227話 探索二日目⑧
疲れているが止まって休憩ともいかないので歩きながら息を整えつつ照明弾をあげる。赤三つ。撤退だ。
程なくして了解を意味する緑ひとつの照明弾が上がる。その数は六つ。どうやらどの班も全滅にはなっていないようだ。ただ照明弾の上がった位置から察するにどの班も何らかのトラブルがあり活動拠点へと向かっているように思える。
活動拠点も近づいてきたのでいったん止まる。トラブルは目に見えているので闇森霊族の彼らをこのまま連れていくわけにはいかない。
「すまないが、アドリアンたちはここで待っていてほしい」
だがアドリアンから返ってきた言葉は僕の想定していなかったものだ。
「俺らを囮にでもするのか?」
そう言われた時、コイツはなにを言ってるんだと思ったが理由を思い至った。……なるほど、そういう事か……。
「なるほど、闇森霊族は常日頃から他人を利用する事ばかり考えているからそういう穿った考えなのか……。ようするに逆の立場なら君らはそうしたって事か?」
基本的に自分の常識でしか判断できない訳だけど、少なくとも僕の常識では彼のような判断にはならない。恐らくだが、彼らの闇森霊族などは自らの利益最優先主義の為に妙な被害妄想を駆り立てるのではないだろうか? 自分が考えた事は相手も考えているというやつだ。常に疑心暗鬼なのかもしれない。
そういうところが己を律する事を是とする光の神々の信徒には、常日頃悪だくみを考えている邪悪な徒と映るのだろう。とはいうものの蜘蛛型生命体の動向も分からないし何もわからずここで待てと言われればそういう考えも…………。
「お前たちは違うというのか?」
アドリアンのその返しが僕の考えを肯定した。ま、互いに信用しきっていないのは間違いないしきちんと説明するか……。察しろというのが通じるのは空気が読める日本帝国人だけだ。
「ここで待ってもらいたのは、活動拠点に君らに分ける食料とか毛布を取りに行く必要がある――」
「……俺らが活動拠点に行ってはまずい事がある…………頭の固い光の神々の信徒でもいるのか?」
察しがよくて助かるなぁ~と思いつつ苦笑いを浮かべてしまう。
「いま活動拠点には聖都ルーラの元聖騎士、所謂破戒僧を保護していてね……。彼女は聖騎士に返り咲くために【使命】を受けている――」
「なるほど…………頭の固い聖騎士殿か……。それは面倒なのを拾ったな」
意図が完全に伝わったかは微妙だがニヤリと笑みを浮かべ肩をすくめつつ、「了解した」と返事を返すと踵を返し仲間たちに何やら指示を出す。
光の信徒、特に聖騎士とか聖戦士は神の信徒というより教会組織の下僕って側面がある。そのせいか教会の規範が絶対と考えて思考が硬直している者が多く遭遇したらひと騒動は確実だ。それは僕らもアドリアンたちも望むまい。
僕らは急ぎ活動拠点に戻り、和花と瑞穂に食料と毛布を確保するようにお願いをし、元聖騎士アイリーンさんを探す。
「いい女ではあるけど、やっぱり拾うんじゃなかったな」
横を歩く健司がポツリと呟く。そういえば健司にとってはストライクゾーンな女性ではあるけど、聖騎士や聖戦士は割と狂信者な者が多く否定的だったなと思い返す。
「まさかあの時点では闇森霊族と組むなんて想定してなかったしね」
そう言ったところで、ふと思い至った事があった。
「ハーンは今回の件は何か思うところはあるかい?」
現地人からすれば闇森霊族は不倶戴天の敵というと大げさだが忌避する相手ではある。文句を言わないのは頭領の決定には嫌々でも従うという方針なのだろうか? 怠業されても困るんで念のため確認を取ってみる。
「…………あぁ~俺らが闇森霊族と組む事に異論があるかって事っすね。それは大丈夫っすよ」
そこで一旦一息ついてからハーンは説明を始めた。
ここにいる船員も女中も孤児出身の職能奴隷だ。教育機関で学ぶ際に様々な種族と机を並べ学ぶという。上級船員のおじさん共はともかく若い彼らに種族的忌避感というものはほとんどないはずだと教えてくれた。
「あ、もちろん俺もないっすよ」
そして最後に自分の意見を付け足す。
それなら問題ないね。
聖職者全般を否定する気は全くないのだが、教会という組織にどっぷり漬かった者は洗脳されたように教会組織のいう事を盲目的に信じ込んでしまう。
幼少から教会の定めた教義が正義だと教え込まれるせいだろう。だが所詮教会の教え、所謂教義は教会組織をまとめるために人が考えたモノであり真の意味で神の言葉ではない。いつの間にかそれを忘れてしまう信徒が多いんだよね。
与えた天幕に居ないので動き回っていた女中を捕まえて聞いたところ魔導騎士輸送機の艦内格納庫に居たという事で足早にそちらへと向かう。
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健司とハーンには別の用事を頼み活動拠点で別れて市壁の外に横付けしてある魔導騎士輸送機の艦尾ドック式格納庫入ると行き違いにアイリーンさんが出るところであった。
「やぁ、中を見学させてもらってたよ。若いのに君たち凄いなぁ」
やや引き攣った笑顔に微妙に棒読みな口調で声をかけてきた。何か隠してますと言っているようなものではあるが気が付かないふりをしておくことにした。クソ真面目な聖騎士様に腹芸は向かないようだ。
「ほとんどのモノは借り物ですよ」
「だが、あの[アル・ラゴーン]や魔導従士は君の所有物だろう? 騎士の家系でもなく、その若さで手に入れられるものではないよ」
そういうアイリーンさんは素直に感心しているようだ。因みにアイリーンさんが言った[アル・ラゴーン]とは僕用の魔導騎士であり、外装板を一般的に普及している中量級の[アル・ラゴーン]に見えるように偽装してあるだけだ。
確かにこの世界の常識的に考えると僕らは異常だろう。
「単に運が良かっただけですよ」
謙遜して見せたが、運が良いというのはあながち間違っていないだろう。ふとアイリーンさんから目線が外れ艦内格納庫の奥を見ると妙な違和感を感じた。
「ところで、明日は同伴させてくれるのだろう?」
「そのつもりですよ。なのでしっかり休んでおいてくださいね」
違和感を悟られないように無表情を装ったのが良かったのか気が付かなかったようだ。
「あぁ、分かった」
そう言って足早に去っていく。
アイリーンさんが去ったのを確認した後に整備台へと歩いていき見上げると――――。
「やっぱり、見間違えじゃなかったかぁ」
僕に割り当てられた中量級魔導騎士である[アル・ラゴーン改]の操縦槽の開閉扉が開きっぱなしなのである。
この世界の常識では開閉扉は戦時以外は閉めっぱなしが基本で、今回も使う予定はなかったので閉めてあったはずなのだ。まだ定期整備の時期でもない。
単に懐かしく思って乗っただけなのか……。最も許可なく乗った時点で斬り殺されても文句は言えないのがこの世界のルールだ。それを知るはずなのに…………。
整備台を登り操縦槽を覗くと、やはりというべきか、固定帯が定位置になかった。あの人雑過ぎるだろ…………。
「まさかとは思うけど、ワザとなのか?」
思わず呟いてしまう。何か本命があり偽装の為にこんな雑な事をしているのだろうか? まさか元聖騎士も嘘だったり?
情報が足りなさ過ぎてあれこれ考えていても答えにはたどり着けそうもないので一旦活動拠点に戻ることにした。
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活動拠点に戻ると真っすぐ会議用に設営した超大型天幕へと向かう。この超大型天幕は内部に沈黙の窓掛と呼ばれる魔法の工芸品によって包まれており、範囲内で発せられた音を外部に漏らさない仕様になっている。
歩哨役の船員に軽く挨拶をし中に入るとそこには副長のケーニッヒさんと各班の班長の他に健司とハーンが並んで僕が到着するのを待っていた。
「遅くなって済まない」
軽く詫びを入れ上座に座ると、
「一班から報告を始めろ」
進行役の副長のケーニッヒさんの一声で報告会が始まる。
一班の担当地区は居住区画であった。集合住宅そのものは健在であったが内部の家具などは全て朽ち果てていたとの事だ。死体もなければ金目のものもないとの事だ。
二班の担当地区は商業区画であった。一班と同じような内容であったが、こちらはいくつか魔導機器を回収してきたとの事だ。これはハーンに調べさせる。
三班は活動拠点の周辺の警戒とアイリーンさんの監視である。艦内格納庫への立ち入りを許可したかという質問に対して「否」との回答が返ってきた。
アイリーンさんが[アル・ラゴーン改]に乗り込んだ形跡があると伝えるとざわつくが副長の一声で収まる。
四班は港湾地区を調査した。一面砂なのに港湾とか思ったが船渠がありそこには陸上艦、僕らが乗ってきた魔導騎士輸送機よりやや小型の魔導騎士輸送機が艤装が済んでいない状態で置いてあったという。しかも施設は生きており曳航出来ればひと財産だろう。
五班は倉庫街だったようだ。彼らの担当地区は殆どのモノが朽ち果てていたが奇跡的に保存液に浸されていた生体部品が見つかったという。ただ彼らには判断が付かないので明日にでもハーンに見てもらう必要があるとの事だ。
六班は建屋が破壊されており奇妙なドーム状の建造物が無数並んでおり、そこには蜘蛛型生命体が推定で二〇〇匹以上が居たという。
そして活動拠点に残っていた三班以外は蜘蛛型生命体の斥候部隊と遭遇し戦闘になり負傷者が出たものの撤退に成功したとの事だ。
その後一刻に渡り方向と対策の話し合いが続く…………。
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