229話 探索三日目①
今は二の刻を過ぎたあたりだろうか? 活動拠点が騒がしくなっており目が覚めてしまった。
目を擦りつつ上体を起こし脳が仕事を始めるの待っていると、
「樹さん。お休み所を失礼します」
そう叫ぶように言い、こちらの返事を待たずに天幕に入ってきたのは一班の班長であるカスベンという15歳の少年だった。
「お休みのところ申し訳ありません。あの女が魔導騎士を盗みました」
ここで言うあの女とは、アイリーンさんの事だ。昨日の打合せで聖騎士という地位に復帰を目論むあまり彼女はなりふり構わない事をする可能性があると指摘したばかりだった。
だが警戒していたのにあっさり貴重な魔導騎士を盗みが行われたのは無能の誹りは免れないだろう。
そう、普通ならね。
「あの人も愚かだな……。それで盗ったのは素体かい?」
「はい。樹さんの予想通り魔導隠行騎の[イグニ・ザーム]には手を出しませんでした」
そう言ってカスベンは喜色を浮かべる。
本日使う予定の騎体は全て活動拠点へと持ち出していて周囲に船員や女中を配していたので、盗るなら艦尾ドック式格納庫の開閉扉を開けっぱなしの使わない奴にするのではと考えていた。中には予備騎扱いの魔導隠行騎の[イグニ・ザーム]とマルエッセン伯爵から頂いた素体のみが置いてあった。元聖騎士様であるアイリーンさんの矜持から見た目が魔導従士な[イグニ・ザーム]には見向きもしないだろうと思ったのだ。
問題の素体の方だが、頂いた時から結構な日時が立つが分解整備すらしておらず生体部品がかなり劣化している。動くだろうけど本来の高性能さは発揮できまい。
「あとは何か紛失しているかい?」
続けてカスベンに質問をする。アイリーンさんは防具を除けば手ぶらであった。ここから出るには糧食などが必要になる。何をどれだけ盗ったかによって行動の指針が見えてくる…………はず。
「一番安い保存食が一週間分と魔導騎士用の広刃の剣、円形盾、行軍用背嚢、行軍用外套になります」
「なるほど…………」
昨日も打合せ後にいくつか情報をそれとなく流すように示唆したがそれに食いついた感じか……。
恐らく彼女は、手に持てる魔導機器をいくつか回収してこの虚無の砂漠を脱出する予定だろう。二次装甲のない素体は軽い。走破距離伸びるだろうが、はたして……。
無事にここを抜け出した後の彼女の運命は見えた。あの素体は市場にはほとんどで廻っていない。故に製造番号で所有者がバレるので整備や売却に持ち込めば一発で犯罪者扱いだ。そうなると乗り捨てか、犯罪者などの後暗い連中に売るしかないが、果たしてつてがあるとは思えない。
定期的な交換が必須な生体部品が劣化してるし乗り捨てが濃厚だろう。だけど…………あの人は魔導機器にどれだけ精通しているのだろう? 流した情報は専門家なら価値を見出せる代物って言うのを伏せたのだが、都合よく解釈したのだろうか?
「カスベン。予定通り行動しよう」
「はい」
カスベンが踵を返して天幕を出ていくと僕も簡易ベッドから降りる。素早く身支度を整えて天幕をでる。
「おはよー」
天幕の前でぼんやりと突っ立っていた和花に声をかける。
「うん。おはよう」
「おはようございます」
和花から返事が返ってきたと思ったら反対側からも返事が来た。気配を殺していた瑞穂だ。この娘は天然物の間者の素質があるのかごく自然に周囲に気配を溶け込ませてしまうから気を張っていないと存在を認識できない事が多々ある。
「瑞穂もおはよう」
そう返してから本題に入る。
「――。これで元聖騎士様も立派な犯罪者様になった訳ね」
そういう和花の表情はざまーみろと言わんばかりである。そりゃアイリーンさんは美優を拘束してた一味だったわけだしなぁ……。美優の受けた仕打ちを考えればざまーみろと言いたいのも分からなくはない。
「最も当人は犯罪を犯したなどとは露ほども思ってないかもしれないけどね」
「どういう事?」
「あいつらは神の使徒という免罪符を手に入れ、正義の執行という名目で犯罪行為を容易にするからね。彼女からすれば、敬虔な信徒が自分に無償で物資などを提供してくれたくらいに考えていると思うよ」
「ま、神の使徒とか言っても奇跡をおこせる以外は案外世俗騎士と大差ないのかもねぇ……」
この世界だと女で権力機構で自分の立ち位置を築くのは大変だっただろう。名誉ある聖女の護衛を誰かさん達の行動で失い、散々騙された挙句に追い詰められてしまった故の行為なんだろうけど、それで許されるなら法律は要らないかな。
「んっ」
急に右隣に居た瑞穂がピクリと反応し、僕の右袖を握りしめる。そして何かに気が付き周囲を気を配り始める。相変わらず索敵能力がチートだなぁ……。
「そこの娘に警戒を解くように言ってくれ」
上から降るように声が聞こえた。これは精霊魔法の【風の囁き】に違いない。アドリアン達は【姿隠し】で見えないが近くにいる筈だ。
ん? だとすると水鏡先輩はどこだ? 【姿隠し】の魔法は対象が本人のみだ。実は水鏡先輩も精霊魔法の使い手だったとか?
「お待たせ」
天幕を回り込むように現れ、そう声をかけてきたのは水鏡先輩だった。あまり顔色が良くないのは万能素子欠乏症の症状だろう。
「ところで水鏡先輩は【集気】って体得してます?」
「勿論だよ。魔戦技の基本だからね。それがどうしたんだい?」
その答えを確認すると僕はポケットに忍ばせていたあるものを取り出し水鏡先輩に見せる。
「こいつの使い方は?」
「勿論知っているよ」
「では、差し上げますので必要に迫られたら使ってください」
「いいのかい? 安い物ではないだろうに」
水鏡先輩が言うように、その濃縮された万能素子結晶、商品名を魔結晶という。万能素子を凝縮した結晶で握って念じれば凝縮された万能素子を取り込むことが出来る。水鏡先輩が言うように安い商品ではない。
この大気中の万能素子が希薄なここに来ると決まった際に買えるだけ買ったのだ。
水鏡先輩と話し込んでいると警戒を解いたのかアドリアン一行も姿を現した。
僕らは軽く朝食を摂り予定通りに活動拠点を撤収する。
ブックマークありがとうございます。
在宅ワークになったので少しは更新ペースを上げられるかもと思っていた時が私にもありました。
自分にだらしないせいかメリハリがないと巧くいかないもんですね。




