225話 探索二日目⑥
2020-04-24 文章修正
2020-05-13 ルビの失敗を修正
「来い!」と森霊族語で叫んだが、頭領格の人物はこちらの真意を測りかねているようで蜘蛛型生物の攻撃を躱しつつもう一人を庇うように戦っている。だが、彼の持つ得物では決定打にはならないどころか防戦一方である。
ま、さっきまで殺し合いしてた相手といきなり共闘は無理か。こちらから強引に共闘して対処する意思を見せないと無理そうだね。
そうと決まれば指示である。
「瑞穂は和花とハーンの様子を確認、健司は僕と来い!」
床に落とした片手半剣を左手で掴み感触を試しつつ指示を出す。正直言って左手で繰り出すことに違和感を覚えるが右手は使えそうもないので仕方ない。
「まって」
助太刀に行こうとした僕を瑞穂が止める。彼女の小さな手を僕の籠手越しに右手へとそっと触れ意識を集中させる。
「生命の精霊、この人の傷を癒してあげて。【治癒】」
暖かな光が患部を包み込むと痛みが引いていった。あまり使わないから失念していたけど瑞穂も【治癒】が使えるくらいには精霊魔法の技量が上がっていたのだったな。
この精霊魔法の【治癒】の良いところは致命傷ですら癒してしまうところだ。もっとも奇跡の【致命傷治療】の様に遠距離で回復できない欠点などもある。
「ありがとう」
そう言って頭を撫でると瑞穂の頬が僅かに緩む。もうちょっとわかりやすいと良いのにねぇ……。
「それじゃ、頼むね」
「ん」
瑞穂の返事を確認し蜘蛛型生物へと向かう。
「待たせた。健司は小さい方を頼む」
「OK、任せろ!」
そう返すと雄叫びをあげて突っ込んでいく。健司並みの打たれ強さと打撃力があれば僕が先陣を切るんだけどねぇ……。
さて、ない物強請りをしていても事態は変わらないし僕は大物を狩るぞ。こういう時の為に用意しておいた安い魔法の短剣を鞘から抜き、今まさに頭領らしい黒装束が後ろに庇うもうひとりの黒装束へと迫る大型の蜘蛛型生物の右前肢へと走り身体ごと突っ込む勢いで短剣を突き刺す。
「爆ぜろ」
そして命令語を発する。発動する魔術は【自爆】だ。短剣に内包される魔力が暴走し短剣が自壊、純粋な破壊エネルギーと化した魔力が前方へと放出される。
その破壊エネルギーは大型の蜘蛛型生物の右前肢を消し飛ばし胸部をえぐるように削ると周囲に体液をまき散らす。金貨二枚で買った短剣だが充分おつりが出る成果だ。
「貴様! どういうつもりだ!」
先ほどまで森霊族語を用いていた頭領格の男は大型蜘蛛型生物の左前肢の攻撃を躱しつつ公用交易語で怒鳴りつけてきた。
なんだ、公用交易語話せるじゃん……。態々拙い森霊族語で語り掛けるんじゃなかったよ……。
「助太刀だが?」
大型蜘蛛型生物の気を引くべく中肢に片手半剣を叩きつける。割けるように食い込む。
意外といけそうかな?
「俺らは闇森霊族で、先ほどまで殺しあっていたんだぞ!」
ご丁寧に僕の方を見て怒鳴ってくる。やたら感情的な森霊族は年若いと聞いたけど彼もそうなのだろうか?
「蜘蛛型生物より君らの方が意思疎通がしやすいと思ったんだが自殺願望でもあるのか?」
「あるわけないだろ!」
「なら、大人しく共闘しろ」
僕はそう返事を返し再び片手半剣を叩きつける。その一撃は中肢の半ばまで刃が食い込む。これはあと数度で折れそうか?
「樹! 奥からわらわらと出てくるぞ。どうする!」
既に小型の蜘蛛型生物を三匹も仕留めた健司が奥を見据えつつ叫ぶ。横目で確認すると確かに入口の奥に相当数が見える。ただ、われ先にと互いを邪魔しあっていて数的有利を生かせていない。更にこの建屋の混凝土壁を破壊して進んでくるほどの力はないようだ。外で見たときは穴を穿っていたが開口するほどではないという事か。
これは……。
「健司、入り口を塞げ!」
ここは奴らの死骸の山で入り口部分を封じて逃走する時間を稼ごうと思う。こんな時チートな主人公なら楽勝なんだろうけどねぇ……。
ない物強請りをしても仕方ないので再び魔法の短剣を抜く。その途端、蜘蛛型生物の表情が変わった。そう、明らかに変わったのである。何を考えているかまでは窺えないが、魔法の短剣の自爆攻撃が大型の蜘蛛型生物の増悪を貯めたようで標的を僕へと切り替える。
こいつらはそれなりに知性があるように感じる。一見すると昆虫っぽい外見に騙されてしまった。まずはこの大型の蜘蛛型生物を、奴らが侵入してきた入口の傍、いま現在健司が奮戦している場所まで釣っていく。
「健司、任せた!」
「任された!」
大型蜘蛛型生物の歩行による体重移動を瞬時に察し折れかけの右中肢に大鎚矛を叩きつける。体重の乗っていた右中肢はその一撃でポッキリと折れ平衝を崩していく。
そしてこちらの狙い通りに入口を完全に塞ぐ形で崩れ落ちていった。
「「よっしゃ!」」
旨く行きすぎて思わずハイタッチを決めてしまった。これで少し時間を稼げる。
「今のうちに治療するぞ」
呆然としていた少し前までの敵の頭領にそう声をかける。
「念のため俺は棚や箱を置いて塞いでくるわ」
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双方ともに治療も終わり死者も出なかった。偏に女性の精霊魔法の術者、所謂ところの巫女が居たのが大きい。
「まずは礼を言おう。助かった。俺の名はアドリアン。…………オセール氏族の氏長だ」
彼は徐に頭巾を捲くりつつそう語る。そこに現れていたのはやはり黒い肌に尖った耳の男、紛うことなき闇森霊族であった。だが、氏族名を名乗る際に僅かだが沈黙があった。そこに何か事情がありそうではある。
そして前衛を担当していた三人の黒装束も闇森霊族であるが紹介はない。彼らは公用交易語の教育も終わっていない若手だという。頭領であるアドリアンに庇われていた巫女が頭巾を捲くるとこちらの予想外の人物であった。
やや尖った耳、褐色に近い肌、程よく肉感的な肢体、半闇森霊族であった。
「そして、こいつがオセール氏族の巫女のマリエルだ。それと公用交易語を話せるのは俺だけだ」
そう自己紹介されたのだが、いくつか気になる点がある。
ホントにお前しか公用交易語使えないの?
肌の白黒の違いはあれど純血主義というか氏族主義の森霊族は混血児を忌避する傾向があるのに巫女という地位に就けているのも妙だな?
それにこいつらだが、見た目ではなく内面が若い気がする。極めて老化の遅い森霊族だが、成人は50歳だという。そう聞くと成長が遅いのかと思うのだが、上位森霊族フェルドさん曰く、肉体も精神も人族と同じで15歳あたりで人族と大差ないという。だが森霊族社会での成人の基準は知識と経験がある程度揃い、感情の抑制も其れなりに熟せて初めて成人として認められるという。その年齢が凡そ50歳くらいという話であって、人族の様に15歳で一律成人という扱いではないらしい。
いつまでも思案していても仕方ないのでこちらも軽い自己紹介を済ませる。
軽く自己紹介し認識票を見せると妙に感心された。アドリアンに言わせると僕ぐらいの年齢で銅等級というのは極めて優秀な分類らしい。
因みに驚いたことに闇森霊族のアドリアンも認識票を持っていた。
驚いていると、「北部域の組合は種は問わないのさ。代理が手続きすれば赤肌鬼ですら冒険者になれる」と言って笑う。
彼は青銅等級であった。人族社会では邪悪な存在、魔族のエリートなどと揶揄されていて忌避されている彼らがどうやってそこにたどり着いたのだろうか?
「裏の仕事だよ」
僕の疑問に答えてくれたのは水鏡先輩であった。言われてなるほどと思った。
「――――。時間もないし早速本題に入ろう」




