244話 正直それは要らないのだけど……。
「やぁ。待ってたよ」
開かれた開閉扉の奥から姿を現したのは水鏡先輩であった。
咄嗟に右手を左腰へと――。
あ、右腕がないんだった。
更に愛用の片手半剣も失っていたのを思い出した。いや、習慣って怖い……。
水鏡先輩は僕の右腕にチラリと目線を移すが特に何かをいう訳でもなく代わりにこう口にした。
「彼らなら、もうここにはもう居ないよ」
「へ?」
思わず間抜けな声が出た。ではなんで水鏡先輩だけがここにいるのだ? そんな思いが表情に出たのだろう水鏡先輩はクククと低く笑いこう付け加えた。
「彼らは依頼主に必要なものを渡したので次の仕事に就いたのさ」
「それならなんで水鏡先輩がここにいるんです?」
「借り受けた平台型魔導騎士輸送機を君に返すための留守番だよ。こんな高価な品をそのままにしては誰かに持っていかれてしまうからね。そしてなぜここに止まっていたかと言えば十中八九ここを通ると思っていたからなんだが、正解したようでなによりだよ」
違うルートで帰還していたら手元に戻ってこなかったという事だろうか?
「もし違うルートで帰還していたら?」
「私はこれを動かす事は出来ないから、あと数日たっても来なければ捨てていったよ」
そう言って一旦口を閉ざすと、「無事に引き渡せて良かったよ」と呟くのだった。
なんにしても失ったと思っていたものが返ってきたのは嬉しいのだが……。
「なら上のアレはなんです?」
そうなのだ。荷台には魔導魔術騎や無人騎が駐騎したるのだ。あれも含めて価値があったのではないのか?
「中身は抜いて依頼人に渡したから残りは詫び賃だとさ。それなりに犠牲も出ただろう?」
そう言って一度口を閉ざし爆弾を投下した。
「なにせ、あの襲撃騒ぎは彼らが引き起こしたものだからね」
おい……人的被害は兎も角として金銭的被害はかなりのものだったんだが……。
やはり闇森霊族は信頼は出来ても信用してはならない……という事か。
いや、僕が信頼と信用をごっちゃに考えていたのが悪いって事だな。
「あと、それを拾ったんで預けておくよ」
水鏡先輩はそういうと居住区に転がる二つのモノを指し示す。
「広刃の剣……と、ん?」
そこに無造作に転がされていたのは豪華の装飾の施されていた抜き身の広刃の剣と、血に染まった包帯にくるまれたヒトらしきものだ。
ヒトらしきと評したのは頭と一部欠損した胴体、詳しくは左の脇腹の一部と右の乳房がない胴体……。そして四肢もない。これは死体なのだろうか?
だが腐敗臭などはしない。この時期ならすぐにでも腐り始めると思うんだが……。
失礼ながら顔を見ると…………見覚えのある人だ。そう、行方不明だったアイリーンさんであった。
「その破戒僧の女は蜘蛛型生命体に喰われていたところを通りかかったついでに拾って最低限の治療を施して眠らせた。……あとは、言わなくても通じるな?」
眠らせた、要するに【永久の眠り】をかけて死亡直前に留めてあるという事か……。彼らが助けるメリットはない筈だが……僕の客人だと判断して助けておくかくらいの考えだろうか?
取りあえず彼女の処遇は後回しにしよう。そう言えば水鏡先輩は今後はどうするのだろう?
「み――」
振り返ると水鏡先輩が居ない。慌てて外に出ると何処から出してきたのか魔導速騎に跨っているところだった。
「私への依頼は高屋にソレを渡すまでの警護だったのでもう行くよ」
水鏡先輩は言いたいことを言うと猛スピードで走り去ってしまった。
取りあえず、みんなが来るまで待つかぁ……。
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「……これはまた面倒なモノを押し付けられたものね」
ひとり寂しく待つこと半刻、ようやく魔導騎士輸送機が到着しハーン率いる船員達が危険物チェック作業を行う中で同行してきた和花が嫌そうに呟くのだった。
正直モノ扱いはどうかと思うのだけど、確かに面倒ごとを背負ったなとは思っていた。
彼女が破戒僧でなければ、このまま戦の神の神殿に預けてしまえば解決なのだが、こうなれば始末するか治療するかの二択になる。
始末する事に良心の呵責を覚える僕としては、結局のところ大枚叩いて治療するしか選択肢はないのかも……。和花もそれが分かっているから面倒なものと言うのだろう。
このまま梱包して実家に帰すという選択も一瞬考えたのだが、結局のところ実家の連中が始末するだけだ。直接手を掛けないだけの話で良心に言い訳しているだけだろう。
治療費を借金という形で返済させるにしても金額的に返済は無理っぽいだけに僕らとしては踏んだり蹴ったりだが……。
「そうは言っても、例の事件がなければ彼女がここにいる事はなかった訳だからねぇ……。責任の一貫を感じるんだよ」
「うん。その件はごめん……」
和花はそう言うとシュンとなるが、美優を救出したという結果を考えると責める事は出来ないかな。
「ま、大枚叩いて美優を助けたと思う事にしよう」
「……うん」
今頃は美優は学術都市サンサーラの学院で元気にやっているのだろうか……。
「樹さん。特に異常はなかったっすよ。あと上の奴の説明があるんで荷台に上がってもらえますか」
良いタイミングで危険物のチェックを済ませたハーンが顔を出す。僕らは平台型魔導騎士輸送機の積み込みを待った後に荷台へと上がる。
「まずはこれっす」
そう言ってハーンが指したのは20サルト四方ほどの収納箱だ。蓋は開けられており中には雑多なものが押し込んである。
「あとこれっす」
そう言ってハーンは上質な紙の封筒を差し出す。封蝋がされており見た感じでは勝手に中身を見たとかではないようだ。
封筒を受け取り中身が見たかったが片腕では流石に厳しいか……。
「ここで開けちゃう?」
開封するか思案していると和花が開けるから寄越せとばかりに手を差し出す。
「うん。お願い」
封を切ってもらい中身を返してもらう。上質紙の便箋一枚だ。そこには公用交易語で利用した事、問題なく依頼が完了した事への謝辞が書かれていた。追伸として収納箱の中身は建屋上階で見つけた魔法の工芸品であり迷惑料だと思って受け取ってもらいたいと綴られていた。
もしかして彼らは良い奴なのでは? などと一瞬思ったのだが……いやいやそれだと僕らチョロすぎだろ……。
「なんて書いてあったの?」
心配そうな声で和花が覗き込んでくる。僕は無言で便箋を和花に渡し、ハーンに説明の続きを促す。
「まず無人騎ですが、腹部装甲が無理やり切裂かれており中身が抜かれているっす」
ここで言う中身とは魔導魔術騎から遠隔操作で動かす目的の人型演算増幅装置の事だ。肥大化した頭部と退化した四肢をした人工生命体の事だ。
「魔導魔術騎の頭部開閉扉が開いており、こちらも人型演算増幅装置が抜かれてるっす。その関係で魔導魔術騎は指一本動かせないっすよ」
魔導魔術騎の頭部に納められている人型演算増幅装置の役割は騎体の脳核ユニットと無人騎の統合だ。
脳核ユニットのない騎体はOSのないPCと同じである。
「そうなると価値自体は……」
そう恐る恐る聞いたみた。
「研究用として買い取ってはくれると思うっす。ただ価値は相当落ちてますが……」
予想通りの回答が返ってきた。だが話には続きがあった。
「無人騎の脳核ユニットを移植すれば馴らしが必要っすけど運用は出来るっす」
最初ハーンが何を言っているのか理解出来なかったのだが、魔術師である僕や和花の専用機として運用してはどうかという事なのだ。
「それもアリかも知らないな……」
とは言え先ずは十字路都市テントスの工廠へ運び込んでからの話だ。




