222話 探索二日目③
最初の襲撃から半刻が何事もなく過ぎ去り最初の定時報告の照明弾が空に上がる。青一つ”問題なし”だ。
「あれからなんにもないねぇ……」
前を歩く和花が緊張感を何処かに放り捨てたのか呑気な事を口にするのを窘めようかと口を開きかけた時、目的の建屋の入り口が見えてきた。
入口は二つ。縦横それぞれ3サートほどあり、構造はこの世界では初めて見る鎧戸式だ。もう一方はよく見かける高さ0.5サートほどの恐らくは鉄製の観音開きの扉である。
「どう見る?」
「そうっすねぇ……こっちのでっかい鎧戸は資材搬入用ですかね。……たしか船渠は東側にあったんで、この建屋は研究所あたりかとも思ったんですが、それにしちゃ無駄に建屋が大きいんで魔導魔術騎とかの工房じゃないっすかね? 倉庫とかにしちゃ無駄に頑丈な建屋だし――」
これ、いつ終わるんだろうって感じのハーンの蘊蓄を適度に聞き流しつつ、いくつか質問をした結果……。
魔導機器技師であるハーン的には、時代的に魔導魔術騎の研究施設が濃厚だろうとの事だ。あとはそれに付随する実験装備などを取り付けた特駐騎を組む工房が併設されているのでは……と期待値爆上げして大興奮している。
外れた時の失意がデカいからやめておきなさいと注意したいが……まぁ、放っておこう。
因みに今の時代に生産ラインを用いた工場施設はない。だが過去の魔導機器文明には当たり前のようにあったそうだ。この世界を裏から制御している七賢会議という組織が大量生産を禁じているために設備を作ること自体を禁じている。
「まぁ~小さい方の扉は人間用だろうし、まずはそっちからお邪魔しよう」
そう口にすると瑞穂がこちらをチラッと見た後に頷き、足音を忍ばせ扉へと移動する。
暫し扉周辺を見回すと徐に[鋭い刃]を抜き逆手に構えると躊躇なく扉のある個所に突き立てる。
扉に突き刺した[鋭い刃]を素早く引き抜き鞘に納め、何事もなかったかのように取っ手を取り確認する。
「……開いた」
くるりと振り向き、抑揚のない声でそう告げてくれるのだが、僕は一部始終見ていた。いま鍵部に[鋭い刃]を突き立てて鍵を切断したよね? それは開いたというより壊した、じゃないだろうか?
「ま、いいか……」
罠が作動したとかでもないしね。”進め”と手信号をだし一同は建屋へと入っていく。
入った途端に天井方向からやや強めの風が吹いてくる。一瞬、罠かと思って警戒したけど……。
「これ、空気帳かな?」
僕らの世界では、百貨店やら工場などの入口によくあった設備である。効果のほどは厚い空気の層によって外部の塵埃や、温湿度などの外気の影響を避けるための設備の事だ。
申し訳なさそうにしている瑞穂の頭を撫でつつ、「これを見落としていたのは仕方ないよ」と慰めておく。
構造的に外からでは分からなかっただろうしね。ただ用心が足りなかったと言えない事もないが、それなら最初にそれを指摘しなかった僕の責任という事になる。
なので瑞穂は悪くない。って事でいいよね。
さて、この室内だが奥が透明な板ガラスになっており、板ガラスの引き扉となっている。透明な硝子の扉ってだけでこの世界だとお宝である。脱線したけど、よーするに今いる場所は風除室という事になる。引き扉を抜けると受付広場のようだ。
取りあえず警報は鳴ってないようで、出迎えの多脚戦車などはおらず特に妨害もなく引き扉を潜り受付広場へと侵入を果たした。
「こういった設備は時代が変わってもあまり変化がないのね」
ひと通り受付広場の見回した和花の第一声に他の者も同じ事を思ったのだろう無言で頷く。
「ここには蜘蛛型生物が侵入した形跡はないっすね。あいつら何処に居るんすかね?」
確かにハーンの言うように大理石の床は傷ひとつ見つからない。また入口のガラスの引き扉を除く四つある扉も閉じたままである。
「他の入り口から侵入した形跡もゼロじゃないけど、あの扉のサイズだと蜘蛛型生物の大きさだと通れないからじゃないの?」
「あ~……それもあるっすね」
「ま、ここでおしゃべりに興じてても仕方ないので先に進もう」
そう言って雑談を打ち切らせる。確かに蜘蛛型生物はあまり強い存在ではないけど、侮っていい対象でもない。それにあれは斥候部隊だったのではと考えている。
「ん~……一番右が事務所、んで、その隣が応接室とか、かな?」
そう言って和花が小首を傾げる。恐らくその通りだろう。受付広場の右壁に開口部があり、そこが受付勘定台だろう。ならその隣の扉は事務所、隣の扉が応接室でほぼ正解だろう。
「そうなると一番左の扉は建屋の奥だろうね」
入口から向かって正面の壁の左側の引き扉は構造的に見てそんな感じだろう。そうなると左から二番目は従業員用の施設への入り口かな?
ここでいう施設とは更衣室や休憩室などの事である。
瑞穂に手信号で一番左の扉を調べるように指示する。程なくして”問題なし”と手信号が返ってきたので”開けろ”と指示を出す。
鉄製の厚めの扉の様でやや苦労しつつ一人通れるほどまで開けると8スクーナほどの部屋であった。奥には片開き扉があった。左右には鍵付き戸棚がそれぞれ5つずつ並んでいる。
瑞穂が振り返りどうするか目で訴えかけてくる。
更衣室か?
いや、この構造でここに更衣室はちょっとおかしい。
「瑞穂、奥の扉を開けてみて」
そう指示を出すと瑞穂は頷き無造作に扉を開ける。扉の奥は幅0.25サート、長さ0.75サートほどの通路が伸びており奥には片開き扉がある。そして特徴的なのは天井と両壁に無数の穴が開いている。そして床が格子状溝蓋となっていた。
「空気噴射室か……。ってことはこの奥は清浄空間室って事か」




