221話 探索二日目②
2020-05-05 加筆修正など
朝食後の打合せにて船員各班に所定の箇所の調査をあらためて指示する。こういう事態を見越していたのか師匠によって選抜された船員達の中には基本的な戦闘能力以外にも野伏や斥候としての訓練を受けた者も幾人かおり大変助かっている。
この研究所というか研究都市は事前に指揮所の裏の魔法の工芸品である神の視点の【幻影地図】によって簡単な地図などは作成しており、本日は大型の建屋を中心に捜索をしてもらう。この手の建屋は大概は研究設備か倉庫だろう。もしくは工場かもしれない。
施設の保存度合いを見るにハズレではなさそうだが……。
三〇人居る船員を五人でひと班とし計六班に分ける。活動拠点には昨日の見張りで中番の為に休息を十全に取れていない二班を充てる。危険度はないだろうけど休息をとりつつ本日は活動拠点で警護してもらう。
活動拠点には上級船員であるケーニッヒ副長とアンナやピナ以下女中10名も残る。本日はアイリーンさんにも静養してもらう。日本に関しては帰るまで大人しくしてもらうつもりだ。
各班には照明弾を放てる魔力銃を貸与してある。一刻ごとの定時報告と緊急の際にはそれで連絡する事となっている。
残していく日本の世話に女中さんを充てるのだけど、言葉が通じないので日本帝国語の対応表を急いで作って渡してある。
船員達を送り出した後に僕らも出発する。
ハーンも含めて五人であり、斥候である瑞穂を先頭に健司、ハーン、和花ときて最後尾は僕だ。最前列と最後尾に索敵能力の高い者を配置するのは常識だ。
研究都市の北側に位置する一番大きい混凝土製の建屋へと大通りを歩いていく。古代の魔術技術の凄さなのか建屋の混凝土も街路の土瀝青も施工直後のように見える。
「前から気になったんだけど、こんな低万能素子環境でなんの研究をしていたの? 住むのにも適さないと思うのだけど……」
「あ、それは俺も思ったっす」
和花がポツリと呟いた疑問にハーンが乗っかってくる。最前列の瑞穂もチラチラとこちらを窺っておりその表情は気になると書かれているようだ。
健司も「言われてみればそうだな」とか今までなんも考えてなかったのかよと突っ込み待ちな事を言い出す。
遺跡についてはある程度資料を見て調べてある。
「元々はこの辺りは奈落への大亀裂もなければ砂漠どころか肥沃な大地だったんだよ」
「「「は?」」」
皆がそんな馬鹿なといった表情をする。
「奈落への大亀裂は、このアルカンスフィア大陸を裂くように少しづつ伸びており、それに合わせて万能素子濃度も低下し数百年規模で虚無の砂漠の様になっていくそうだよ」
「最後は大陸が裂けちゃうの?」
「……かな?」
もっともその奈落への大亀裂はある大神の命を用いた呪いであり、最近その呪いが解けた事を僕が知るのはしばらく先の事だ。
「でも、この環境は当時の研究者たちには想定外だろうし生きてる設備とかはないんすかね?」
ハズレなら残念だと言わんばかりにハーンが口にする。
「樹がハズレと分かって来るはずもないさ。……だろう?」
ガシャガシャと鎧の音を立てて歩く健司がハーンへとそう答える。最後のは僕への確認だろう。
「ハーンのいう事も尤もだね。でも過去の高度文明の遺産であれば動かないものでも研究素材としてお金にはなるさ。それに建屋や街路の状況を見ても【状態保全】の魔術がまだ効果を発揮しているみたいだし、ある程度は期待して良いんじゃないかな」
「って事は……」
前を歩く和花が先を促してくる。
「最悪でも赤字にはならないんじゃないかなぁ」
「そこは大当たりだ! くらい言えよな」
控えめな事を言ったら健司に突っ込まれてしまった。
僕としては確定してもいないのに勝手に期待を爆上げして、妄想していた期待に添わなければ罵詈雑言で暴れる人をよく見るので、常日頃から期待値は低めにしておくのだ。もちろん例外はあるけど。
それに期待値が低ければ大当たりだった時は喜びもひとしおだと思うんだよね……。
雑談に興じつつ目的の建屋の近くまで来た時だ。
先頭で索敵を担当している瑞穂が”止まれ”と手信号を出して止まった。そして振り返り僕に判断を委ねる。
そこは至る所に陥没痕があった。
混凝土造の建屋や土瀝青の街路を穿つ数百の陥没痕に一同言葉を失う。
「なにこれ……」
最初に声を発したのは和花だ。
確かになにこれと言いたいのも判る。
この陥没痕だが、どこかで……。記憶の引き出しを開けていく。
「これ、多脚戦車の足跡に似てる」
屈んで陥没痕を調べていた瑞穂が答えを口にした。
「そうか! どうりで見た記憶が……」
以前の遺跡調査で遭遇した多脚戦車の足跡がこんな感じだった。
「……だとしてもよ……この数は異常じゃね?」
「そうっすね。……この数だと数十、いや……百体くらいは居そうっすね。予想以上に危険じゃないっすかね?」
ハーンの意見は間違っていないように思う。僕らはともかく船員達だと死傷者が出る可能性が大きい。
「急いで引き上げさせて僕らだけで調査するしかないか……」
僕はそう口にしつつ背負い袋を降ろし魔力銃を取り出す。撤収か集合か……。
だが移動を始めてまだ半刻ほどしか経過していない。ここで撤収とか何の為に来たのだと欲が擡げる。
慌てて頭を振り良くない思考を追い出す。名誉欲とか金銭欲に捕らわれそうになり判断の謝るところだった。
不意に嫌な気配を感じ周囲を見回すと瑞穂と目が合う。
何かを訴えかけるような表情をしている。
「全員、警戒!」
敢えて声を張り上げて号令を出す。
即座に瑞穂、健司、和花の順に戦闘態勢に移行する。経験の差だろうか、やや遅れてハーンも身構える。
そしてそいつが現れた。
そいつらは混凝土造の建屋の外壁に張り付いていた。
「なんだありゃ?」
第一声を発したのは健司である。
そいつは多脚戦車に似てはいたが別物だった。だが、僕の知識に奴らの情報はない。これでも師匠から貰った魔物辞典とか読みふけって勉強しているんだけどなぁ……。
そいつが何であるかは置いておいて、姿形は体高0.25サートほどの鈍い銀色の光沢を放つ外殻を持ち、頭胸体と腹部に分かれた構造をしている。
頭胸体に鎌状の刃物を思わせる一対の前肢、二対の歩肢であるが印象は蜘蛛に近い。頭部にある大小八つの目が更に蜘蛛っぽさを醸し出す。
そして周囲の陥没痕の正体はそいつらの足跡のようだ。中肢と後肢の先端が鋭く尖っており外壁に食い込んでいる。
姿を見せているのは四体だが、まだどこかに潜んでいるのだろうか?
そうこうしているうちに壁を伝い降りてこちらへと接近してくる。キィキィと癇に障る鳴き声のような音を発しており、とても友好を結ぼうとか感じられない。
先制の挨拶はそいつらから行われた。
先頭の一体が右の前肢を振り上げ瑞穂に襲い掛かる。瑞穂は紙一重でそれを躱し[鋭い刃]にて前肢を斬り払う。この環境下でも[鋭い刃]の能力に見劣りはなく豆腐を斬るようにスルっと右の前肢を斬り落とした。
キィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!
そいつが痛みの為なのか悲鳴じみた甲高い音を発した。思わず耳を塞ぎたくなるレベルの音であった。そして精神に入り込むような不快感が襲い掛かるが辛うじて耐えた。
応援を呼んだのかと思ったがどうも違う。
「悲鳴か!」
慌てて周囲を確認すると、ハーンがぼうーっと突っ立っている。抵抗出来なかったのか。
「うぉぉぉぉぉっ」
健司が裂帛の気合と共に大鎚矛を振り下ろす。鈍い銀色の外殻は予想より柔らかいのか一撃で拉げて体液をまき散らす。
「こいつ、思ったより柔らかいぞ!」
健司はそう叫ぶと二撃目を叩き込み完全に黙らせ、次の獲物へと襲い掛かる。
僕も負けずと重鎚矛を両手で握りしめ向かってきた前肢を鎧の表面で逸らさせ重鎚矛を叩き込む。予想以上に良い手応えを感じた。
だが間合いが近すぎるので前蹴りで距離を離そうと思ったのだが……。
そいつは微動だにせず逆にこちらがバランスを崩す事となった。そこへ左逆袈裟斬り気味に前肢が振り上げられる。
(避けられない!)
予想以上に強い衝撃が襲い僕は吹き飛ばされる。だが、これは【空身】によって反対方向に飛び威力を散らした結果だ。
綺麗な形で着地し起き上がる際の膝のバネを用いて【八間】で瞬時に間合いを詰めその勢いを乗せた横薙ぎを喰らわせる。
その一撃は会心の一撃となりそいつは崩れ落ちる。
最後の一体は健司によって叩き殺されていた。やはり力任せに事が進められる戦いだと健司は強いな……。
たいして被害もなく四体を蹴散らし、程なくしてハーンが慌てて動き出す。
「あ、あれ?」
「もう終わったよ」
「すんません。全然役に立てなくて……」
「いや、相手の攻撃手段が一つ判明したんだし役はたったさ。僕らは運よく抵抗出来たけど、次回からは警戒しよう」
そう言って慰めておく。来ると判っている攻撃は抵抗しやすい。正体不明の存在の手の内のひとつが分かったのは大きい。
今回の戦闘で分かった事は悲鳴攻撃で暫し硬直する。
前肢の鎌のような刃物は金属鎧なら充分防げる。
想像以上に重量がある。
重さのわりに動きは素早い。
攻撃の型のようなものを心得ているように感じる。
防御力はあまり硬くない。
「こんな所かな。正式名称が判明するまで奴らを蜘蛛型生物と呼称する」
そう締めくくった。
一応警戒しておこうという事で照明弾をあげる。色は黄色を二個。決められた符丁は”警戒せよ”と”危険度:中”だ。
程なくして”確認した”を現わす緑色の照明弾が六つ上がった。
さて、これで蜘蛛型生物側にも知られただろうけど、敵襲があると判っていれば対処しやすい。
全員気を引き締めて先へと進む。
実は動ける船員は29名しか居ないのに後になって気が付いたけど大きく変動もないのでスルーしました。




