235話 探索三日目⑥
遅くなってしまいました。
扉の大きさが人用の片開き扉だったこともあり、蜘蛛型生命体が入ってくる事はなかった。
ホッと一息つくも、この部屋は明かりの灯されていない。ただ部屋の中央に縦長の青白い光のようなものがぼんやりと見える。恐らく可視化出来るほど強力な魔力のオーラだ。それとは別にわずかだが腐敗臭がするようだ。
「この匂い……」
「なんだかわかるのか?」
「恐らくは劣化した生体部品の匂いじゃないっすかね?」
盗られた素体以上に劣化が進むと、確かこんな腐敗臭がするという事を講習で聞いていた事をハーンに言われて思いだした。
確認のために燃料角灯を取り出そうかと思ったが、この部屋の万能素子の量がかなり豊富に感じられたので階梯の低い魔術なら使えそうだと判断し呪句を唱え始める。
「綴る、八大、第一階梯、彩の位、光、白光、輝き、発動。【光源】」
呪句の詠唱の終わりとともに室内を魔法の白い光が照らす。
「なんだ、これ?」
室内中央に鎮座するソレを見てそう声を発したのはハーンであった。釣られて見てみると、確かに「なんだ、これ?」なのである。
僕らはてっきり万能素子転換炉のようなものがあると思っていたのだけど、実際にそこに鎮座していたものは金色に輝く豪奢な装飾を施された片手半剣を捧げ持つ中量級らしき魔導騎士であった。そして青白い魔力のオーラの正体は片手半剣の刀身から放たれていた。
残念だが【光源】の効果範囲内に壁や天井が見えないので恐らくは吹き抜け構造なのだろう。
「この時代に、魔導騎士があったのか…………」
この研究所が稼働していた時代は真語魔術至上主義の時代で武器は奴隷が使うものという考え方だったはずだ。武具扱いとは言え果たして奴隷にこれを与えるだろうか?
「これ、巨人騎士っすよ!」
鼻息荒くハーンが答える。
「その…………巨人騎士って何?」
「え、そりゃ――」
そうして熱く語りだしたハーンの蘊蓄をまとめると今から一万年ほど前のシュテラール文明と呼ばれた時代に建造された魔導騎士を当時は巨人騎士と呼んでいたのだそうだ。
革製の部材などは完全に劣化しており恐らくはそれなりに形状を保っていること自体が奇跡に近い。しかし肝心の動力炉はどこだろう?
「それがこの都市の動力炉だ」
そう言ったのは遅れてやってきたのは亡霊の魔術師さんだ。彼の白骨の指が指し示すのは中央に仁王立ちで立つ巨人騎士である。
蜘蛛型生命体の標的にされないから後からゆっくりと歩いてやってきたのだ。それに元々亡霊は霊的エネルギー? によって白骨死体を動かしているのだが強度はあまりなく飛んだり跳ねたりは出来ないのだそうだ。
「で、これをどうすればいいんです?」
ここまで来させたという事は何かをさせるためだと思うのだけど目的が見えない。
「まぁ~慌てなさんな。まずはこれを預かっていてくれ」
そういうと亡霊は長杖を僕に預け、入り口側の壁に据えられた操作卓へと向く。中央にそびえる巨人騎士に気を取られて気づきもしなかった。
白骨の指が操作卓に触れる。するとブツリブツリという音と共にケーブルらしきものが床に落ちる。
「危険なんで、お前さんらはアレの操縦槽に入ってなさい」
こちらに振り向くことなく操作卓を操作し続ける。
気にはなったものの言われた通りにする事にした。ここまで来て僕らを罠に嵌めるとは考えにくいからだ。
先ずは身の軽い瑞穂を……と彼女を見るとこちらの視線に気づいたのか僅かに頬を染めもじもじとしだした。スカート短いし最後でいいか……。
先ずはハーンに登らせることにした。
ハーンは嬉々として装甲の凹凸を利用して胴体部まで登っていき周囲を調べ始める。整備を生業とする魔導機器技師にとってこの程度の登攀は出来て当然のレベルだ。
「お、あった、あった」
嬉しそうに開閉取手を操作する。プシュッと空気の抜ける音と共に開閉扉が上下に割れるように開く。恐らくは空気圧式扉だったのだろう。
「おぉ……」
操縦槽を覗き込んだハーンが感嘆の声をあげる。放っておくとキリがないので僕も登り始める。
「何かあったのか?」
登り終え狭い下段の開閉扉に足を掛けつつ操縦槽を覗き込むと座席に腰掛け情報盤に目を走らせていた。
「樹さん、これまだ生きてるっすよ!」
ひと通り騎体情報を確認したハーンはようやく僕の存在に気が付き興奮気味にそんな事を口走った。
そうかと返して改めて操縦槽を見ると……。
「なんだこれ? 僕の目の錯覚かな?」
まずは疑問を口にしてみた。胴体の大きさと操縦槽のサイズが合わないのだ。
明らかに操縦槽が広い。通常の中量級の魔導騎士であれば成人男子一人と幾ばくかの荷物が収まるのがやっとだ。
「よくぞ聞いてくれました! 実は――」
嬉々として蘊蓄を語り始めようとしたタイミングで突然浮遊感に襲われた。
外を見れば騎体を中心に半径2サートの床が上へとせり上がっているのだ。
「ちょっ、どういう事だ!」
外に居る亡霊に向かい抗議の声をあげると亡霊はコチラを見てこういった。
「ソレを誰にも手の届かないところに捨てるか、もしくは守って欲しい」
「どういう事だ!」
だが亡霊は僕の質問には答える気がないようで更にこう続けた。
「ここは間もなく崩壊する。この都市機能を君らの様な蛮族の末裔共に使わせるわけにはいかんのだ……」
騎体はゆっくりとだが上昇していく。そして亡霊は妄執が晴れたのか言うだけ言うと崩れるように崩壊していった。
なかなか失礼な事を言ってくれるな……。
天井が開いていくようで光が差し込んでくるのが見えた。もしかしたらここは部屋というより搬出口を無理やり動力炉にしたのではないだろうか?
だがそんなことは今はどうでもいい。開いていく扉の隙間から蜘蛛型生命体がこちらを観察しているのだ。僕と瑞穂は急いで操縦槽の中に入る。少しきついが暫くの我慢だ。
「ハーン、開閉扉を閉めろ!」
「それが、閉まらないんですよ!」
必死に開閉用取手を操作しているが一向に閉まる気配がない。餌である僕らを見逃すほど蜘蛛型生命体達も甘くはない。騎体の半分ほどが外に出た途端兵隊型が飛びかかってきた。
胴体に取り付き大顎を操縦槽へと突っ込もうとする兵隊型に瑞穂が素早く魔法の短剣を突き刺し「爆ぜろ」と命令語を唱える。
【自爆】の魔術が発動し兵隊型蜘蛛型生命体の頭胸部を吹き飛ばす。
床の上昇が止まる。地上にあがったのだ。ここは研究所の北東部に位置するようだ。周囲を兵隊型蜘蛛型生命体が数えるのも嫌になるほどいる。
「ハーン、開閉扉は?」
「ダメっす!」
ハーンの返事は悲鳴に近い。
「来た」
こんな状況でも瑞穂の冷静な口調はある意味ありがたい。
餌を求めて我先にと襲い来る蜘蛛型生命体たち。
「回避!」
周囲に逃げる場所はなく焦ったハーンは本能的に操踏桿を踏み込んだ。
騎士の思考を汲み取って騎体がおもいっきり跳躍する。
その凄まじい跳躍で僕は意識を失いかけた。凄まじい重力加速度によって全身の血液が足元へ持っていかれそうな感覚、視界が狭まり真っ黒になる。ブラックアウトだ。
歯を食いしばりギリギリのところで意識を繋ぎ止め外を見ると――。
空と砂しか見えなかった。
下を見れば遥か下に研究所の建屋が見える。恐らく一瞬で30サートは跳躍したのだろう。
「は?」
現在の魔導騎士、それも軽量級でも3サートも飛べば凄いと言われるレベルだ。地表がみるみる迫っていく。真上ではなくやや前方に跳躍したようで研究所を飛び越え最初の僕らが侵入した辺りに着地しそうだ。騎体は手足を振り着地姿勢を取る。
広場に着地、衝撃で土瀝青が周囲に飛び散り建屋の壁を破壊する。
起き上がろうとしたときだ。ブチリと嫌な音がした。
ゆらりと崩れるように前へと倒れていく。このまま前のめりに倒れると出られなくなる。
「ハーン!」
振り返ると操縦している筈のハーンは気を失っており座席から崩れ落ちそうになっていた。
騎体に意思があるかのように勝手に腕を突き出し転倒による操縦槽が塞がれるのだけは回避した。
だが衝撃で僕と瑞穂は操縦槽から放り出される。転がるように受身を取り衝撃を逃がしそのままの勢いで起き上がった僕の視界に飛び込んだのは――。
城塞型の巨大な前肢で殴られ開閉扉が大きく拉げ倒れる健司の騎体[ウル・ラクナ]だった。




