表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
270/678

255話 後処理と新たな出会い

今回は長いです


2020-07-05 誤字修正

「まずは長い休みで鈍った身体を鍛え直そう」

 僕の呟きにそうだなと頷きつつ健司(けんじ)は、「特に船員(セーラー)達はな」と付け加える。


 確かにそうである。大金が舞い込み彼らもちょっと浮かれ過ぎだ。ただ、まぁ~休み返上して働いてくれたし咎める気は全くない。


 僕らに関しては対人戦の訓練以上に冒険者(エーベンターリア)としての勘が鈍っているような気がする。


「ま、とにかく掲示板(ボード)見に行こうぜ」

 健司(けんじ)に促され僕らは冒険者組合エーベンターリアギルドへと向かう。その際に船員(セーラー)達の様子を見れば自主的に訓練を始めていた。


 感心しつつ彼らに外出を告げて都市部へと歩を進める。


「そうだ。冒険者組合エーベンターリアギルドで仕事を請け負ったら魔術師組合(メイジギルド)魔法の武器(マージナル)を探しに行きたいのだけど……」

 五人で街路を歩いて暫くして本来の目的とは別件の事を告げる。

「なら個人的に話もあるんで俺が付き合うよ」

 そう健司(けんじ)が名乗り出た。なんとなく察しろと言わんばかりの圧を感じたのか、それとも個人的な話とやらに遠慮したのか出遅れた和花(のどか)瑞穂(みずほ)は別件で魔導機器組合(マギテックギルド)へと向かうハーンの方に同伴する事になり途中で別れた。



 街路を健司(けんじ)を先頭に二人でダラダラと歩く。個人的な用があると言ったものの今のところは無言だ。

 言いにくい事なのだろうか? 先日は仕官話に心が揺れていたようだけど、一党(パーティー)を抜けたいという話だろうか?


 そう思っていると突然身体を反転させると後ろ向きに歩きはじめる。

(いつき)さ、俺が眠らせられた間に小鳥遊(たかなし)らとなんかあった?」

 そして放たれた健司(けんじ)の問いは僕の予想とは外れていた? それ個人的に聞きたい事なのか?


「なんで、そう思った?」

 努めて冷静に返した。…………つもりだ。


「なんていうか…………小鳥遊(たかなし)との距離感? 上手く言えないが、前より互いが寄りあった感じがした。お前らって熟年夫婦かよってくらい自然に寄り添ってるのが周りに共通認識だったんだが、最近は何て言うか…………物理的というより、心の距離…………?」

 どう言葉にしようかと悩み始めたようだ。


 僕としては健司(けんじ)の意見を聞き、思わず「そうか?」と返した。自分の中ではそこまでの感覚はなかったのだが……。確かにあの日からかなり意識はするようになったのは認める。


「なら、俺の気のせいか…………。ところでよ、仕官の件はどうするよ?」

 そうして何時もの如く唐突に話題を変えてきた。

「僕は断るよ。この世界は結構ハードモードだったけど、これからは軍資金チートでそれなり快適だろうからもうちょっと名声を稼ぎたい、と考えている」

 お金だけ持っていてもすべてが自由にならないあたりがこの世界のハードモードなところだ。

健司(けんじ)は――」

「そうか。俺も受ける気はないんだがな」

「昨日の思わせぶりな態度は何だよ!」

「あ~、あれは(いつき)小鳥遊(たかなし)と結婚フラグで冒険者(エーベンターリア)稼業もこれで終わりかと思っただけだ」

 僕が安定を求めて仕官し和花(のどか)と添い遂げるフラグが立ったと感じたのか。

 確かに元の世界に帰れるチャンスはあったのに戻らなかったのはそれが理由ではあるけど……。


「ま、仕官しないならまだ気楽な冒険者(エーベンターリア)稼業を継続だな」

 健司(けんじ)はそう言うとそのまま無言で踵を返すと再び前を向く。


 珍しく本命の話題に入らないなと考えていると最初の目的地の冒険者組合エーベンターリアギルドに到着してしまった。



「――その様な事は前例がないので…………。一応、商人組合(マークアンテギルド)に許可を取ってからであれば掲示板(ボード)を使う事は許可いたします」


 僕らが冒険者組合エーベンターリアギルドへ来た目的は数千年間ほぼ劣化することなく保管されていた携帯糧食(レーション)を一食一ガルドで提供したいので掲示板(ボード)に告知したいという話だ。


 それに対して冒険者組合エーベンターリアギルドの受付さんは路上販売に当たるので先に商人組合(マークアンテギルド)に臨時販売許可証を取ってこいというのであった。


 商人組合(マークアンテギルド)は上の(フロアー)なので、さっさと済ませよう。

健司(けんじ)――」

「俺は依頼掲示板(リクエストボード)を見ているから。(いつき)だけで行ってきてくれ」

 こちらも見ずに手をひらひらさせると掲示板(ボード)に向かって去っていく。薄情者め。


 二階へ行くのに昇降機(エレベーター)で上がるのもどうも年寄りクサいなと思い階段で行こうと踵を返し一歩踏み出した時だ。


 ドンと柔らかいものに激突した。

「キャッ」

 か細い悲鳴を上げて少女が倒れそうになるのを慌てて支える。

「すみません。考え事をしておりました。お怪我はないですか――」

 思わず見入ってしまった。

 癖のないこげ茶色の長い髪にきめの細かい色白の肌、容姿端麗と形容しても良いその少女の最も目についた特徴は――。


虹彩宝珠症(ヘテロクロミア)…………。あ、失礼しました」

 その瞳は金と紫の宝石と見紛う極めて珍しい症例とは言え初対面の人間相手に口にする言葉ではなかった。


「お陰さまで怪我もありません。それと、慣れてますので…………」

 鈴を鳴らしたような可憐な声音でそう口にした。慣れているから気にしていないと言いたいのだろうが礼を失したのは間違いない。


「いえ、礼を失したのは事実ですので謝罪いたします。お許しください」

 なぜかこの少女がとても高貴な存在に感じ思わず普段使わない口調になってしまう。雰囲気とかは神々の偶像アイドルであったメフィリアさんに近い。例えるなメフィリアさんと和花(のどか)を足して二で割った感じだ。


「もう――」

 可憐な声音でそう口にしかけた時だ。


「離れろ下郎! 無礼であろう!」

 そう叫びつつドスドスと近寄ってくる大柄の厳つい青年の右手は腰に下げて居る広刃の剣(ブロードソード)の柄へと伸びる。


 支えたまま名も知らぬ少女を放り出すわけにもいかず躊躇していると。男は広刃の剣(ブロードソード)を抜き放ち斬りかかってきた。


 こいつ正気か! 冒険者組合エーベンターリアギルド受付広場レセプション・スクェアで刃物沙汰とか気が狂ってるとしか思えない。


「ごめん」

 僕は小声で名も知らぬ少女に詫びると不思議そうにする彼女を厳つい男の方へ軽く押す。


 硬いものに命中する音と共に男が振り下ろした広刃の剣(ブロードソード)は僕の目と鼻の先で止まっていた。無詠唱(テルガン)の【防護圏(ボーン・スフィア)】による障壁が受け止めたのだ。


「なっ、おぉぉ」

 避けずに障壁で止めた事への驚きと、自分の方に倒れてきた守るべき少女を支える為に慌てて広刃の剣(ブロードソード)を放り投げる。


 それを確認したのちに踵を返し階段へと向かう。謝罪はした。面倒ごとは御免だ。


 特に追ってくる事もなく商人組合(マークアンテギルド)受付係(レセプショニスト)で手続きを済ませる。シュヴァインさんが事前に手配していてくれたようで団体(クラン)名を出しただけですぐに書類を出してくれた。


 受付係(レセプショニスト)の若い女性は興味本位で携帯糧食(レーション)の事を聞いてきたので、魔法の鞄(ホールディングバッグ)から一つ取り出し、「お昼にでもどうぞ。他の方には内緒ですよ」と差し出す。それは大きさこそ違うが僕らの世界ではイージーオープン缶と呼ばれるモノである。ただし容積は500ml缶ほどあり、二個で一セットだ。


「そんな高いモノ頂けませんよぉ」

 見た目と大きさで高いと踏んだようで手をぶんぶんと振る。

「あ、これは一ガルドで売りに出すので気になさらず」

「えっ? そうなんですか…………なら――」

 受付さんはそう言うと一ガルドを僕に手渡してきた。仕事中にタダでモノを貰う事は規則で無理なのだそうだ。


 許可証を貰ったので掲示板(ボード)に告知するかと階下へと降りようかと考えた時、あの厳つい男と鉢合わせは嫌だなと思いつつ階段を降りると少女も厳つい男も居なかった。


 ホッと一息つくとニヤニヤとしながら健司(けんじ)が寄ってきた。

(いつき)はトラブルホイホイか何かなのかね?」

「見ていたのかよ……」

(いつき)の実力ならそこらの奴じゃ敵わないだろ?」

 肯定したいところだが、あの厳つい男はそれなりに技量(うで)が立つ人物と見受けたんだが、掲示板(ボード)辺りから見ていた健司(けんじ)にはそれが分からなかったようだ。


 冒険者組合エーベンターリアギルド受付係(レセプショニスト)さんに許可証を見せ告知を掲示板(ボード)に貼る。


 竜殺し(ドラゴンスレイヤー)という分不相応な二つ名(異名)のお陰で非常に僕らは目立つこともあり、僕がどんな依頼を出したのか気になって幾人かの冒険者(エーベンターリア)が即座に掲示板(ボード)に群がる。


 質問攻めにされる前に逃げ出そう。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



「思ったんだけどさ、(いつき)の武器にアレはどうなんよ?」

「アレ?」

「ほら、階段都市モボルグで買った赤い刃の打刀(かたな)


「あれかぁ……。確かにアレは良い打刀(かたな)だけど、打刀(かたな)は手入れがね……」

 そう考えると打刀(かたな)を常用する水鏡(みかがみ)先輩はマメな人だよなぁ。


 僕らがいま歩いている場所は表通りから外れた小規模な露店通りだ。ここには冒険者(エーベンターリア)向けの様々な物品から魔法の工芸品(アーティファクト)までいろいろ陳列されている。


 失った愛剣の代わりもそうだが、【自爆ファイナル・ストライク】用の魔法の武器(マージナル)の補充をしないとなぁ……。

 いっその事、練習も兼ねて自分で【簡易的な(クリエイト・)魔法の(マイナー・)工芸品作成アーティファクト】で作るか?


 健司(けんじ)とぐだぐだと中身のない話をしつつ一限(五分)ほど歩いていると古びた炊事帳(タープ)の奥に座る老婆と目が合った。その露店は人気がなく置いてある商品も非常に少ない。


 だが一つだけ目を引くものがあった。


 それは一振りの真っ白な飾り気のない長剣(ロングソード)であった。だが目は引いたのだが片手用というところが迷うのだった。


「おばちゃん、これ幾らよ?」

 僕が躊躇していると興味を持った健司(けんじ)が気を利かせたのか聞いてくれた。


「これは由緒ある武器でね、金貨五〇〇枚でいいよ」

 そう言うときひひと厭らしい笑みを浮かべる。ハッキリ言って胡散臭い。まずこんな場所でこんな高額品を売るとかありえない。


「刀身を見ても?」

「ダメだね」

 即答された。刀身から魔力(マーナ)のオーラが立ち上ればアタリと思ったんだが……。


 この長剣(ロングソード)なんだが妙に気になる。具体的に何がとは言えないモヤモヤとした感覚で僕の勘はここを去れと告げている。


「ちょっと高いので止めておくよ」

 僕はそう言ってその露店を立ち去る。

「やっぱハズレ品か?」

 ワンテンポ遅れて追いついた健司(けんじ)が早速聞いてきたが僕としては回答しにくい。


「性能は分からないけど嫌な予感がした」

(いつき)がそう言うならそうなんだろうな」


「ところで何時になったら本題を切り出してくれるんだ?」

 再び健司(けんじ)八半刻(一五分)ほどブラブラ歩いてた後に僕はそう切り出した。


「もう目的地に着いたよ」


 そこは貴族の邸宅といっても差し障りのない庭付きの一戸建てであった。門には警備の者と思しき全身甲冑(フルプレートアーマー)を纏った二人が竿状武器(ポールアーム)である鉾槍(ハルバード)を持って待機している。


「どういう事だ?」

 説明を要求すると目で訴えかけるが、「入ればわかる」と懐から見覚えのある認識票(アーケナングスマーク)のようなものを取り出し掲げると、門が開いていくのであった。


「おい、ここってもしかして妓館(ブロセル)かよ。まさかとは思うが――」

 健司(けんじ)に抗議すると途中で止められてしまう。


「まぁ、聞け。来るべき小鳥遊(たかなし)との夜戦の為の模擬戦として連れてきたわけじゃない」


 夜戦とか模擬戦とか言うなよ…………。


「見せたい人がいる」

「所在が分からなかった学生がここに居るのか?」

「そうだ。だが、本命はそれじゃない。いいからついてこい」

 そう言って手招きをするのであった。


 玄関広場(ホール)を抜け、応接談話室(サロン)へと連れられる。僕だけ入館料として金貨一枚徴収される。

 ここでは公娼(トレド)たちが談笑していたり読書に興じていたりする。規約(ルール)としてはここで目当ての公娼(トレド)を指名するのだ。


「あいつ、わかるか?」

 物色する振りをしていた健司(けんじ)が指差す女性は――。


馬鹿(ましか)さん?」

 日本(ひのもと)と一緒にこの世界に埒られいつの間にか行方が分からなくなっていただ。確か二等市民(一般市民)で編入組だったような記憶が…………。


「実はもう話は付けてある。帰還意志がある」


 ここ数日帰ってこなかった理由はそう言う理由なのか? そう考えていると馬鹿(ましか)さんが僕らに気が付き静かにそして洗練された動きで寄ってきた。

 訓練が行き届いてるなと変な感心をしてしまった。


(すめらぎ)先輩に、……高屋(たかや)先輩ですね。お待ちしてました」

 そう言って片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま挨拶をする。


「帰還意志があると言っても――」

 僕がそう言い淀むと、「もう交渉は済んでいる」と言って手を差し出す。


 (いぶが)しんでいると、お金出してと言ってきた。

 あぁ……ここから連れ出すための身請け金の話か。


「いくらよ?」

「百枚」


 金貨百枚、一〇万ガルドか。数えるのが面倒なので大金貨二枚を健司(けんじ)に渡す。


 受け取るとすぐさま係りの者を呼び身請けの手続きを始める。僕はそれをぼんやりと眺めていた。


 しかし僕らはそれなりに有名人となっていて明らかにこちらをチラチラとみている者が幾人かいる。


 四半刻(三〇分)ほどで手続きも終わり解放された馬鹿(ましか)さんがお礼を述べる。そしてここを出ていく為に私物を取りに部屋へと戻っていった。


 僕らは彼女が戻ってくるまで待機である。


「本命はあのって事で良いの? 確かに和花(のどか)とかを同伴させてくる様な場所ではないけど……」


「まだだよ。もうすぐわかる」

 そうって押し黙る。妙に勿体ぶるな……。


 そうして待つこと一限(五分)ちょっと過ぎた頃だろうか。ひとりの淑女が応接談話室(サロン)へとやってきた。


「っ!」

 その淑女を見た時ある人物が重なった。健司(けんじ)が言っていたのはコレか!

 そう思って健司(けんじ)の方を見ると肯首する。


 だがその淑女は僕の知る人物とどうしても合わない。僕の知る人物はそもそも男なのだ。


「間違いなく(かおる)だ――」

 経緯は分からないが去勢婦人(ラーサズ)として処置されたという。面会した健司(けんじ)の話によるとほとんど記憶はなく、夢という形で元の世界の記憶を見る事があったという。


「確かに(かおる)は細身で美少女顔だったけど……」

 性格はシスコンで苛烈だったはずだ。特に女性扱いされるとキレるのである。この瑞穂(みずほ)の二つ上の兄の存在をどうしたものか…………。


 そうこうしているうちに下卑た笑みを浮かべる恰幅の良い人物が現れ、(かおる)の腰に手を回すと奥へと消えていった。


「おい、――」


「ここで揉め事はまずい。今回は馬鹿(ましか)ちゃんを連れ出すことで満足しよう」

 詰問しようかと思った矢先に健司(けんじ)に制されてしまった。今回は諦めて馬鹿(ましか)さんが戻ってくるのを待つ。


「お待たせしました」

 程なくして正装婦人服(フォーマルワンピース)から富裕層向けの平服に着替えた馬鹿(ましか)さんがやってきた。手には大きなカバンを提げている。


「わたし、帰れるんですね……帰っても良いんですよね?」

 涙ながらそう呟く。それに対して僕らは口々に「そうだよ」「大変だったね」などと慰めの言葉をかける。


 やっぱこの世界はハードモードだわ…………。


ブックマーク登録、評価ありがとうございます。

やや微妙なキレですがここでこの章は終わります。

この後来週中に幕間-15を出した後に新章へと入ります。


引き続きご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ