245話 十字路都市テントス①
あれから何事もなく数日が経過し十字路都市テントスに到着した。連絡を取った魔導機器組合の指示により船体を十字路都市テントスの北西部に位置する工廠へと向ける。
半刻ほどで虚無の砂漠の研究都市から曳航してきた船体と共に工廠内にある船渠に停泊させる。
大型収容箱や水槽を降ろして一段落したころには夕刻になっていた。
文字通り山の様な戦利品に魔導機器組合の査定士が固まっている。
「これ、査定にどれくらい時間かかりますかね?」
「……多いとは聞いていましたが、流石にこれは査定士総出でなければ無理ですね……ハハハ」
そういって査定士さんは乾いた笑いあげる。そりゃそうだよね……。
「長期滞在するんだけど二週間もあれば査定は終われそうです?」
暗に幾ら多いと言っても終わるよねと確認を取るとやや自信なさげに、「だ、大丈夫です」との回答を得た。
「では、よろしくお願いします」
そう告げて踵を返し船内に戻る。船員達を待たせているのだ。
艦内格納庫に集まる乗組員総勢五三名が整列して待っている。
「今回の仕事は危険も多く大変であったが、誰も損なうことなく無事に戻ってこれた。本日より各員に二週間の休暇と一時金を支給する」
そう告げた途端、若手の船員達が大はしゃぎをする。程なくして副長が一喝し大人しくなる。
大人しくなったところで一時金の入った袋を一人一人に手渡していく。船員達はその重みに驚きつつも嬉しさを表情に滲ませていた。
袋の中身は七千ガルドだ。ハッキリ言って破格どころか普通なら出し過ぎと怒られるレベルだ。
ただ街中で使うには金貨では困るので中身の大半は小銀貨と中銀貨と大銀貨だ。大きな買い物用に真鍮貨と合金貨も混ぜてある。
この世界では一日の生活費が極貧レベルなら10ガルド、二等市民レベルであれば20ガルドもあれば暮らせる。浮かれて毎日妓館にでも通わなければ十分に余る筈である。
全員に行き渡ったので副長の方を見ると、心得たとばかりに「解散!」と叫んだ。
副長の号令でそれぞれ仲の良い者同士が組みとなって艦尾ドック式格納庫から出ていく。
申し訳ないが艦長以下の上級船員達は僕らと一緒で艦内に残り留守番と査定の現場監督である。一応は必要なら休暇申請するようにとは伝えてある。
上級船員もそれぞれの部屋に戻り残されたのは和花、瑞穂、健司、ハーン、アンナ、ピナと僕である。
このうちアンナは女中少女たちと遊びにいくのだが、契約形態の違いもあり律儀に僕に断りを入れてから女中たちの後を追っていった。
さて、問題は垂れ犬耳の亜人族のピナだ。女中たちと同じ仕事をさせているが、立場が元孤児で職能奴隷な女中ちゃんたちと違い健司が留守番用に破格の値段で買い取った処分奴隷だ。主人移行の手続きで現在は僕の管理下にある。僕が命令しないとみんなと遊びにも行けない。
最年少のピナは女中ちゃんたちにはマスコットの様に可愛がられているが彼女には付き合ってもらいたい事がある。
本来は奴隷とか持ちたくないのだが、本人の希望もあって成人するまでは僕が後ろ盾という意味もあって契約をしている。
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翌朝になり僕、和花、瑞穂、ピナの四人は十字路都市テントスの街中を歩いている。片腕がないのが見えると人目を引くので外套を纏っている。
今日の目的は大地母神の大神殿へ従属神である草原の神の声を聴いたピナの処遇の相談と僕と健司の治療をするためのツテを得る為である。正直言うと位の低い人物に会い賄賂という名の寄進をして上位者を紹介して貰いつつ治療できる人に面会しなければならない。最低でも司教だ。
神殿も大規模組織になると俗人が多くなるから嫌だねぇ……。
この十字路都市テントスにある大神殿は始祖神、商業の神、大地母神の三神殿だ。他の宗派は規模がやや小さい。
ピナは奇跡が使えるので奴隷から解放して侍祭として神殿に預かって貰おうかと考えている。ただ本人の意思は確認していない。奴隷という立場では主人のいう事に否とは言えないからだ。
ただ安全な環境で社会的地位もあり聖職者と言うのは悪くないと思うのだ。亜人族という差別人種の少女がなんの後ろ盾もなしに生きていくにはこの世界は厳しい。
神殿は奇跡の使い手を一人でも欲しがっているし悪い話ではないと思うのだけど……。
そんな事を考えていると気が付けば大地母神の大神殿に到着した。
「流石に大神殿と言うだけあって大きいわね……」
石造りの巨大な建造物に和花は感動している。大地母神以下いく柱の従属神の神殿も兼ねているので敷地だけなら皇居東御苑くらいはある。
神殿以外にも宿舎や訓練設備なども併設されているからだ。
「まずは草原の神の神殿へ行こう」
「そうね」
まずはここでピナの件を相談したついでに大地母神の聖職者への紹介をお願いしようかと思っているのだ。
「ようこそ、草原の神の神殿へ。本日のご用件は?」
質素というか簡素な石造りの小さな神殿から出て、僕らを出迎えてくれたのは二十代の男性であった。身に纏っている法衣の質素さから恐らく侍祭あたりだろう。草原を意匠化した聖印が胸元で揺れている。
その侍祭の表情は、こんなマイナーな神殿になんの用だと言った感じだ。
「実は、こちらの娘が草原の神の声を聴き奇跡を発現させたので聖印が授けて欲しいのと――」
説明を終えると、「畏まりました」と慌てて奥へと引っ込んでいった。奇跡の使い手の数と信者数は比例していると言われ、弱小宗派はひとりでも多くの使い手を欲しがっているのだ。
「ごしゅじんさま、わたしはここに捨てられるのですか? お役に立てませんでしたか?」
何かを察したのかピナが涙目でそう訴えてきた。10歳児にこんな事言わせるとか僕はなんて鬼畜なんだろう。恐らく小難しい話をしても意味を理解できないだろう。
僕に出来る事は頭を撫で「違うよ」と言うくらいだ。
一限ほどして年老いた人物がやってきた。法衣の意匠から恐らくこの小さな神殿の責任者、高司祭ではないかと思う。
「私が責任者のサダランと申します。詳しいお話を聞きましょう。奥へ」
高司祭と思しきサダラン師の先導され礼拝堂を抜け応接室へと通される。
勧められるままにソファーに腰を降ろし、早速ピナとの出会いから今日に至るまでの事を掻い摘んで説明していく。時間にして八半刻ほどだろう。
黙って説明を聞き終えたサダラン師はピナに向き直りいくつか意味の分からない事を質問した。それを聞いたピナが僕に何かを窺うように見つめている事に気が付いた。
恐らく答えてもいいかという事だろう。無言で頷くとポツポツと意味の分からない、抽象的な事を言い始めた。たぶんだが奇跡を使える聖職者で通じる符丁のようなものなのだろう。
一限ほどの問答の後にサダラン師は会話を止め僕の方へと向き直ると開口一番に「うちで預からせてもらいたい」と告げるのであった。
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