233話 探索三日目④
2020-05-13 ルビの失敗を修正
あれから半刻ほどひたすら金てこで扉をこじ開けては室内を物色するという事を繰り返していた。ただ……成果の出ない作業に三人とも著しく集中力を欠いていた。
「ここで最後かぁ……」
今度こそという気持ちと、ここもはずれだろうという気持ちが交差するが、ここまで来たのだからさっさと作業を済ませてしまおうと金てこで扉をこじ開ける。
その部屋はこれまで物色した部屋とはあきらかに異なっていた。便所、簡易台所、風呂場の他は全てが何らかの専攻を持つ魔術師の書斎だった。
部屋の大きさも精々が個人の書斎かといった感じの部屋で大きさも20スクーナほどで、本棚と来賓用の応接セットと書斎机のセットがあり、ボロボロに劣化した研究報告書やら資料などが散乱していた。
だが、この部屋に限ればまず受付広場が存在するのだ。
「流石に罠もないだろうし奥を見てみよう」
そう言うと手信号で”入れ”と指示を出し燃料角灯を掲げて部屋全体を照らす。素早く瑞穂が奥の扉を調べ始める。
「この部屋はここの責任者とかですかね?」
「恐らくはそうだろうね」
「そろそろ当たりだと良いんですけどね」
「だよな」
そんな話をハーンとしていると、「開いた」と言う瑞穂の声に話を打ち切り扉の前に移動する。
だが開けようとする僕を瑞穂が遮り先に開けてしまう。
その部屋にはこれまでなかったものがあった。
それは、ボロ布のようになっている長衣を纏った白骨死体である。調べようと部屋に足を踏み入れようとすると瑞穂が手信号で”止まれ”と出すと、白骨死体を凝視する。
「何かあった?」と小声で問うと、「負の生命の精霊がいる……」と答えるのであった。
負の生命の精霊という事はあの白骨死体は骸骨かと思ったのだが、それなら瑞穂がこんなに警戒するわけがない。
他に不浄の存在で……。
「そこに居るのは誰だ?」
やや抑揚が異なるが下位古代語でそう問うのは、のろのろと起き上がるボロ布の様な長衣を纏った白骨死体だった。
そうか……亡霊か。
コイツは死体に怨念が残り動く怨霊と呼ばれる不浄の存在だ。亡霊と呼ばれるものは肉体に憑依している状態を指す。肉体を失った強い怨念を死霊と呼び分かりにくい。
「僕らは――」
「待て」
慌てて公用交易語で自己紹介しようとすると亡霊に止められてしまう。
「綴る。拡大。第四階梯。感の位。脳核。機能。拡張。理解。会話。共感。発動。【通訳】」
そして呪句を唱えだすので剣に手が伸びるが、その呪句は危険な魔術ではないと判ったので警戒を解く。
「……これで通じるか?」
「はい。僕らは――」
「いや、分かっておる。盗掘屋であろう。いくつか聞かせてもらいたいことがある――」
自己紹介は止められてしまったが、相手はコチラに対して敵意のようなものは持っていないようだ。
起き上がりこちらを見つめる白骨死体には額に黒水晶のようなものが嵌っていた。文献で見た気がするんだけど喉まで出かかってるんだけど思い出せない……。
互いに自己紹介は省略し彼の質問に答える形で半刻ほどかけて、これまでの歴史や僕らがここに来た経緯などを話す事となる。
「……なるほど。外ではそのような事になっているとはな……」
亡霊とは生前の妄執が凝り固まった存在故なのか人格などは生前に準じると文献には書いてあった。そんな訳でよくある生者に無条件に憎悪するとかではない。実は今の僕らでは対処する手段がほとんどないので話の通じる相手で助かったよ。
「ところで親切な盗掘屋よ。ひとつ頼みを聞いてもらえまいか?」
「僕らに出来る事であれば」
「ワシを地下四階の工場の動力炉へと連れて行ってもらえまいか」
その質問に違和感を感じた。
亡霊は生前の肉体、成れの果てだけどを操って歩く事が出来る。連れて行けと依頼するという事は何か障害があるという事なのか?
「無論タダとは言わん。ワシには使い道がないソレをやろう」
僕が判断に迷っていると白骨の指が指したのは床に置いてあった持ち運びできるサイズの収納箱だった。
「開けても?」
「構わんよ」
許可を取ると一番近くに居た瑞穂が収納箱を躊躇なく開ける。警戒しなくてもいいと判断したんだろう。瑞穂はこういう勘は鋭いほうだし……。
「はい」
瑞穂がそういって差し出してきた収納箱には数々の宝飾品が無造作に納められていた。これって傷とかで減額されるんじゃ……。
「中身はワシが研究用で作った魔法の工芸品じゃよ。失敗作も混ざっておるが売れば幾ばくかの金にはなろうよ」
その話を聞いてザックリと計算してみる。仮にすべてが粗悪品級だとしても金貨20枚分くらいにはなりそうだ。船員たちの労を労う足しにはなるだろう。
収納箱を受け取りハーンの背負い袋に仕舞ってもらう。
セコイが何か他に良いモノはないだろうかと部屋を見回すと一振りの長杖が壁に据え付けの本棚に立てかけてあった。それを取り白骨の魔術師に差し出す。
「いまのワシにはそれは不要なものじゃよ……」
そう答えつつも白骨の指で受け取るのだった。
「それじゃ、行きましょうか」
随分と時間を喰ってしまったので急がねばなるまい。
地下三階はすっ飛ばし地下四階へと昇降機で降りる。地下三階と地下四階だけ妙に間があった。
昇降機が停止し、扉が開くと――。
大小八つの目が覗き込んでいた。
「んっ」
最初に動いたのは瑞穂であった。[鋭い刃]を素早く引き抜くと逆手で持ち身体ごとぶつかる様に蜘蛛型生命体の顔に刃を突き入れる。
入れ替わるように胸元の鞘から魔法の短剣を抜き逆手に持って突き入れる。そして「爆ぜろ」と命じる。
その命令語によって発動する魔術は【自爆】である。短剣に内包される魔力が暴走し短剣が自壊、純粋な破壊エネルギーと化した魔力が前方へと放出される。その破壊エネルギーは兵隊型の蜘蛛型生命体を消し飛ばすには十分な威力であった。
昇降機前を塞がれては困るので吹き飛ばしたのだ。だが目に写った地下四階の光景は最悪の一歩手前であった。
ブックマークが減ってしまった……。




