220話 探索二日目①
すみません。コロナの影響で業務過多となっており執筆に割く時間が取れません。
2020-06-28 加筆しました。
翌朝、習慣で日の出前に目が覚めた。
起こされなかったって事は特に異常などはなかったということだろう……。
「――そう思っていたらコレだよ……」
天幕を出て広場へと向かうと、女中さんたちが朝食の準備に勤しんでいる。それを眺めつつ本部代わりに使っている天幕へ入ると、やや衰弱した黒髪の青年が捕縛されており、青年にいくつかの言語であれこれ話しかけているのは活動拠点の現場責任者である副長の一人であるケーニッヒさんである。
僕のボヤキに気が付いたのか、「坊ちゃん、おはようございます」と軽く挨拶をする。建前上とはいえ、この坊ちゃん呼びは故郷を思い出してちょっと苦手だ。
「おはよう。ところでその青年は?」
「昨夜、活動拠点のそばで倒れていたのを三班が拾ってきました」
副長の簡素な報告を聞き見張りの割振りを思い出す。見張りは三交代としているので、三班という事は夜中から明け方の担当だ。
という事は捕縛してそれほど時間が経過していないという事か。どうりで報告に来ない訳だ……。
そして副長の報告は続いていく、発見時の時点で最初から衰弱していた事、捕縛した場所のそばに拠点がありゴミの量から数日前から居たであろう事、捕縛後に会話を試みたものの公用交易語も東方語も中原語も通じない事、船医の話では万能素子欠乏症ではないかとの事、見た目から推測するに中原西部域の日本皇国の者ではないかとの事だ。
日本皇国は五百年ほど前に皇族から家臣まで大勢が集団転移してきて、この地に根付いた僕ら日本帝国とは別の並行世界の住人たちの末裔だ。日本帝国語が通じる可能性はあるな……。
「僕の言葉が理解できるかい?」
そう口にした途端に衰弱した男は勢いよく顔をあげる。日本帝国語が通じるようだ。やはり日本皇国人なのか?
そして僕の顔をマジマジと凝視し青年の表情が驚きに変わった。
ん? そー言えばどことなく似たような顔立ちの人物を知っているぞ。たしか……。
「お、お前、高屋、……なのか?」
その人物の声は間違いなく日本帝国語であった。そして僕の記憶の中の人物と一致した。
「久しぶりだな。……日本 一」
僕がそう言った途端に日本の目からぶわっと涙があふれ出る。安心感から涙腺が緩んだのだのだろう。
そして何かを察したのかケーニッヒ副長がそっと天幕を出ていく。何を察したのか後で問いただそう。
彼はクラスメイトであり、あの強制転移の日に僕の前に立っていた男だ。特別に仲が良かった訳でもないが八年生の時にも同じクラスになった事があり、ある程度は人柄なども分かっている。
もっとも……こっちに来たことで枷が外れて弾けちゃった可能性もあるから無条件で信じるわけにもいかない。
まずはこれまでの事を聞く事にした。
「あまり思い出したくはないけど……」
日本はそう前置きして話を始めた。
「あの日、鬱蒼と茂った薄暗い森の中に放り出されたんだ。そこには俺の他に女子が五人と男子が二人、合計で八人いたんだ。とにかく急変に訳も分からず、自己紹介すらせずにとにかく森を出ようって意見だけは一致して動き始めたんだ。だけど想定外の出来事に軍事教練とかで習った森の中での行動とかもさっぱり頭から飛んでしまって八人で闇雲に彷徨ってたんだ。――――」
当時の事を思い出しつつ訥々と語りだした。
まず最初の犠牲者は七年生の女子だった。隊列すら考えず、男子三人が前を歩き女子五人がゾロゾロと無警戒についてくるといった感じだったと言う。
右も左もわからない森の中を八人は一刻ほど歩き続け少し開けた場所に出たので休憩をしようと思った時、最後尾を歩いていた七年生の女の子が居なくなっている事に気が付いた。
恐らくこっそりとお花摘みに消えたのだ。時間的に考えてもそれが無難だと判断した。不慣れな森の中を四半刻ほど捜索を行って発見した時には大きなイヌ科のナニかが彼女の腸に食らいついていたのだった。悲鳴が聞こえなかった事から不意打ち気味に襲われたのではなかろうかと。幸いな事にイヌ科のナニかは食事に忙しかったのか彼らが追われることはなかった。
戻って状況を説明すると女性陣は半狂乱になり男性陣を無能と罵り始める。その騒ぎを聞きつけたのか程なくして、みすぼらしい格好をした10人ほどの中年男性に取り囲まれる。
彼らは武器を持っており頻りに何かを叫んでいるが、ほとんど意味が理解出来なかったが、両手を上げ降伏の意を示すと武器を突き付けられつつ集落へと連行された。
男女別々に拘束され納屋に放り込まれた所で中等部の軍事教練で初歩的な縄抜けを習う事もあって素人の拘束程度はあっさりと解け一旦気持ちをリセットして男三人自己紹介をはじめた。
日本の他には九年生の金玉くんと禿くんと言い幼馴染だという。
三人で脱出計画を練っているときに事は起こった。
集落が襲撃されたのだ。
完全武装した正規軍と思しき50人の近い集団だった。
しかし彼らは集落の住人全てを捕縛ではなく女子供に至るまで斬り殺していき、やがて日本達が押し込められた納屋にも雪崩れ込んできた。
抵抗も虚しく彼らは斬り捨てられた……はずだった。
目が覚めるとそこは納屋であった。傷跡すら残っていないが斬られた痕跡はあった。それは制服だ。ザックリ裂けており乾いた血がこびり付いていた。
金玉くんと禿くんは居なかった。ただ少し前まで居た形跡は残されていた。三人分の寝藁が敷かれており、ほんのり暖かかったのだ。そして誰が置いていったのかは分からないが衣服やら旅装やら旅の道具一式と僅かであるが路銀を収めた小袋があった。
それから廃村と化した集落で二日ほど過ごしたが二人は帰ってこなかった。自分は見放されたんだと思う事にした。
「――。それからはなるべく人との接触を避けて旅を続けてきた」
そこまで話して、「こんなもんでいいか?」と問いてきた。だが肝心な事が確認取れていない。
「日本、お前これまでどうやって生きてきたんだ?」
僅かな路銀だけで一年半は過ごせない。公用交易語の会話も無理っぽい。冒険者ですらない。では彼はどうやって稼いできたのだ?
「それか……実は、死んだと思った後なんだけど、念じると欲しいものが手に入るようになったんだよ。……ほら、こんな感じで」
そう言って実際に実演して見せてくれた。
彼の手の上にはこの世界にはありえない物体が乗っていた。
それは日本帝国自衛陸軍六五式重戦車の完成品プラモデルであった。こちらの世界では金型技術が稚拙なうえにプラスチックが実用化していない事もあって故意に持ちこまないと存在しないのである。
「無詠唱の召喚系? 取寄せ……。いや、違う……。恩恵か?」
僕の独り言はそこで打ち切られる。
日本が突然もたれ掛かって来たからだ。
「おい、しっかりしろ!」
「あぁ……すまない。これを使うとなんか無性に疲れるんだよ。しかもここ数日は疲労感がこれまでにないくらい酷くてね……」
彼の発声は微妙に活舌が悪く真語魔術向きではない。そうなると恩恵が濃厚だ。自らがよく知るモノを作り出す創造だろうか? 発動に体内保有万能素子を用いる事を考えれば万能素子欠乏症の理由も説明が付く……。
こいつ、食料とか必要物資を全部創造で作ってたのか。
「凡その事は分かった。今は疲れているようだし寝てなよ。後で仲間を紹介するから」
「すまない……恩にきる」
その台詞を背に受け僕は天幕を出る。
「どうだった?」
出た先には和花が待っていた。恐らく副長からざっくり説明は受けているのだろう。
「日本だった」
「日本って、あの日本一の事?」
「うん」
和花が。あのと言ったのには意味がある。彼はエリートが集う学園で数少ない記録の持ち主なのだ。
肉体チートと言われ、数々の記録を塗り替えた竜也が、幾度も挑戦して一度たりとも勝てなかった男が、天幕の中に居る柔道の名手である日本一なのだ。
「あの能力至上主義の竜也が認めた数少ない人物を仲間に出来れば心強くない?」
冒険者稼業で組手かぁ……怪物相手には流石に難しいし……それに言語の壁がなぁ……。
「樹くん?」
気が付けば和花の顔が覗き込むように見上げていた。
「あぁ……ごめん。考え事してた」
「いつもの事だからいいけどー」
良いけどと言いつつふくれっ面するのは止めなさい。
「日本の件は後にしてご飯食べて地上施設の探索をしよう」
「そうね」
僕らは並んで天幕を離れる。
ブクマありがとうございます。
人手が足りずにGW辺りまでは激務が続くようなので更新ペースは余裕があった時更新とさせていただきます。




