231話 探索三日目②
予定通り魔導騎士輸送機を船渠区画へと移動させるとハーンに船渠にある船体の状況を確認させに行かせる。
その合間に僕らは周辺設備の物色である。もはや完全に盗掘屋である。だがある意味これが本来の冒険者の正しい姿でもある。
一刻ほど物色し貴重な作業用機材やら当時使っていたであろう数種類の魔導重騎、所謂歩行型建設機械と称すべき機材の他に九騎の魔導歩騎を確保した。研究機関に売りつければこれだけでひと財産である。使用する生体部品が少なく単純な構造が数千年の時を耐え抜いた要因のひとつだろう。
船員達に搬入作業を任せて僕はハーンの元へと向かい、船渠にある陸上艦を曳航していくか捨て置くかを確認に向かう。
「あっ、樹さん。これは大変っすよ」
僕が近づいてきたことに気が付いて報告するハーンの声は妙に興奮して弾んでいた。
「大変って良い意味でって事で良いの?」
「そりゃ――」
そう言って嬉々と語り始める。
ハーンの長々とした話を要約すると、まず当時の艦級で言うところの駆逐艦である事。因みに魔導騎士輸送機は当時の艦級で言うところの軽巡洋艦に相当する。
船体そのものは完成しており艤装作業の途中だった様で万能素子転換炉は積まれており問題なく稼働する事。
僕らが乗ってきた魔導騎士輸送機と同様に陸上及び水上航行が可能である事。
指揮所などは機材が積まれていないが機関室から万能素子転換炉の起動は可能なので曳航できるとの事だった。
船体を浮遊させる装置が取り付けが終わっているのはありがたかった。流石に2400グラン近い船体を引き摺って移動する事は無理だったので朗報である。
副長を呼び出し、この区画の掘り出し物の積み込みと曳航作業を進めるように指示を出すと僕らは一足先に次の区画に移動を開始する。
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「こりゃ、派手に戦闘があったなぁ……」
次に到着した区画は、アイリーンさんに限定的に情報を漏らした区画だ。
広場には数えきれないほどの蜘蛛型生命体の死骸が転がっている。そのほとんどは兵隊型と呼ばれる小型のものだ。いくつか兵長型が混ざっているが、一体だけ異形の個体の死骸があった。
「……城塞型だな」
僕らと一緒に行動している闇森霊族のアドリアンがそう口にする。
そう言えば彼らは城塞型によって乗ってきた魔導騎士輸送機や魔導従士を破壊されたのだったな。
体高0.75サートほどというが重装甲ぶりは蜘蛛というより蟹を連想させる。
多くの蜘蛛型生命体はカチ割られたような裂傷があり死因はそれだろう。恐らくアイリーンさんが盗った素体と戦闘になったのだろう。確か魔導騎士用の広刃の剣も一緒に盗られているからそれによる斬撃だろう。
結構な数を一人で仕留めたのだろう。性能が劣化していた素体でこれだけの戦果を出したという事はアイリーンさんの騎士としての技量は僕が想定している以上に優秀という事だ。
だが、彼女は何処へ行ったのだろう?
「ん? あれって……」
ハーンのその声に僕は思案を打ち切る。
「何かあった?」
「広場の端のアレって……破損した円形盾っすよね?」
そう言ってある一点を指さす。目を凝らすと確かに魔導騎士用の円形盾の残骸が転がっていた。魔導騎士用と言っても構造そのものは人間用の盾と全く同じだ。基本的には木材である。
「周辺を探そう。建屋で見えないだけで擱座してるかもしれない」
この周囲の混凝土造の建屋は三階建てが多く中量級の魔導騎士であれば隠すこともできる。
それからアドリアン達の一党と共に周辺を探索したが騎体は見つからなかった。
四半刻ほどの探索で分かった事は、蜘蛛型生命体の体液以外にも騎体の血液も飛び散っている事だった。それが意味するところは素体は損傷を負っているという事だ。
「それはそうと、あれは血痕じゃないのか?」
そう言ってアドリアンが指差す方を見ると確かに血液らしきものが点々と街路に付着している。
その街路は先日僕らが調べた建屋へと続くものだった。
「取りあえず、後続部隊が来たら移動しよう」
後続部隊とは、運搬用に用いる平台型魔導騎士輸送機二騎と警護用の魔導歩騎たちの事だ。
これから向かう建屋にはお宝、先日見た魔導魔術騎がある。それらが動かせるかは分からないので、最悪の場合は荷台に乗せて持ち帰る予定なのだ。
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「居ないな……」
先日探索した建屋でひと通り金目の物を積み込んだのだが、アイリーンさんがここに来た形跡がないのだ。途中で血痕が途切れていて行方が分からないのだ。
いま僕が何をしているかというと、[アル・ラゴーン改]に乗って周辺警戒中なのである。困った事にレーダーに相当する感応器にも反応がない。考えられる事は撃破されたか意図があって万能素子転換炉を止めたかとなる。
「樹さん。積み込み終わったっすよ」
思案していると集音器がハーンの声を拾う。魔導従士[キルアル]に搭乗しているハーンが報告に来たのだ。
魔導魔術騎と無人騎を積み込んだのは瑞穂であった。実は魔導魔術騎の操縦適性に魔術師である事が必須なのだが、僕が起動試験を行った際には拒絶されたのだ。
そしてもう一人の適性者である瑞穂に搭乗してもらい起動試験を行ったらあっさりと動き出し、感応している無人騎も普通に動いたのである。流石は師匠が魔導機器の適性がチートだと言われただけの事はある。
彼女らに積み込みを頼んで僕は周辺警戒に当たっていたわけである。
「樹さん、製造設備、所謂自動工場がないのはやっぱりおかしいっすよ」
「そうなのか?」
僕の問いにハーンは専門用語を交えつつ話始めるが長いので要約すると、製造カ所が他所にあった場合、ここに運び込むために当時であれば【転移門】が設置してある筈なのだが、それが見つからないのはおかしいと言うのだ。
そうなると……。
一つ気になっていたことがある。
周辺の土地は精霊が消失し長い年月をかけて砂漠化したのに何故ここだけは砂漠化していないのだ? この研究都市が傾いているなんて事もない。
「……これは、地下施設があるな……」
僕の呟きは拡声器が拾ってハーンの耳にも届いたようだ。
「なら、この下でしょうね」
そう言ってハーンは騎体の右手を動かし真下を指す。
建屋の調査も行いたいが時間もあまり余裕がない気がするし面子を分けるか……。
一旦全員を広場に集めて建屋の調査をする事を告げて班分けを行うと告知する。
建屋の上部の調査には再編成した一班と二班の二組十人を充てる。
建屋外周の警戒は再編成した三班を魔導歩騎に搭乗させておく。地下への通路を探すのは僕らとアドリアンの一党だ。
「判った」と簡潔に答えたアドリアンは一党に指示を出す。だが気になったのはその指示に用いられた言葉が森霊族語でなく僕の知らない言語だった事だ。
何故……と悩んでいるところに健司が、「俺らの騎体はここに駐騎でいいのか?」と問われ思案を打ち切ってしまった。
「すまないが健司はここで留守番だ」
何か嫌な予感がしたので保険として彼をここに待機させることにした。地下探索は瑞穂とハーンがいれば事足りる。
「おいおい、戦闘になった時はどうするんだよ? ハーンじゃ流石に厳しくないか?」
まさか自分が留守番だとは想定していなかった健司が抗議の声をあげるのを手をあげて制する。
有事の際の船員に対しての命令権は、この面子の中だと僕の次点は健司か瑞穂となる。
地下探索には勘の良い瑞穂を外すことはできない。またハーンは戦闘員としてではなく知識が必要なので同伴は必須だ。
「……嫌な予感がする」
「蜘蛛型生命体共が襲撃してくるのか?」
何かを察したのか健司が声を落として質問してきた。
「蜘蛛型生命体の仮拠点が割と近くにある以上はいつ襲われてもいい様に対策は必要だ。それに――」
「判った。警戒しておく」
僕の説明に納得してくれたようだ。
時間も惜しいので昼食として各自は携帯固形糧食を頬張り水で流し込む。
さて、探索するか。




