248話 十字路都市テントス④
埒が明かないので一旦互いに冷静になろうと思い、日本の事は一旦忘れて居間に戻り魔術の勉強を再開する。多くの魔術は数千年単位で研究され無駄を削ぎ落され完成している状態だ。僕程度がどれほど頭を捻っても問題点が見つからない。
だが、新しく作られた魔術はまだ洗礼さに欠けるのか所々に粗が見受けられる。僕らの行っている魔術の勉強とはソレを洗い出して効率よく使えるようにする為のものだ。
そうして気が付くと夕刻になっていた。
日本が外に出ていったことは昼食時にハーンから聞いたのだが、どうやら戻ってきていないらしい。
「あ……」
「どうしたの?」
突然上げた声に和花が心配そうに見つめてくる。
「日本の防犯登録してないや……」
警護用に周辺をウロウロしている多脚戦車には日本を艦内要員としての登録はしていない。
マーサ様が帰った後にハーンが周辺警護に出した際には日本はまだ艦内に居たし、そもそも公用交易語も使えないどころか覚える気もなかった彼を外に出す予定もなかったのだ。
「返ってこれないね……」
大規模査定中で野盗対策で魔導機器組合も工廠周辺を警護している。日本皇国語以外では会話が成立しないどころか、艦内要員として警備の者らにも認識されていない以上は日本が戻ってこられる可能性は低い。
「ま、いいか……」
もやっとした気分のままその日は他事件もなく過ぎていった。
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そして五日が経過した――。
「――俺が寝てる間にそんな事になってたのかよ……」
爪先まで完全に再生されていたので【魔法解除】を行い健司を目覚めさせ、これまでの出来事を細かく説明しきった開口一番の台詞がそれだった。
「んで、この借りは返すのか?」
健司としては一発ぶん殴らないと納得は出来ないという態度だ。一応金品で一方的に和解を要求して来たんだけどね。
「冒険者組合の裏稼業専門だから会いたいと思って会える連中でもないし、その怒りは次に遭遇した時の為に取っておくといいよ」
「なら、それまでに技量を磨いておくとするか」
「そうだね」
前回の遭遇戦はアドリアン一行は全力で戦える状況ではなかったし、人を殺すのが楽しいと嬉々と語る水鏡先輩が和花を気絶だけで済ませたあたり、本気でぶつかれば僕らの方が分が悪いかもしれない。
「んで、話が変わるが日本はまだ戻ってこないのか?」
何時もの如く唐突に話題を変えてくる。実はあれから日本は戻ってきていない。警備の人にも問い合わせたが不審者は来なかったという。
「戻って来てない。あいつ金持ってない筈なんだよね……」
ただ、これまでも飲食に関しては恩恵である創造で済ませている筈なのでお金の問題は多分大丈夫だ。季節的にもまだ野外で寝ても風邪はひかないだろうし……。
「あいつ、実は一緒に転移してきた女子の誰かに惚れてたとか?」
健司がそう予想を口にするが、日本からはそんな雰囲気は感じられなかったんだよね。
「それで探しに行ったって事? いくらなんでも無謀じゃない?」
そう口にしたのはこれまで黙って聞いていた和花だ。
「それだけ惚れてたんだって」
妙に押してくるなと思っていたのだが、「めんどくせー」という呟きが
聞こえたのだ。健司は関わりたくないから放っておけと言いたいのだろう。なのでこう答える事にした。
「そうかもしれないね」
そう答え健司と目が合うと判ってるなとばかりに彼はニヤリとした。
「まぁ……二人がそう言うなら私は何も言わないけど……」
何やら違和感を覚えているようだが和花はそう言って押し黙った。
「ところでよ……お前ら、なんかあった?」
何時もの如く健司が唐突に話題を変えてきたと思ったら放ってきたのは爆弾だった。
「そ、そんな事ないと思うんだけど……具体的に何処が?」
横目でちらりと和花を見れば表情でバレるだろうと言わんばかりに頬を朱色に染めている。
「なんていうの……心の距離感?」
心の距離感?
距離感は心身ともに近かったと思うのだけど……。
「前はお互いを見ていたけど、硝子越しって感じだったんだが、今はそれが取り払われた感じ……と言ったらいいのか……すまん。上手く言い表せん」
健司はそう言って頭を掻くが、恐らく硝子越しとやらは僕の自制心の事だろう。
確かにあの日以来自制心が緩みつつある。和花と二人きりの時に物陰で幾度か無言で口づけを交わした。徐々にエスカレートしているのは自覚している。
そしていつもの如く空気に溶け込んだように気配を殺した瑞穂と目が合うまでがテンプレである。心なしか物欲しそうである。
「ところで、あの女はこれから神殿に放り込むんだろ?」
思案していると言いたい事だけ言った健司が再び話題を切り替えてきた。正直助かる。
「そんな邪険にしなくても……。皇の好みだと思ったのだけど?」
話題が変わり矛先が向かなくなった途端、和花はニヤニヤと笑みを浮かべそう問う。
「身体は確かに好みだったな。でも遊ぶには堅物っぽくて物足りねーし、顔。つーか目元がきつくてちょっとストライクゾーンから外れてるんだよなぁ」
「お堅いお嬢様を堕として自分色に染めようとか思わないの?」
「そーいうのはめんどくせー」
「ふ~ん……」
そこで会話が途切れてしまった。
「ま、冒険者組合に仕事の報告とかもあるし出かけよう」
「そうだな」
そう言って腰を浮かせたところで右袖をクイクイと引かれる。視線をそちらに移し目が合うと、「ダメ」と口にし首を大きく振る。
相変わらず言葉数が少ないがどうやら外出は控えるようにと言いたいようだ。何を以てダメなのか、根拠が見えないが瑞穂の勘はよく当たる。ここは大人しくするとしよう。
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「は? 自爆テロ?」
予定をキャンセルしアイリーンさんを魔導客車に放り込み健司と模擬戦で汗を流してその日は終了した。かなり鈍っていたとだけ付け加えておこう。
そして翌朝のこの報告である。
報告をしてくれたのは遊び歩いていた船員たちだ。自爆テロそのものには遭遇しなかったものの倒壊した建物などからの復旧作業を夜通し自主的に手伝っていたために報告が遅くなったのだ。
彼らに労いの言葉をかけ休むように指示し僕らは魔導客車で十字路都市テントスの大地母神の大神殿へと向かった。




