230話 幕間-14
遡る事、探索二日目
幾分疲れていたのか目が覚めると陽は結構高く昇っていた。今の季節柄だと四の半刻過ぎだろうか?
寝台から降りると傍にテーブルがあり、その上には綺麗な水で満たされたタライと手ぬぐいが置いてある。借りた女性用寝間着を脱ぎ顔を洗い、手ぬぐいを水に浸し身体を拭いていく。
こんな地でこれほどのモノが用意できるタカヤという若者はどういった素性の者なのだろうか?
さっぱりしたので鎧下を身に着け、筒状長鎖衣を着込み、鎖帷子を鎖脚衣、鉄靴と履いていく。髪を束ねて鉄頭巾を被り、最後に籠手を身に着ける。
借り物の広刃の剣を吊るし円形盾を左腕に固定する。鋼硬木製の盾は想定していたより重かった。
天幕を出ると忙しく駆け回っていた女中を呼び止め、天幕内の掃除を頼んでおく。そのついでにタカヤ殿の動向を確認する事にした。
残念だが寝坊したので彼らは私を置いて探索に出てしまったようだ。出来ればタカヤ殿には稽古に付き合ってもらいたかったのだが……。
昼時迄黙々と鍛錬を行った。
昼食は活動拠点警護の者たちと女中などと同じ食卓で食すこととなった。
驚いたのは彼らの食事内容だ。パキス・ラグーとリーブだった事だ。庶民どころか使用人風情が食べられる代物ではない。ますますタカヤ殿の正体が気になる……。
私の復権に彼を巧く利用できないものだろうか?
昼食後は活動拠点などを見て回る。驚いたのは魔導歩騎を複数所持している事だ。しかも乗り手は皆若い。更に母艦である魔導騎士輸送機に至っては巨大であり警備用に多脚戦車まで用いており、タカヤ殿は恐らくウィンダリア王国の侯爵家あたりの嫡男なのではないだろうか?
日本皇国人っぽい見た目は先祖返りなのかも知れない。と、なると……タカヤという姓は偽名か。確かに粗野な冒険者には見えないし、上級貴族と思えば納得もできる。
魔導騎士輸送機の艦内格納庫に入らせてもらってさらに驚いた。
素体を含めて魔導騎士が三騎、魔導従士が四騎も駐騎しているのである。
「これほどの規模の戦力を動かせるとなると……」
私の知識でこれほどの規模の部隊を動かせる貴族――。
「ウィンダリア王国の西部域に位置するザイトリッツ辺境伯の嫡男が似たような年頃だった気が……」
ザイトリッツ辺境伯の領地は魔境と名高い西方と接しており高い頻度で巨大な怪物が襲撃してくる為か高い軍事力を保持しており、一門も武人ばかりである。
「それにしても素体は予備としてタカヤ殿の騎体は名騎[アル・ラゴーン]かしらね。隣の重量級の魔導騎士はお付の大柄な世俗騎士くんのだろうし」
そう口にしてアイリーンの脳内で様々な打算が渦巻く。周囲を見回し誰も居ない事を確認すると整備台に上がりまずは素体の開閉取手を操作し開閉扉を開ける。
下に向かって開いた開閉扉の上に乗り操縦槽の中を確認する。
「――てっきり噂の最新鋭騎かと思ったんだけど……。ま~いいわ。こいつは私が使わせてもらいましょう。そうなると……」
操縦槽に入り込み座席に腰を降ろす。
「あら、初心者向けの装備は付いていないのね……」
そこには騎体との精神感応を補助する専用の兜があると思ったのだが見当たらないのである。
起動装置も兼ねている感応器に触れると万能素子転換炉が低い唸り声をあげる。脳核ユニットとの精神接続も上手くいき動く事は分かったので万能素子転換炉を停止させる。
そして操縦槽を出て開閉扉を閉めると隣にある[アル・ラゴーン]へと飛び移る。
同じように開閉取手を操作し開閉扉を開くと同じように起動だけさせる。
アイリーンの脳内では素体を拝借する際の偽装のつもりなのである。
「これで、よしっと」
開閉扉を閉めずに整備台から降りて外に出ようとすると――。
いつの間にやら探索から戻ってきていたタカヤ殿と鉢合わせてしまった。
「やぁ、中を見学させてもらってたよ。若いのに君たち凄いなぁ」
咄嗟の事だったが頑張って笑顔で話しかけたが大丈夫だろうか?
「ほとんどのモノは借り物ですよ」
タカヤ殿はそう答える。その表情に変化はない。どうやら私の笑顔も問題ないなかったようだ。
「だが、あの[アル・ラゴーン]や魔導従士は君の所有物だろう? 騎士の家系でもなく、その若さで手に入れられるものではないよ」
内心では親の威光で得た代物だろうとは思ったのだがそれを口にはしない。
「単に運が良かっただけですよ」
タカヤ殿は白々しく謙遜して見せた。そして一瞬私から目線が外れた後に僅かな沈黙がその場を支配する。
「ところで、明日は同伴させてくれるのだろう?」
指摘される前に話を振って気を逸らせることにした。そしてその試みは成功したようだ。
「そのつもりですよ。なのでしっかり休んでおいてくださいね」
「あぁ、分かった」
そう答えて私は足早に去る。上手くいったようだ。まさか私が素体を拝借するとは思うまい。
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まだ月が地を照らす刻限に混凝土製の建屋の合間を縫うように一騎の細身の魔導騎士が走りぬける。その動きは人そのものに見える。乗り手の技量か騎体の性能か……。
その激しく揺れる操縦槽の中で一人の女性が呟く。
「タカヤ殿には悪いことをしたな……。だが許せ、これも私が聖騎士に戻るために必要な事なのだ…………」
詫びているように見えるが、その内心は神に選ばれた自分の為に犠牲になるのは当然だという考えが透けてみえた。
「それにしてもこの騎体は使いやすいな。流石は名騎と言われた[アル・ラゴーン]の素体だな。これはこのまま聖騎士たる私が使うとしよう」
そう漏らすのには理由がある。【使命】が成った時には、カルナーヴァ家の復帰ではなく、新たな空席の爵位を授かって家を興してよいと言われている。かつての様な伯爵は無理でも子爵くらいは……そして自分を糾弾した婚約者や両親や親族を見返すのだ……などと夢想している。そしてこの騎体は旗騎とし、それに相応しい二次装甲を取り付けてやろうなどと彼女の妄想は膨らんでいく。
迷路のような街路を移動し日が昇るころ目的地に到着した。稼働限界が近い騎体を片膝をつかせる。所謂駐騎姿勢へというやつである。
「この辺りに目当ての魔導機器があると聞いたが……」
走る事で加熱していた魔力収縮筋を冷却するために強制冷却が始まり冷却液が気化し視界が蒸気に覆われる。
操縦槽は完全密閉ではないため外部の蒸気が隙間から侵入してきて視界が塞がれつつある。操縦槽内の温度が一気に上昇する。その時だ――――。
ガツン、ガツンという音が幾重にも操縦槽の中に響く。
「なんだ?」
アイリーンは訝しがり、映像盤を見るが蒸気で視界が真っ白であった。だが一瞬何かが目の前を横切ったように見えた。
異常に気付いたのは操縦槽の上、首回りからガツン、ガツンという無数の音がした時だ。
操縦槽の中を警報が鳴り響く。騎体情報を映す情報盤に目を向けると――――。
「出血している?」
騎体の隅々まで流れる冷却水管が破損したのか血液が流出していると警告音が鳴っているのだ。
映像盤を確認するが未だに蒸気は収まっておらず画面は真っ白のままでが突如上から硝子の砕ける音と共に画面が真っ黒になる。
「いっ、いったい何が…………」
理由は分からないが眼球ユニットが破損した可能性がある。そして、その予想は当たっており情報盤に眼球ユニットの損傷を示す警告が出ている。更に騎体各所から響くガツンガツンという音の正体も気になる。
このまま座しても埒が明かないので開閉扉を開けなければと開閉取手に手を伸ばし、それを引く。
バタンと言う音と共に開閉扉は下へと開き、外の状況が見えてくる。気化した冷却液が蒸気となって周囲を覆っていたが、それも薄れつつある。
そして私はそいつと目があった……。
爛々と赤く輝く大小八つの目を持つそいつと……。
貴重なお時間を使っての大量の誤字報告&ご指摘ありがとうございました。
投稿する際には一応チェックをしてるはずなんですけどねぇ。
もっと余裕をもって投稿しろという事なのでしょうか?




