228話 探索二日目⑨
打合せの最後でいくつかよろしくない報告があった。船員に八人、女中に二人が軽度の万能素子欠乏症の症状がみられることだ。更に草原の神の声が聞こえ奇跡を願えるようになった亜人族のピナも軽中度だという。
これでピナの【軽傷治療】を期待する事は出来なくなったので怪我の治療は和花と瑞穂の精霊魔法による【治癒】の魔法か念のためと買っておいた魔法の水薬くらいしかない。
ゲオルグかセシリーが居ればとも思うけど仕方なし。彼らには彼らの進むべき道があるのだ。やはり明後日の朝には撤収するしかないようである。
それに合わせて三日目の行動を大きく変更する事となった。まず、活動拠点の撤収である。魔導騎士輸送機に戻り、船渠がある区画から再侵入をし、船渠に眠る陸上艦の状態を調査。曳航準備をさせつつ選抜メンバーによってお宝の回収を行う。
その際に多脚戦車は警護用に残し魔導歩騎[ザイト・イール]六騎、魔導従士の[ジル]、[キルアル]、健司の重量級魔導騎士[ウル・ラクナ]、瑞穂が乗る魔導隠行騎の[イグニ・ザーム]、そして僕の中量級魔導騎士の[アル・ラゴーン改]である。船員は六名を[ザイト・イール]に、五名ずつ二組十人を平台型魔導騎士輸送機に搭乗させ目ぼしいものを片っ端から積み込んでいく。和花には残りの面子と共に魔導騎士輸送機で留守番してもらう。
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夕飯も終わり僕は和花を連れたってアドリアンたちと別れた場所まで赴く。別れてから二刻ほど経過しているし妙な事を勘繰らなければいいのだけど…………。
「まだ、怒ってる?」
「……怒ってないよ」
返ってきた答えには怒気は含まれていないが、横目に見た表情はやや怒っているように見える。和花を留守番をお願いしたのは貴重な回復役でもあるからだ。
一応説明したんだけどねぇ……。
僕らの中で回復の魔法が使えるものは亜人族のピナ、僕、和花、瑞穂だけだ。ピナは幼いだけあってこの低万能素子環境で活動するのは厳しい。僕の回復魔法は拡大魔術由来なのでこの低万能素子環境では効率が悪すぎる。和花と瑞穂は精霊魔法を用いた回復魔法がある。
そして瑞穂は斥候役として連れていく以上は消去法で和花が残る事になる。
「私だって自分が残るのが一番だって分かってますぅ」
その口調から頭では判ってても感情面で納得してませんというのがアリアリであった。
宥めすかしつつ四半刻ほど歩くと、昼過ぎにアドリアン達と別れた場所に到着した。
「さて……何処に潜んでいるやら…………」
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蜘蛛型生命体の襲撃によって失った食料や寝具を活動拠点まで取りに行くと言って去っていく一行を見送りポツリと呟く。
「行ったか……。ところでミカガミ、アイツとは旧知の仲のように見えたがどの程度信用できる?」
「あれの基本属性は中庸にして善良と言った感じだ。自身の良心に導かれて利他主義的に動くが……」
「動くが……?」
「此方の対応がそっくりそのまま跳ね返ってくる」
「?」
「よーするに、こちらが悪意を向ければ悪意で返すし善意を向ければ善意で返してくる」
「――――なるほど、我々のような秩序にして邪悪とは無条件にぶつかる事もないな……」
「そういう事だ。ところで、俺は疲れたから少し休ませてもらうよ……」
水鏡はそう言うと近くの椅子に腰を降ろす。
『奴らは善良そうだが、我らには氏族を再興する使命がある。我らの利益と相反するようなら、その時は…………』
アドリアンは一考するが、やがて配下の闇森霊族達に指示を出す。
「アドリアン様……。私は…………」
「マリエルは休んでいろ」
「はい。分かりました」
マリエルはそう返事をすると床に腰を降ろし壁を背もたれにし目を閉じる。
「俺も休んでおくか……」
先ほどまでの連戦でかなり精霊魔法を行使してしまったので次の戦闘は武器による斬りあいになる。だが闇刃の毒壺も既になく非力な我らに勝ち目はあるのだろうか?
また、用心棒として雇ったミカガミは度重なる戦闘で軽度の万能素子欠乏症のようだ。明らかに戦闘力が下がっている。
「虚無の砂漠を出るまでは協力体制も止む無しか……」
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「アドリアン様。奴らが来たようです」
配下のエタンに揺り起こされる。どうやらいつの間にか寝てしまったようだ。
「どれくらい経過した?」
「二刻ほどかと――」
エタンの報告を聞きつつ仮活動拠点として潜んでいた居間からでる。
「お前たちは待機だ」
歩きつつ配下であるエタンらに命じるとエタンは無言で居間へと戻っていく。
「羞恥の精霊よ。俺の姿を隠せ。【姿隠し】」
【姿隠し】の魔法が発動したと共にアドリアンの姿が消える。
足音を殺して家屋を出る。外は陽が落ちたが赤外線視力の能力を持つ闇森霊族には差して気にならない。
程なくして男女二人が歩いてくるのが見えてきた。その男女は立ち止まるとキョロキョロと周囲を見回している。
「さて……何処に潜んでいるやら…………」
男の方、タカヤがそう口にしているが奴は気配を読むのが苦手なのだろうか? それともここには居ないようだが我々に最初に気が付いた幼い少女頼みなのだろうか?
今のところこちらを陥れようという感じもないので姿を現すと決めた。
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「あ、そこに居たのか」
唐突にアドリアンが【光源】の明かりに照らされた範囲に姿を現した。一瞬だが和花が警戒するがすぐに警戒心を解く。
恐らく【姿隠し】の魔法で身を隠しこちらの様子を窺っていたのだろう。瑞穂を連れてくれば妙な勘繰りをするかもと思ったが正解かもしれない。
この低万能素子環境で機能が落ちた魔法の鞄から食料と毛布を取り出す。ついでに調理器具などの小道具や大袋なども出していく。
「これだけあれば足りるかい?」
食料は高額だが味と持ち運びに定評がある調理済み乾燥食品を六人前で一〇日分、大き目の水袋も六人分ある。
明日の予定を報告して協力して欲しいと要請する。僕らは彼から蜘蛛型生命体についての更なる情報を貰い、彼らは依頼対象を確保し安全な虚無の砂漠の外まで運んでもらえる。
正直言えば僕らの方が損なのだろうけど、無為な争いは避けたいというのが本音だ。船員たちも儲けが減るが納得はしてくれた。
明朝、念のため【姿隠し】の魔法を用いて合流してもらいアイリーンさんとは隔離して移動しようかと思っている。
半刻ほど話し込んで必要な情報の交換を終えて僕らは活動拠点へと戻る。
この後はピナの見舞いを行って情報の整理だ。忙しい忙しい…………。
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