253話 売却、そして……①
「――そんな話になってたのかよ」
そう漏らしたのは妓館で遊び尽くしてきた健司である。因みにシュヴァインさんとのやり取りから三日後の話である。
「もう乗員全員に意見を聞いて回り残す物と売る物の選別も終えてるんだけど、健司は何かある?」
報告書をペラペラと捲りつつ健司は思案している。程なくして報告書をテーブルに放り投げると考えを口にした。
「正直言うと、誰も浪漫を追い求めてないんだな。ハーン辺りが巨人騎士は残せとか言いそうだと思ったんだが……」
「いや、結構迷ってはいたみたいだよ。ただ実利を優先したといった感じかな」
「なるほどね……。そういえば女中さんたちは装身具も取らなかったんだな」
「彼女たち若い娘は今風のデザインの装身具が良いらしくてね」
「何時如何なる時代でもそのあたりは一緒か……」
「そうだね」
もっともこれが貴族や商人の奥様になると貴重な太古の装身具って事で値が釣り上がるんだよねぇ。
「俺も特に異論はないんで、これでいこう」
健司からの了解も得たので後は二日後にシュヴァインさんが来るのを待つのみとなった。
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何事もなく二日が経過し約束の日――。
朝から工廠前の敷地には数多くの魔導客車や装飾馬車が止まっている。降りてくるのは着飾った人らとその警護の者だ。
どういう事だと思っていると息を切らせたシュヴァインさんがやって来て、「実はここで競売を開催します」と宣言したのだった。
流石に平服では失礼かと思い急いで戻って女中さんたちに手伝ってもらい身支度を整える。中原風の緑系の淡い色使いの正装紳士服に身を包む。白い飾り布の腕帯が巻かれる。意味を問うと「後でわかりますよ」と返された。ただし健司には巻かれていない。
一方で和花たちも飾り布をふんだんに用いた正装婦人服だ。近年の流行りの胸元が大きく開き肩が露出したデザインだ。和花は鎖骨のラインがセクシーなのだ。チラリと盗み見ると女中さんたちも察したのか胸に詰め物が入れられ普段よりボリュームがある。
瑞穂は幼い外見に合わせて露出は抑えめにしてある。最後に女中さんたちは示し合わせたかのように二人の腰に白い飾り布の腰帯を巻いて黄色い声をあげて去っていった。
そうしてあっという間に簡易会場が設営され招待客が用意された椅子に腰を下ろしていく。丸テーブルにそこそこ高価そうな椅子だが、こういう時ってテンプレの如く貴族の自分に相応しくないとか叫ぶ三下貴族が出るのかとワクワクしていたが期待は裏切られた。
事前に野外の簡易会場で行うと告知があったようだが、今回招待された貴族や商人は格式高く分別のある家柄の者がほとんどだという。
僕らも単に暇を持て余していたわけでもなく、準備中はシュヴァインさんに連れられて多くの有力者に紹介して貰い知己を得る事に成功した。どの有力者も若くて能力のある者を配下にする事に貪欲で断るのに苦労した。
しかし大物ばかりの中に身分を偽って参加している人物がいた。齢二五ほどの背の高くガタイの良い美青年だ。以前に新聞で見たことがある人物にそっくりなのだ。
「シュヴァインさん、あの方、もしかして…………」
こそっと尋ねると、「ここではコニグ・デア・ウィンチェスター子爵様です。いいですね」と答えるのだ。
その回答でどうやら本物だと認識できた。
彼の御仁は、ここウィンダリア王国の王太子であるケーニッヒ・スル・ウィンダリア王太子殿下だ。
偽名として使っているコニグとはケーニッヒの公用交易語の綴りを、そのまま中原語読みした場合コニグと発音するのだ。
僕らはシュヴァインさんの紹介でケー…………違う違う。ウィンチェスター子爵とも挨拶を交わした。
彼は僕や健司に対して「引退が決まったら是非とも俺に仕えないか?」と打診したきたのだ。恐らく社交辞令であろう。
その後も他の有力貴族などの挨拶が続く。士官の話はどの貴族から出た。いくつかの任官話を往なしていて気が付いたのだが、健司、ハーンは個別、僕だけが和花と瑞穂がセットという勧誘なのだ。
どーいう事かと訝しんでいるとシュヴァインさんが教えてくれたのだ。
「それは公の場で異性のパートナーと同じ飾り布を身に着けている場合は、結婚を前提にしている間柄を指すのですよ」
そう聞いて確かに貴族たちの目線は和花の顔を見てハッとし、腰の飾り布を見、次いで僕の腕の飾り布を見るとガックリとするのである。
そんな中で健司だけは仕官の話にやや気持ちが揺れていた。
正直健司は得難い人物だし本音は手放したくはないが、彼には彼の人生がある。
そして準備が整った。
仮設舞台に立つシュヴァインさんが競売の開始を告げる。拍手の後に最初の一品が仮設舞台に登場する。仮設舞台の後ろには大きな映像盤が据え付けられ後席の者にも見やすいように配慮されている。
最初の品は宝飾品からのようだ。金貨一枚から入札が始まり、あっという間に金貨五枚まで上がり落札された。
参加客の多くは本命は別のモノの為に宝飾品は数のわりに半刻ほどで落札が終わった。
ここで小休止が入り魔導機器の入札が始まる。こちらは数も多く一刻半にも及んだ。そしてタイミングよく六の刻の鐘がなる。
昼食休憩となる。各テーブルにコース料理が運ばれてくる。昼食後はいよいよ魔法の工芸品の入札が始まる。こちらは白熱した入札合戦が所々あり二刻ほど経過し気が付けば八の半刻であった。
この時間帯になると何組かのお客さんが帰り始める。恐らく目当ては魔法の工芸品だったのだろう。逆にここに残っている者たちはこの後の大物狙いといえる。
単品査定価格が金貨一〇〇枚以下の商品は終わった。残りは軍事関係品や高額な魔法の工芸品などだ。
競売制を用いたのが功を奏したのか金額は査定額を遥かに上回る結果であった。
次は土曜日に投稿出来ると、いいな……。




