224話 探索二日目⑤
「散れ!」
森霊族語による号令と共に物陰から四つの人影が飛び出してきた。全員黒ずくめで薄暗い室内に溶け込んでいる。僕らは和花を後ろにおき迎撃に出た。
僕に向かって真っ先に滑るように一人の剣士が接敵してきた。薄暗いが得物は打刀だろうか? 鯉口を切りつつ無造作に間合いに踏込み驚くべき速度で逆袈裟気味に斬りかかってきた。
それを両手で持った重鎚矛の柄の中央で受け――――。
「なっ……」
想像以上の業物なのか鋼硬木製の柄が綺麗に切断された。勢い余った切っ先が鎧の肩部を擦っていき僅かだが傷をつける。振りぬいた打刀は峰を返し真横から再び襲い掛かる。武技の【燕返し】である。打ち込んだ打刀の刃先をすぐに反転させて斬る技だ。
そして狙いは防御力の低い頭部である! やはりどこかの正統派剣士で間違いない。
初撃に比べて若干速度が落ちる二撃目を上体を後ろに逸らしてギリギリで避ける。
最も硬く強靭と言われる神覇鉱の装甲に傷をつける打刀とか只ものじゃないが使い手も強い。
僕の警戒レベルが一気に跳ね上がる。だが、予想に反して三撃目はなく相手は独特の歩法でスルスルと離れていき打刀を正眼に構える。まるでこちらが新しい得物に持ち換えるを待ってやるとでも言いたげな態度だ。
頭巾に隠れてチラリとしか見えなかったが相手の表情は笑っているようにも見えたせいもある。
相手の紳士的な態度を逆に利用して腰の片手半剣をゆっくりと引き抜きつつ周囲に目を走らせる。
健司は大鎚矛を素早く大振りし相手を寄せ付けていない。相手の黒装束は細身で得物は三日月刀のようで風車のような健司の攻撃に手を拱いている。あれは暫くは膠着するだろう。
隣りのハーンも健司と同じ戦闘方法だが、技量の差か細身の黒装束が時折懐に潜り込み小剣を閃かし鎖帷子に当たり火花を散らす。鎖帷子のお陰で被害は軽微だが全体的には押されている。
瑞穂の方はもう片付けていた。足元に細身の黒装束が倒れている。周囲を窺いハーンの援護に動く。
さて、僕の方だ。片手半剣を正眼に構えて相手を睨みつける。この打刀使いだが、まさかとは思うけど……。そう考えていていると待ち時間は終わりだとばかりに相手が動いた。
【疾脚】のような歩法でヌルっと近づいてき、振り上げた打刀を唐竹気味に振り下ろす。
それを後ろの下がりやり過ごすと振り下ろしきる前に軌道を変える。更に踏み出し斜め下から突き上げるような刺突へと変化した。これも【燕返し】の一種だ。その刺突を【空身】で後ろへと飛び回避した。
着地の反動で得た膝のバネを用いて身体ごと飛び込むように片手半剣を突き入れるがクルリと回転して切っ先を躱し、回転の反動で裏拳の要領で右片手横薙ぎで首を狙ってくる。
刺突の直後で体勢が悪く躱しきれない。打刀より重い片手半剣故に防御に回す時間もない。意図的に右膝の力を抜いて体勢を崩し横薙ぎを回避する。
そのまま片膝をつき左手の力だけで掬い上げるように横薙ぎをすると相手は不自然なくらい大きく飛び退った。
こいつ、まさか防具を身に着けていないのか? いまの牽制程度の手打ちに近い斬撃なんて硬革鎧くらい着ていれば苦にもならないと思うのだが……。
距離が開いた隙に片手半剣を右手に持ち替え立ち上がる。そして左手は刃留めを使って防御に回す。打刀と片手半剣では速度が違い過ぎて攻撃と防御を熟すのは無理だと判断したからだ。
偶然か必然か同じタイミングで動き出す。相手の打刀を刃留めで往なし右手の片手半剣を振るう。
一合、二合、三合、四合、五合と目まぐるしく位置を入れ替えぶつかり合うが隙らしいものは見えない。相手の斬撃は早く鋭いがこちらは防御気味の戦術で戦っている事もあり決定的なチャンスが見つからない。
どこかで相手の勢いを止めて流れを掴まないとマズい…………。
六合、七合と進み体勢が入れ替わった。
「綴る、創成、第一階梯、攻の位、光矢、誘導、瞬閃、拡大、発動、【魔法の矢】」
後衛で待機していた和花に背を向ける形となった時、和花の素早い詠唱からの【魔法の矢】が微妙にタイミングをずらし二本飛来する。
一本は背中に突き刺さり弾け血飛沫が舞う。もう一本は身体を捻り驚くべきことに斬り払った。
「――邪魔をするなぁぁぁぁ!!」
初めて相手が声を発したと同時に【八間】もかくやの如く矢のように飛びかかり打刀を一閃。そして崩れ落ちる和花。
一瞬だが頭に血が上り殺意が支配しようとするが、ある事に気が付き冷静になる。
倒れ伏す和花から出血した形跡がない。
峰は反ってないので峰打ちではない。…………となれば、斬撃や打撃の威力ではなく斬られたと思い込ませる事で相手の意識を断つ高位の武技使いの技である【虚切】に違いない。
和花は水鏡先輩の殺気に当てられて気絶したのだ。
そう、半ば予想はしていたが対戦相手は水鏡先輩だったのだ。相手はそれを裏付けるように頭巾を捲って顔を晒す。
「本気で死合えるかと思ったが、やっぱ小鳥遊を殺らんと無理か……」
そう言うと切っ先を倒れ伏す和花へと向ける。本気を出してないと思っているようでご立腹のようだが、現環境ではこの辺りが限界なんだけどな。
不本意だけど枷を外すしかないか……。
武技や魔戦技は体内保有万能素子を消費する関係で低万能素子環境のここでは使わないようにしていたのだけど、そうも言ってられないらしい。
仕切り直しとばかりに片手半剣を正眼に構え体内保有万能素子を身体に巡らせる。対して水鏡先輩は納刀し右脚を前に出し腰だめのまま上体を捻る。
分かりやすいくらい居合抜きを狙っていると誇示している。それだけ剣速に自信があるという事か……。
一見すると水鏡先輩は待ちに見えるがうちの流派の【八間】の様に一気に間合いを詰める技術があるので油断はできない。
ここはバルドさんの作った鎧の防御力を信じて誘うか……。そして僕は上段の構え、天の位で構える。こちらの挑発を察したようで水鏡先輩はニヤリと笑みを浮かべる。
後ろで健司が雄たけびを上げたタイミングで水鏡先輩が矢のように突っ込んできた。それを予想していたので片手半剣を振り下ろす。だが片手半剣は空を斬り、逆に右腕に激しい痛みが襲い片手半剣を取り落としてしまう。
神速の居合抜きによって最初に狙われたのは右の籠手だった。衝撃で骨に罅ぐらい入ったかもしれない。
そして再び襲い来る二の太刀を腕を交差させ防ぐ。三の太刀は右片手平突きだった。
その予想より速度の遅い顔への刺突を【飃眼】による見切りでギリギリで避ける。流れていく上体に対して痛む右腕を気合でねじ伏せ水鏡先輩の右襟を持ち、それに交差するように左手で左襟を持ち右回りに身体を回転させ背負い込むように投げて固い床へと叩きつける。投術の【巖石落】である。咄嗟であったがよく決まったと自分でも感心してしまう。
だが、その理由はすぐに判った。
叩き付けられた水鏡先輩の顔色が悪い。この感じは万能素子欠乏症の症状だ。恐らく初手からエンジン全開で戦闘した影響かと思ったが、水鏡先輩の体格から考えたら――――。
「戦乙女よ。お前の投槍を投じよ!【戦乙女の投槍】
完全に森霊族の存在を失念していた。強力なその魔法は必殺とも言われる。
しかし標的は僕ではなかった。健司か? 瑞穂か?
その何れでもなかった。
キィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!
倉庫に金切り声のような音が響き渡る。それと同時に精神に入り込むような不快感が襲い掛かる。これは外で遭遇した蜘蛛型生物の悲鳴だ!
奥の扉から体高0.5ートほどの蜘蛛型生物が入り込んできた。さらに奥には体高0.25サートほどの蜘蛛型生物が5体ほど見えた。
奴らに標的とされたのは奥に控えていた細身の二人だ。ひとりは森霊族だろう。もう一人は体格から女性だろうか?
だがここで気が付いてしまった。
奴らは森霊族であるが闇森霊族だ。健司と瑞穂によって打倒された細身の黒装束の相手は共に黒い肌に長い耳の持ち主だったのだ。
見捨てて逃げようかとも考えたが、こちらは和花が気絶して倒れており、またハーンが無防備に突っ立っている。
「ハーン?」
声をかけてみたが薄い…………。
傍に居た瑞穂に視線を向ける。僕の視線に気が付いた瑞穂が近づいてきてこう言った。
「たぶん、精霊魔法の【混乱】か【忘却】にかかったみたい」
自身も精霊魔法が使える瑞穂の判断なら間違いないだろう。
標的となった二人がこちらへと逃げてくる。僕らを巻き込む算段だろう。
「どうするよ?」
近づいてきた健司がそう問いてくる。逃げるか戦うかという事だろうけど、この状態で逃げ切れるかと言われると自信がない。
「不本意だけど共闘してまずは蜘蛛型生物を倒そう」
「マジかよ」
「マジ。少なくとも蜘蛛型生物より闇森霊族の方が話が通じる」
瑞穂も同意見なのか頷いている。
「しゃーねーな」
健司も納得して大鎚矛を構える。
そして僕は叫ぶ。
「来い!」
ブックマークありがとうございます。
何とか予定通りに投稿出来た…………はずです。
コロナたんの猛威によって余計な業務が増えて執筆に割くリソースがないのですが、がんばりますのでお見捨てなきように…………。




