 確かに和花とかを同伴させてくる様な場所ではないけど……」
「まだだよ。もうすぐわかる」
そうって押し黙る。妙に勿体ぶるな……。
そうして待つこと一限ちょっと過ぎた頃だろうか。ひとりの淑女が応接談話室へとやってきた。
「っ!」
その淑女を見た時ある人物が重なった。健司が言っていたのはコレか!
そう思って健司の方を見ると肯首する。
だがその淑女は僕の知る人物とどうしても合わない。僕の知る人物はそもそも男なのだ。
「間違いなく薫だ――」
経緯は分からないが去勢婦人として処置されたという。面会した健司の話によるとほとんど記憶はなく、夢という形で元の世界の記憶を見る事があったという。
「確かに薫は細身で美少女顔だったけど……」
性格はシスコンで苛烈だったはずだ。特に女性扱いされるとキレるのである。この瑞穂の二つ上の兄の存在をどうしたものか…………。
そうこうしているうちに下卑た笑みを浮かべる恰幅の良い人物が現れ、薫の腰に手を回すと奥へと消えていった。
「おい、――」
「ここで揉め事はまずい。今回は馬鹿ちゃんを連れ出すことで満足しよう」
詰問しようかと思った矢先に健司に制されてしまった。今回は諦めて馬鹿さんが戻ってくるのを待つ。
「お待たせしました」
程なくして正装婦人服から富裕層向けの平服に着替えた馬鹿さんがやってきた。手には大きなカバンを提げている。
「わたし、帰れるんですね……帰っても良いんですよね?」
涙ながらそう呟く。それに対して僕らは口々に「そうだよ」「大変だったね」などと慰めの言葉をかける。
やっぱこの世界はハードモードだわ…………。
ブックマーク登録、評価ありがとうございます。
やや微妙なキレですがここでこの章は終わります。
この後来週中に幕間-15を出した後に新章へと入ります。
引き続きご愛顧のほどよろしくお願いいたします。




