246話 十字路都市テントス②
ピナを預かりたいと言うサダラン師は預けた場合のメリットをピナに話していく。
同年代の子供たちが居る孤児院に在籍し交友を広げる事も出来るし悪い話には聞こえない。確かに僕にも留守番役件使用人は欲しいとは思っている。ただ冒険者稼業は非常に人間関係が狭くなりがちで特に女性は行き遅れる事が多い。こっちの世界は行き遅れは多額の持参金を持って結婚してくださいと頭を下げて頼みまわる事を考えると……。かといって生涯独身を選ぶならそれなりの社会的地位が必要になる。
ただピナにはまだ将来などの先行きを想像できないようだ。もしかしたら数年後に運命の相手とやらが現れるやも知れないが、それを夢見て行き遅れの地獄を見る可能性もあるのだ。
魂においてはヒトは平等かもしれないが物質界においては生まれや性別などは平等ではない。定められた路線から外れて生きていくには大きな力が必要だ。
僕らも定められた人生の路線を嫌いこの世界に残る事を選んだ。それ故に基盤造りに奔走している。楽ではない。
あ~っ!! やめだやめだ!
ハードモードの世界にどうもう後ろ向きな事ばかり考えてしまう。
「この娘の件にしては後回しにしましょう。当人も気持ちの整理が出来ていないようです」
僕はそう言ってこの話題を打ち切ることにした。もちろんピナを預けるという選択肢はない。
少なくてもピナはうちに馴染んでいるし周囲の女中ちゃんズは歳も近く楽しく働いている。成人するまでは後見人ポジでいるとしてその後は亜人族に偏見のない商人や貴族の使用人として雇ってもらう選択肢などいろいろある筈だ。
「そうですな。才能を片鱗を見てしまい性急に話を運んでしまいました。こちらこそ申し訳ない」
サダラン師がそう言って頭を垂れる。
「で、本命の件は貴方の隠されている右腕の件ですかね?」
バレていたか……。室内に入っても外套を脱いでないからね。それに注意深く観察するとそれとなくわかる。
「私を含めて三名になります。二名は【永久の眠り】で眠らせてあります」
「……なるほど、かなりの重傷のようですね――」
サダラン師そう言って口を閉ざし瞑目する。僕は左手で魔法の鞄から袋を取り出し応接机の上にわざとジャラリと音を立てて置く。
「これは細やかですが寄進になります」
勿論建前だ。
それが分かっているサダラン師も「あなた方に神の恩寵がありますように」などともっともらしい祝詞をあげる。
そして人を呼ぶと袋を渡し自らは書斎机へと向かい引き出しを開けると羊皮紙を取り出し何やら書き始める。
程なくして羊皮紙を丸め飾り紐で縛り封蝋をすると印を押す。
「これは大地母神の神殿の高司祭であるレテン師への紹介状です。ご希望に添えず大変申し訳ない」
そう言って再度頭を垂れる。
「いえ、ありがとうございます」
そういって書簡を受け取る。そーいやこの世界の上質紙は高級品だったな……。でも師匠と過ごした時間が長く羊皮紙を見る機会は殆どなかったんだよね……。
礼を述べ神殿を辞し一限ほど大地母神の敷地を歩いているとこれまで黙っていた和花が何か言いたそうにしているのに気が付いた。
「なに?」
「あと何人と面会する必要があるのかなって思ったの。さっきの寄進も結構入っていたんでしょ?」
「そうだね。金貨10枚かな」
「多くない?」
「金貨10枚で大神殿の高司祭殿へと渡りを繋げるなら安いもんだよ」
「それならいいんだけど……」
そう言いて顔を曇らせる。恐らく本当に言いたいことではないのだろう。言いにくいのだろうか?
「私がもっと魔術師として実力があれば……第七階梯の【再生】が使えていれば……」
「そんな事言い出したらキリがないよ。遠くないうちになんとかなるだろうし気にしない気にしない」
僕はそう言うと左隣りを歩く和花の頭をポンポンと軽く叩く。
そうしているとクイクイと引っ張られる。
「ん、何かあった?」
右隣の瑞穂へと向きそう尋ねると、「あっち」と正面を指さす。
「なんだろう……」
指先が指す方へと視線を向けると――。
「樹さん。お久しぶりです」
流れるように美しい金髪から僅かに覗く尖った耳、簡素な法衣を盛り上げる自己主張の激しい胸、整った容姿、迷宮都市ザルツで別れたはずのセシリーであった。
「君ら、どうして……」
君らと言ったようにもう一人顔見知りが隣りに居た。
「特別指名依頼でこっちに来ていてね。久しぶりだな」
そう言って僕の肩を叩く人物はマルエッセン伯爵の子息であり迷宮都市ザルツで一緒に戦ったシュトルムであった。
「積もる話もあるが、何か用事でもあったのかい?」
「実は――」
ざっくりと今回の来訪の件を話すことにした。
「――そうか……。ならツテを得る為に駆けまわっているという訳か」
そういうと隣のセシリーと目を合わせる。セシリーも心得たとばかりに笑みを浮かべる。
こ、こいつら……。出来てるのか?
いや、今はそういう事は置いておこう。
「樹さん。私たち、これからちょっとある方と面会するのですけどご一緒しませんか?」
「是非そうしろ」
「よく分からないけど分かったよ……」
そうして連れてこられた場所はというと――。
「こちらでお待ちください」
大地母神の大神殿の応接室であった。若い司祭が部屋を出ていくと早速問い詰める事にした。
だが僕の行動を予想していたのかシュトルムが機先を制して先に口を開いた。
「これから面会するのは最高司教のマーサ殿だ。高位の聖職者とのツテが欲しかったのだろう?」
そういってニヤニヤと笑みを浮かべる。そのニヤついた顔を殴るぞと思ったがここはご厚意に甘えとしよう。
「助かるよ。二人ともありがとう」
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半刻ほどで大神殿を辞し僕らは帰路へとつく。シュトルムたちとは連絡先を教えあい一度別れたのだ。彼らはまだ仕事の最中なのだ。
「紹介状無駄になっちゃったね」
「そうだね……まさかマーサ様があっさり出張サービスに応じてくれるとは思わなかったよ」
奇跡を願ってくれるばかりか移動が大変だろうとわざわざ自らが出向いてくれるというのだ。
この大神殿の最高権力者の行いに驚いていると、「毎日神殿の奥に押し込められてると腐ってしまいますからね」と相好を崩すのであった。
明日にでも朝から来てくれるとの事なので僕らは冒険者組合へと向かうのであった。
目的は師匠の呼び出しである。何処にいるかは分からないのだけど、団体へと連絡がいき、団体経由で師匠と連絡が取れるのだ。出来れば僕や健司の防具の件でも相談したいのでバルドさんも同伴して欲しい。
手続きが終わり師匠たちから連絡が取れたら冒険者組合から僕らの滞在場所へと使いが来ることになっている。もちろん無料ではないので手数料は支払った。
この十字路都市テントスは大きく、あちこち歩き回っていたら冒険者組合を出る頃には夕刻になろうとしていた。
「どうする? 個別契約馬車で帰る? それとも今日は泊っていく?」
「と、泊る……の?」
そう言うと和花が頬を染めてキョロキョロし始めた。いや、瑞穂もピナもいるんだが何故その反応になる。
あの朝以来、時折和花は挙動不審になる。逆に僕の方が冷静になってしまい可愛いなぁ……などと脳内でニヨニヨとしてしまう。
だがそれも直ぐに終わる。瑞穂が個別契約馬車を呼び止めたからだ。




